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幸せな王弟殿下 其の肆
しおりを挟む「……笑っていられるのも今のうちだ」
宴もたけなわ。顔見せなパーティー前半が終了し、ダンスが始まる。ここから国王や各国の招待客も加わり、新たに仕切り直すのだ。
その出番を今か今かと待ちわびていたリカルドは、怪しげなローブをかぶった男達の持つ道具を嬉しそうに見つめる。
……ふんっ、蓋を開けてみれば簡単なことだった。この国特有の黒髪を所持する一族が他にもあったのだからな。
遥か昔に袂を分かった兄弟。
リカルドの国が挑んで大敗を喫した大国。それが、この国の王家の流れを酌んだ公国だったことを彼は思いだした。
面談した国王は年老いて白髪で、眼も色が褪せていて気づけなかったが、今回招待した王子は若く、リカルドと同じ黒髪黒眼をしている。
そう。過去の王弟が興した公国にも王家の色が連綿と継がれていたのだ。
長く鎖国していたリカルドの国は、そんなことすら知らずにいた。
……これがカラクリだろう? 雌犬め。スチュアートの眼を盗んで、隣国の王族に股を開いたくせに生意気な。私は騙されんからな。このパーティーで暴露してやるわっ!
これまで国交を疎かにし、頑な鎖国を貫いていたリカルドの国も、最近になって隣国の助けを借り、あらゆる国と交流を持ちだしている。
その中心はスチュアートだが、国王であるリカルドもある程度の権限を持つ。手出しを渋る弟の隙をつき、仲介人にいくらか口利きをしてもらったリカルドは、重要な国だけ紹介してもらえた。
自分だけ蚊帳の外なことに憤り、半分嫌がらせじみた気持ちで始めたことだが、やってみると案外面白くて、リカルドも積極的に他国と交流を始める。フローレス王妃も加わり、社交上手な彼女と懇意にしてくれる各国の夫人達も増えた。
そんな中の一つに、魔力や魔法を所持し、不可思議な道具を作る国がある。その国に頼み込んで取り寄せた道具。それが、これだった。
「……これがあれば、親子鑑定出来るのだよな?」
「左様でございます。ただし、三親等まで反応してしまいますので、あまり確定的な証拠にはなりませんが」
そう説明された道具は中に小さな天秤があり、左右に其々の血を垂らすと、それが近しい血縁であるかどうか判定してくれる道具だった。
試しにリカルドと再従兄弟でやったが反応せず、フローレス王妃とその父親でやった時は反応した。
リカルドにしたら親子で《ある》でなく、親子で《ない》という結果が必要なだけなので問題はない。
何百年も前に決裂した王家だ。伴侶の血もまじり、今では他人も同然。ヒルデガルトの子供の父親が隣国の王家血筋であろうと、この魔法道具は誤魔化せない。
子供達が黒髪黒眼なことをかんがみると、種無し王弟の代わりを務めたのは、公国直系の男しか考えられなかった。
年齢的に今日招待した第三王子も容疑者にはいるが、それならそれで、魔法道具が盛大に暴露してくれよう。
……ふふふ、待っていろよ、スチュアート。お前が最愛だと呼ぶ雌犬の正体を暴いてやるからな?
出番を待ちわびるリカルドが不気味な笑みを浮かべていた頃。
ヒルデガルトは懐かしい面々と話を弾ませていた。
「まったく、お前は…… まあ、元気なら良い。うん」
眼を白黒させて妹の話に耳を傾けていたヒルデガルトの兄が、心底安堵したかのように柔らかく笑う。
……ヒルデガルトに似ていないな。いや、髪色は似ているか? ヒルデは御両親のどちらに似たのだろう。
各国の招待客と共に入場してきたヒルデガルトの兄は、ぽっかり空いた広間の空間に驚き、その中心が自分の妹であることを確認すると二度驚いた。
そして全速力で駆けつけ、ヒルデガルトを怒鳴りつけたのだ。
『お前、何したぁぁーーーっ?!』
至極当然な疑問だった。
「ほんと、心臓が飛び出すかと思ったよ。こんな人いきれの中、ぽっかり空いた空間。まるで疫病神でも見るかのような周りの目。お前が何かやらかしたんじゃないかと、気が気でなかったぞ?」
半分当たり。……と、思わず達観する周囲の人々の視界の中で、如何にも心外とばかりな顔のヒルデガルトが実兄に噛みついている。
「まああぁっ、酷いですわ、御兄様。わたくしは淑女ですわよ? ちゃんとお勤めを果たしておりますわ」
……淑女は、クソ喰らえとか、国王陛下に躾の悪い駄犬とか言わねーですよ。奥方様。
スチュアート達の会話に耳を欹てつつ、思わず溜息がもれる護衛騎士達。侍女らも同様のようで、曖昧な笑みを貼り付けていた。
「……で? 何があって王弟殿下の妻に?」
チラリと振られる義兄の視線。ヒルデガルトの兄はまだ二十歳で、スチュアートより四つも年下だ。それでもやはり国を預かる者同士。その辺の貴族では足元にも及ばない覇気や威厳が感じられた。
そして、そこに漂う妙な既視感。
……あ。……ああ、そうか、これは。
顔つきは全く違うのに、二人は並ぶとよく似ている。血の繋がりだろう。醸す雰囲気も類似していた。
ヒルデガルトの兄に感じる既視感は、ヒルデガルト本人が気炎をあげる時の感じとそっくりなのだ。
……兄妹なのだな。
知らず眼を細めて二人を見つめるスチュアート。
その視界で、ヒルデガルトは斯々然々とこれまでのことを説明している。
「んな……? メイド一人つけずに、別邸に? しかも、お前を相手にモノが勃たないとか…… そんな役立たずな道具は切り落とした方が良くないか? 要らんだろう? なんなら今から私が……」
胡乱な眼に妖しい光を一閃させ、ゆらりと動き出したヒルデガルトの兄。その腕を掴んで、彼女は必死に兄を引き止めた。
「よろしいのよっ! あんなお粗末なモノ突っ込まれたって気持ち悪いだけだしっ! むしろ、こんなに愛せる旦那様と結婚出来たのだからっ!!」
ぐふっ、と、どこからかくぐもった声が聞こえ、スチュアートは辺りを見渡す。
すると周りの何人かが俯いて肩を揺らし、御婦人も扇の下で何かを堪えるよう震えていた。
そしてもちろん、人数の減っている護衛騎士。護衛の性か、守るべき対象の声に耳を欹ていたことが仇になる。
……役立たずとか。奥様の兄上も毒舌だ。いや、それよりなによりお粗末なモノって。仮にも国王陛下ですよ? 気持ち悪いって、正直過ぎますっ!
脳内にダイレクトアタックを食らい、護衛二人はテラスから庭園奥へと駆け抜けていった。
そして大笑いのついでに、婦女暴行未遂現場を目撃し、相手の男をけちょんけちょんにしたのは余談である。
「……要らんだろう、こんなモン」
潰れない程度に加減しつつも、結構な勢いで股間に一撃を食らった現行犯の絶叫が辺りに響いたが、楽団の音楽によって掻き消されたのは幸いだった。
何気に伝染するヒルデガルト一族の不穏な感性。一年近く共にあった騎士らも、思考が真っ当に誘導され、身分至上主義から正論まっしぐらに変貌しかかっている。……ついでに毒舌にも。
無意識な呟きが、それを如実に物語っていた。
「まあ、お前がそう言うなら。では、今は幸せに暮らしているのだな?」
「ええ♪ 憧れのスローライフをしているわ。皆で食卓を囲って、晴れた日は畑仕事。雨の日は読書。ふふふ、旦那様も一緒にね」
妹の惚気に近い話を聞いていたヒルデガルトの兄は、鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をスチュアートに向ける。
「……王弟殿下が? 畑仕事を?」
「時々料理もするのっ、旦那様も上達しましてよ?」
「料理……」
「ヒルデ…… その辺で」
耳まで真っ赤にし、テレテレと視線を滑らすスチュアート。どこに着地させたものか迷い、困惑しているように見えた。
それに小さな含み笑いをもらし、ヒルデガルトの兄は満面の笑みを浮かべる。
「そうか。幸せなら良いんだ。私の杞憂だったな。お? この子たちがヒルデガルトの子か?」
「そう。まだ生後三ヶ月なの。……ほんとは館から出したくなかったんだけど」
めら……っと立ち上る仄かな怒気。
招待状に、必ず子供を同伴するよう書き添えられていたうえ、王宮のアドルフからも連れて来るよう言われてしまったのだ。
まだ早いと反論したヒルデガルトに、彼はリカルドが何かを企んでいそうなことを伝える。
『下手に躱すより、さっさと引導を渡してやった方が面倒がなくなります』
……あの駄犬めぇぇーーーっ!!
うぐぐっと言いたいことを呑み込み、仕方なくヒルデガルトは子供らと共にパーティーへ参加したのだ。
そんな彼女の葛藤も知らず、ヒルデガルトの兄とスチュアートは親バカ談議を交わしている。
「凛々しい顔立ちだ。良い王となるだろう」
「はい。すでに私達が分かっているらしく、よく眼で追うのです。賢い子だと思います」
……それは単なる反射ですわ。動くものを眼で追うのは生き物の本能です。
きゃっきゃと和やかな雰囲気に押されたのか、周りの貴族達が近づいてきた。
未来を約束された赤ん坊を見たいのに、それどころが挨拶すらさせてもらえていない。これからの王国に君臨するはずの一家とお近づきになりたい貴族達は、要らん勇気を…… ほんっとーに要らない勇気を振り絞って、じりじりとヒルデガルト達に近寄っていく。
……が、そうは問屋が卸さない。
斯々然々とこれまでの説明を聞いていたヒルデガルトの兄。その目がギョロリと獰猛に蠢いた。
目玉だけを動かしてあちらこちらを確認し、少しずつ近づいてくる貴族らを、あからさまに牽制する。
「どの面下げて…… ああ? 私の義弟に何してくれたんだ、貴様ら」
……うわあ…… やっぱり奥方様の兄君だ。
ぞわりと背筋を粟立たせ、騎士らは固唾を呑んだ。この感覚には覚えがある。今まで散々感じてきたヒルデガルトと同じ覇気だった。
「スティは、この国の王族であると同時に我が国の王族でもある。物申すなら、こちらに喧嘩を売る気でかかってこい」
ギンっと睨めつけられ、思わず及び腰になる貴族達。そんな兄をうっとり見上げ、ヒルデガルトは幸せそうに呟いた。その語尾が険悪になるのは御愛嬌。
「……御兄様、素敵。……でも、旦那様を愛称で呼ぶのはどうかしら?」
再び揺らめくヒルデガルトの怒気。
「おま…っ、義弟なんだか良いだろうがっ! ……あ」
必死に言い訳するなか、何かを思いだしたかのようにヒルデガルトの兄が胸元を探る。そこから取り出された箱の中には、五センチ大の水晶玉。
「これは……… なぜ、ここに?」
「母上が持ってゆけと。何か嫌な予感がしたらしいぞ?」
「母上が?」
故郷は故郷の新年パーティーがある。各国の新年パーティーで社交界デビューする若者も多く、国王夫妻は留守に出来ない。
そのため、ヒルデガルトの招待に応じられたのは兄だけだった。そして、その手にある水晶玉はヒルデガルトの故郷に賜った至宝。
その昔、ヒルデガルトの知恵で苦境を乗り越えた魔法国が、返礼として贈ってくれた魔法道具である。
……これの効能は。……まさか、これが必要な事態が起きる?
嫌な予感が彼女の胸を駆け抜けていった。
それと同時に音楽が鳴り止み、ダンス休憩の合間、満を持して現れるリカルド。
その野獣のような視線がスチュアートやヒルデガルトとがっちり合わさった瞬間。
彼女は、嫌な予感が当たったことを漠然と感じていた。
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