「夢」探し

篠原愛紀

文字の大きさ
38 / 56
「時」探し

夢か現

しおりを挟む
誰かが歌っている。

哀しいメロディが流れてくる。

誰かが泣き声より哀しい声で歌っていて、壊れたオルゴールの様に同じメロディで。

私はソレを探していて。

私は探さなきゃいけなくて。
もう二度と同じ過ちを、惨劇を繰り返さないように。

目をさまさなきゃ。


***


私の目に、少女の後ろ姿が映った。

「大変ッ」

少女は何かに向かって走りだした。

「急いで蛇口を閉めなきゃ!」
私の目の前に大きな、とても大きな蛇口が現れた。

天を仰ぐと高い高い上に、蛇口の栓がある。

「ん……よいしょ……」

小さな少女は懸命によじ登り、栓の傍まで来た。

(うっ。凄い臭いだ……)

鼻を摘まんでも、その臭いは強烈で、腐敗した果物や食物のような、涙が出るような刺激臭に、目眩がする。

その蛇口は、黒い泥のような液体を止める事なく流していた。

「ん゛―――!」

少女はその小さな手で、大きな大きな栓を閉めようと体全体を使い押し動かそうとしている。

ビクともしない栓をそれでも諦めずに、その時、少女は私の存在に気づいた。

「お願い! お姉さんも手伝って! もう時間がないの。このままじゃ絵描きさんが泣けないの。お願い……」

とても慌てているが、その眼差しはとても力強くまっすぐで真剣で。

何かにとても悔いながらも、何かを助けてる為にとても懸命に。

尚且つ、今でも泣き崩れそうに瞳を揺らしていた。

それでも私は一瞬躊躇した。

その子は、私の幼い時の顔にとてもよく似ていたからだ。
とても不思議だったけれど、でも今はこの蛇口から流れる水を先に止めなければ……。

全然ビクともしない。

二人でせーのッで押しても、手が痛くなるだけで動く気配はしない。

「ッっ」
力を入れすぎて、爪にヒビが入ってしまった。

少し血が出たけれど、気をつければ大丈夫だ。

「お姉さん! ごめんね。ありがとう。後は私一人で頑張りますから止めて下さい」

にこりと可愛いらしく笑った。

「一人でって! そんなの無理だよ」
『そうだよ』

私の後ろで声がして振り返る。

『君一人でできるかい?』

ああ―…!!

「絵描きさん!」

先に叫んだのは少女だった。

トンッと蛇口の栓の上へ飛び乗った。

間違いない。

彼はあの【オーバードライブ】で泣いていた【西の国の王子様】だ。

『昔の名前だよ。遥か昔の……』

蛇口の栓へと視線を落とし、ゆっくりと目を瞑った。

「絵描きさん! 私、また会えなくなるのはイヤだよ。絵描きさんは化物じゃないって分かってるもん! 私……」

ピタリと蛇口から水が流れるのが止んだ。彼は相変わらず目を瞑りこちらを見ようとしない。

『これは君の夢の中の俺だ。本当の絵描きにはもう会えない。彼に会ったらいけない。忘れてくれ』

「絵描きさん!」

少女はずっと名前を呼び続ける。

だが、彼の目は硬く瞑られたまま。

『夢をささげる。生まれてきた全ての者に。なんてもう俺には言える資格ないし』



蛇口を閉めた先に海が見えた。

とても綺麗な海で、パシャリ、パシャリと何かが跳ねる。

(人魚だ……)

少女もそれを涙を浮かべながら見ている。

フッと人魚が尾を使って、水渋きを浴びさせる。

その水渋きの中をフッとあの男の人が消えてゆく。

(行ってしまう……)

「絵描きさん――!」

少女の声がずっとずっとずっと響いたまま、

彼は姿を消してしまった。
少女は泣きながら、西の国の王子が消えた場所まで走りだした。

私も少女の後を追うように走り出したのに

ドンッとと見えない壁にぶつかり尻餅を着いた。

少女にはそんな壁は現れず、西の国の王子が消えた場所へ着くと消えていった。

「「待って」」

私は手を伸ばした。
手を伸ばして少女の「時」に触れようとしたときに、誰か、私とよく似た声と私の声が重なったんだ。

「イタタタ……」

その人も見えない壁にぶつかり尻餅をついていた。

顔は頭を押さえた手で見えないけれど。

「可笑しな夢だわ……」

ゆっくりと頭を押さえた手をどける。

「絵描きさんと会えたり……私と私とそっくりな人がいたり」

(え――…!?)

顔が現れた女の人は、あの小さな少女と同じ顔で、

私とそっくりな顔をしていた。同時に私達はお互いを見て、

「「えっ」」

と驚いた。

その女の人は、私と同じ年かもしれない。
赤いワンピースに一つの赤いリボンで長い髪を結んでいる。

「鏡を見ているみたい……」

私は薄い青色のパジャマだし髪も肩に届かないくらいの中途半端の長さで
似てもにつかない格好だけれど、
鏡を見るようにそっくりな女の人が私の前に立っているのだ。

「夢の中で、蛇口を閉めようとしていたら、貴方が現れて……絵描きさんも現れて……不思議な夢だと思ってたのに……」

私は何も言えなかった。
私はさ迷ううちに彼女の夢の中に入ってしまったのかもしれないけれど、
それを上手く言えなかったから。

説明しても分かってもらえないかもだけど、そして私達はまた同時に同じ質問をしたのだ。

「貴方は誰なの……?」

お互い分かるはずもないのに。分からないから探すのだけれど、どうやら私は、彼女に会うにはまだ早すぎたみたいだ。

「また会いましょう」

彼女は何かを察知したのか微笑んだ。

――ええ…… 必ず。

会わなければいけない気がする。

それでも私は、もっともっとオーバードライブの中をさ迷って彼に会わなければいけない気がする。

何故だか分からないけれど、けれど、ほら、また闇が私を包み込む。

とても不安だけれども、私の目の前の女の人が笑ってくれるから。
だからまだ頑張ってみたいと思うんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

白苑後宮の薬膳女官

絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。 ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。 薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。 静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...