英国紳士は甘い恋の賭け事がお好き!

篠原愛紀

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桜の花弁の賭け

桜の花弁の賭け 三

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「日本の文化が美しいものですか。政略結婚で家を、家督を守っていくだけの、血だけが大事なこの文化が!」

「お嬢さん?」

「私が意志のない結婚をしても、それは私が悪いわけじゃない。私の意志が要らないこの世界が悪いんだわ! いきなり放りだして何もかもまた決められて、――それに従うしかない、『自分』がない私が悪いんだから!」
 めそめそ泣き、袖が重くなった気がしていた。化粧もぐちゃぐちゃで、せっかく日本の文化に興味を持っているこの外国人には醜く映ったかもしれない。
 ブランド品に身を包む、この上品な男に、少なくとも理解なんてされないと思っていたから。

「私の名前は、David・Bruford(デイビット・ブラフォード)。イギリス大使館で外交雑務をしております」

「へ? 大使館?」

「まぁ、外交官として日本に来ていると思って下さい。主に日本とイギリスの文化の交流やお互いの文化を理解し高め合うのが目標です。今日は、そのイベントに貴方を招待したくて参りました。――美麗さん」

私が目を見開くと、その人は目も口も蕩けんばかりに甘く滲ませて笑う。

流暢な日本語で、綺麗なビー玉みたいな碧い瞳を綻ばせ、その人は私の名前を言った。
「どうして私の名前を……?」

「どうしてでしょうか? この桜の妖精が私の耳元で囁いたのかな。君の妹さんが廊下で叫んでたのかな」

「――あ、見苦しい所をお見せしてしまいました」

先ほどの美鈴の声が応接間まで聞こえたのかと思うと頭が痛い。

 デイビットさんは扇が気に入ったのか、ひらひらと肩から流すように揺らしている。まるで、風を切るような。着こんだベストは暑そうなのに、汗一つ掻かず、にこやかで、それがかえって裏がありそうで、何だか優しい顔も不気味に思ってしまう。

「美しいの美に麗しいの麗で美麗。素敵な名前ですよね」

 似あわない名前だが、デイビットさんはわざわざ地面に書いてた。外国人なら、その画数や形に衝撃を受けるような、形をしているのを知っていたけど。

――この人、字まで綺麗だ。

「美しい名前ですよね。ですが」

 パチンと扇が閉まる。重い扇をやすやすと片手で閉めると、気に入ったのかまた、パチンと鳴らして開く。

「泣いている貴方を泣きやませなければ、英国紳士の名も廃る」

 クスクスと難しい日本語を使ったデイビットさんは、靴も履かず、桜の木の下の私の隣まで降りてきた。

「知らない人と婚約するのが貴方の使命ですか?」

優しい口調で言われる。やはりこの外人さんには理解できないんだろうなって思う。

「昔……算盤の進級試験でミスした事があったんです。すると母から夕御飯を抜きにされました」

厳しくて、母が片手を差し出せばお弟子さんたちは次々に扇や羽織る物やら差し出す。
小さな頃から、母が何か動くたびにお弟子さん達が動き回るのが奇妙で怖くて……私は母が苦手だった。


「そんな時に、最初はお弟子さんがこっそり夕食を届けてくれました。だけどそのお弟子さん……母にこっぴどく叱られて。凄く可哀想で私のせいだと胸が痛みました」

父だけは母に叱られても私に優しかった。

でも私は怖い。
母に叱られたお弟子さんがもう私には優しくしてくれないんじゃ、とか、私のせいで誰かに迷惑かけるんではと。

そう思うと鳴けなくなった。
鳥籠の中、声を殺して朝が来るのを覚えた。


「私は逆らっても自分でどうすればいいのか分からない。反対されたり叱られたら心が震えて何も考えられない。私が我慢すれば……」

「それは違いますよ」
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