5 / 71
桜の花弁の賭け
桜の花弁の賭け 四
しおりを挟む
やんわりと、けれどその瞳は真っ直ぐに私を捉えた。
「私は思いました。何故、貴方はあのまま引き下がったのかと。妹さんにいきなりあんな事を言われて、悔しくなかったんですか? 『いいえ。私も頑張ります。私が跡を継ぎます』……貴方の母親はその言葉を期待していたんじゃないですか?」
パチンと扇を鳴らし、顎を扇で触る仕草は手慣れている。
撫でるように扇を巧みに扱う彼には、――私の気持ちも読まれているようで。
彼の碧い瞳には、何だか嘘を吐けなかった。
「多分……私、ずっと決められて生きてきたのを文句も言えないくせに、不満だらけで。やりたくもない跡取りを土下座してまで取り返したくなくて」
目頭が熱くなり、じわじわと視界が滲んでいく。
涙は流しても声は我慢しようと唇を何度も噛む。
「明日から私は何者になるのかだけが心配な……つまらない人なんです。私」
強い決意も強い望みもないくせに、感情だけはしっかりある、操り人形。「貴方はずっとそう泣いてきたんですか? 一人で」
辛かったでしょうに。
そうデイビットさんは言う。
私の気持ちを理解しようと、目を閉じて。
「母の命令は、鳥かごの中の私には絶対ですので」
「鳥かごの中でさえ自由に鳴けない貴方と私は会うために生まれてきたのかもしれません」
デイビットさんは、意味深な言葉を吐くと瞳を開けて桜の木を見上げた。
そして私には届かない枝に、長い手を伸ばし簡単に花びらに触れた。
――貴方と出会うために。
甘美で夢のような言葉。
「イギリス人は賭けが好きです。私と勝負してみませんか?」
「賭け?」
「私が勝ったら、泣くのを止めて一晩、私のモノ になって下さい」
「一晩、私のモノ?」
一晩、デイビットの命令を聞くと言う事?
「一晩、共に過ごしてほしい、という意味です」
薄く開いた唇が、なんだかセクシーで自分でも驚くぐらい胸がどきどきした。
私を一晩扱き使うにしても、舞しか踊る事を知らなかった。
だからマッサージをしたり晩酌に付き合うやはたまた料理を作れと言われてもできる自信はない。
「それで、私が勝ったら?」
「この鳥かごから、自由にしてあげましょう」
自信満々にそう笑う。
私が20年間苦労して生きてきたこの鳥かごから、そんなに簡単に自由になれるなんて信じられない。
その自信が妙に鼻に付 く。
この人は自由も、名誉も名声も富もある。
何 一つない自分への驕りと優越感に浸っているだけなんだ。そう考えると甚だしい。
その余裕が私をさらに劣等感の籠に閉じ込める。
そんな甘い言葉……信じられない。
「私は思いました。何故、貴方はあのまま引き下がったのかと。妹さんにいきなりあんな事を言われて、悔しくなかったんですか? 『いいえ。私も頑張ります。私が跡を継ぎます』……貴方の母親はその言葉を期待していたんじゃないですか?」
パチンと扇を鳴らし、顎を扇で触る仕草は手慣れている。
撫でるように扇を巧みに扱う彼には、――私の気持ちも読まれているようで。
彼の碧い瞳には、何だか嘘を吐けなかった。
「多分……私、ずっと決められて生きてきたのを文句も言えないくせに、不満だらけで。やりたくもない跡取りを土下座してまで取り返したくなくて」
目頭が熱くなり、じわじわと視界が滲んでいく。
涙は流しても声は我慢しようと唇を何度も噛む。
「明日から私は何者になるのかだけが心配な……つまらない人なんです。私」
強い決意も強い望みもないくせに、感情だけはしっかりある、操り人形。「貴方はずっとそう泣いてきたんですか? 一人で」
辛かったでしょうに。
そうデイビットさんは言う。
私の気持ちを理解しようと、目を閉じて。
「母の命令は、鳥かごの中の私には絶対ですので」
「鳥かごの中でさえ自由に鳴けない貴方と私は会うために生まれてきたのかもしれません」
デイビットさんは、意味深な言葉を吐くと瞳を開けて桜の木を見上げた。
そして私には届かない枝に、長い手を伸ばし簡単に花びらに触れた。
――貴方と出会うために。
甘美で夢のような言葉。
「イギリス人は賭けが好きです。私と勝負してみませんか?」
「賭け?」
「私が勝ったら、泣くのを止めて一晩、私のモノ になって下さい」
「一晩、私のモノ?」
一晩、デイビットの命令を聞くと言う事?
「一晩、共に過ごしてほしい、という意味です」
薄く開いた唇が、なんだかセクシーで自分でも驚くぐらい胸がどきどきした。
私を一晩扱き使うにしても、舞しか踊る事を知らなかった。
だからマッサージをしたり晩酌に付き合うやはたまた料理を作れと言われてもできる自信はない。
「それで、私が勝ったら?」
「この鳥かごから、自由にしてあげましょう」
自信満々にそう笑う。
私が20年間苦労して生きてきたこの鳥かごから、そんなに簡単に自由になれるなんて信じられない。
その自信が妙に鼻に付 く。
この人は自由も、名誉も名声も富もある。
何 一つない自分への驕りと優越感に浸っているだけなんだ。そう考えると甚だしい。
その余裕が私をさらに劣等感の籠に閉じ込める。
そんな甘い言葉……信じられない。
0
あなたにおすすめの小説
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる