英国紳士は甘い恋の賭け事がお好き!

篠原愛紀

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桜の花弁の賭け

桜の花弁の賭け 五

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「じゃあ、その扇に桜の花が舞い落ちれば貴方の勝ち。私は貴方のものです。でも、扇に桜の花びらが落ちなければ、私の勝ち。……貴方の手腕を見せていただきます!」

精一杯の嫌味を込めて言ったのに、デイビットさんはにこやかに笑うだけ。

風は強いけど、そんなに都合よく花弁なんて扇に落ちてくるわけない。


「時間は?」

「最初に落ちた花びらが、地面に落ちるまで」

どうせ無理だろうから、意地悪に難しい時間にしてみた。

何故だか、私は心が落ち着かなく、嫌な色で心が染まっていたのかもしれない。
ルールも私に決めさせて、余裕のデイビットさんは、スーツの上を脱ぐ。
中のベストは、引き締 まっ体を更によく魅せ、見とれてしまう
ほどだった。

こんなに男の人と話したり、近づいてじっくり見るのはお父さん以外初めてかもしれない。


短大まで女子校だったからそんなに男の人と関わった事ないし。

スーツのジャケットを縁側に放ると、花のような甘い香りがする。紅茶のように薫り立つような。


ついその香りに気をやられていた時だった。




「あ」
「あ?」


パチンと扇を開くと同時に、ひらひらと花びらが舞い降りてきた。


「…………え?」

勝負はすぐに着いた。ほんの一瞬で、神様が瞬きした瞬間に。


デイビットさんは舞い降りた花びらを指先で掬い、唇で優しく触れる。


桜の花びらは、デイビットさんの扇の中に舞い降りた。吸いこまれるように、引かれ合うマグネットのように。

目を見開いて口をパクパクする私の、着物の揺れる袖を掴むと、甘い口づけを落とす。
「賭けは私の勝ちですね」

笑う。裏なんてないと思わせるように。

私は知らない。
恋愛も、身を焦がすような衝動も、駆け引きも、何も知らない。

この日まで全く知らなかった。


鳴く事も許されず、感情も殺せず不満だらけの人形だった私は。



初めて甘い賭けを知り、簡単に酔いしれて、そして負けてしまった。


「それと、私が貴方の名前をどうして知ってるかですが」

「あ、妹が……ですよね?」

「ふふ。妹さんは貴方を『お姉ちゃん』としか呼んでませんよ」

「あ……」

優しく笑いながら、そうデイビットさんは言う。

デイビットさんの唇が動くのがなんだか艶かしくて目が離せなくて。

胸がぎゅうっと締め付けられた。


「私が貴方の名前を知っているのは――……」


そう言いかけて、ふっと後ろを向いた。


「んまっ! デイビットさん!」

応接間に来た母が、デイビットさんを見て目を丸くした。


「ああ、こんにちわ。今日も美しいままですね。麗子さん」

「そんな挨拶はいいから、中に入ってちょうだい。まぁまぁまぁ、靴下で庭になんて」

珍しく母の厳しい表情が慌ていたが、デイビットさんはにこにこ笑ったままだ。


「小鳥がないてたので、降りてしまいました」

「まぁ。雀かしら? 人が多いから庭にまでは鳥は入って来ないのよ」

母は汚れたら靴下を気にしてハンカチを取り出すが、やんわりとデイビットさんは断り、靴下を脱いでズボンのポケットへ入れる。

そして私を見るとウインクした。


「なき方も知らない鳥でした。なかないから気づかないなんて、麗子さん達は忙しすぎて美しい鳥の姿を見逃していますね」


「貴方も生意気な事を言えるようになってきたわね。可愛いげなくてよ」


母が相変わらず冷たくズケズケと言ってはいるが、言葉尻は優しくて。
デイビットさんと親しい雰囲気が伝わった。


「…………」

なく、か。
『泣く』なのか『鳴く』なのか。

外国人のくせにデイビットさんは言葉で遊んでいて、――その使い方も大人みたいで素敵だった。
「なかなか日本に来るチャンスがありませんでしたので美一さんに線香と、美麗さんに大使館イベントへ招待しに参りました」

白い封筒を取り出したデイビットさんは、桜の刻印が押されたそれを私に差し出す。


「賭けの続きはこの日に。御待ちしておりますよ」

「え、あのっ 私がですか?」

「はい。イギリスの食文化に触れるイベントですから、美麗さんに」


にこにこと微笑むデイビットさんは、私が招待状を受け取らずに困惑していると、手を掬い上げて握り締めるように手渡す。


「鹿取家の代表としての招待でしたらその子は未熟です。私が美鈴を連れていきますよ?」


母はお弟子さんが運んできたお茶と和菓子を机の上に置きながら、デイビットさんへ渡す。

デイビットさんは、首を振ると『いいえ』とはっきり答えた。


「私は美一さんを招待したかった。だから美麗さんを招待します。誰も美麗さんの変わりは居ません」


『美一さん』とデイビットは父の名前を親しげに呼ぶ。

「私は貴方と美一さんを偲びたい。だから、貴方がいいです」

はっきりとそう言うと、ジャケットを腕にかけて立ち上がる。

「話はそれだけです。仕事の休憩時間に来ただけですので、今日はこれで」

デイビットさんは母の手を取り、手の甲に唇を寄せた。

「散々待たせてしまったのに、申し訳ないわ」

「いえ。家族で話し合う事は大事です。喧嘩も時には、ね」

「まぁまぁ。意地悪ですね。デイビットさんは」
母は苦笑して、私に視線も送らずデイビットさんの後ろを歩きだす。
それに気づき、後ろを振り返るとデイビットさんは見送りもきっぱりと断った。

「麗子さんも忙しそうですから、もし見送りして下さるというなら、美麗さんをお貸し下さい」

「ええ。デイビットさんがそう言うなら、ほら、美麗」

さっきまで見えていないかと思っていたのに、母は私の名前を強い口調で言う。

咄嗟のことに、母の声に慣れてしまっている私は背筋を伸ばして「はい」と返事をしてしまう。

「返さないかもしれませんよ」

不敵に笑うと、私にウインクした。
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