英国紳士は甘い恋の賭け事がお好き!

篠原愛紀

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イベント当日

イベント当日 四

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賭けの意味は分かっても、その先のことは未経験で、分からない。

怖い。怖いけど。

言い付け通りに生きて後悔するぐらいならば、私はもう言い付けなんて守りたくない。
自分で迷って、自分で失敗して、自分で考えたい。

Up to you.

「一晩、私はデイビットさんのモノです」

「嬉しいです。――今すぐ抱き締めてキスしたい」

はにかむように笑うデイビットさんが眩しくて、私は何だか下を向いてしまった。

「あの、デイビットさんは何で私なんか……」

「美麗ちゃん?」

私なんか何処が良かったのか?
そう聞こうとしていた言葉は遮られた。

名前を呼ばれた方へ顔を上げると、着物姿の美しい御婦人が立っていた。
横には、夫だろうか。金髪のおじさんも立っている。

綺麗だけど、知らない。母と年齢はそう変わらないから、家の関係の人だとは思うけれど、分からない。

「あら、嫌だ。10年ぶりだから忘れちゃったかしら。美一さんのご葬儀の時は美麗ちゃんずっと泣いていたしね」

寂しげに笑うと、私の方まで歩いてくる。
父の仕事の関係者?


大和撫子のような上品な女性を立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花と例えられるけど、歩いてくる女性は確かに、美しく凛と咲く花に例えられそうな雰囲気だった。

「今日は、ご参加ありがとうございます。佐和子さん」

私より先に、デイビットさんが話しかけた。
その名前で、私は漸く記憶の片隅からこの女性の姿を発見できた。

父の師匠である書道家の先生は、頑固な方で弟子なんて取らないと言っていた。
その先生が生涯、たった二人のお弟子さんだけは取ったのだ。

父とこの佐和子さんを。

日本で3人しか貰えない有名な賞を国から頂いていた先生。

その弟子である父と佐和子さんは確かに有名だったけど。

「ふふ。思い出したのね? 美一さんが亡くなられてから、貴方も書道を辞められて心配していたのよ」

「すいません」

佐和子さんの笑顔を見たら、瞬時に墨の匂いや研ぐ音、筆を握る感触が思い出され、胸が締めつけられた。
その思い出の中心には、必ず父の存在があるから。

「デイビットに会えたってことは、美一君の賭けは負けかしら?」

――賭け?
首を傾げつつ佐和子さんの顔を見ると、デイビットさんは長い人差し指で口元を隠し、笑う。
「まだ、です。今、頑張ってるのでまだ内緒ですよ」

クスクスと笑うデイビットさんを、佐和子さんは暖かい眼差しで見つめた。
そして、私を見てウインクする。

「貴方さえ良ければ、――私、ここの近くで書道教室やっているからいらっしゃいな。私も弟子なんて生意気なもの、取らないから、遊びにだけでも」

名刺を差し出してきたので、受け取る。それ以上は、踏み込んだ話は出来なかった。
でも、舞を辞めて空っぽになった時間を埋められるなら良いことかもしれない。

二人は談笑を始め、私も笑顔で聞いては居たものの、話に入っていけずにお酒をちびちび飲む。はたしてこの苦い飲みモノを美味しいと思う日が来るのか。
デイビットさんは赤いワインとか似合いそうだし香りまで楽しみそうだけど。

ちらちら周りを見渡すと、スーツの男性に私みたいなワンピースの女性が多い。

佐和子さんみたいに着物の人は人目を惹くようで視線が痛い。

良かった。このワンピースで。

綺麗で、――着られて私も嬉しい。
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