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春の夜の夢。
春の夜の夢。三
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「あはは。ねぇ見た? 幹太の怒った顔、最高!」
仕事が終わると同時に休憩室に走って着替えて私が先に裏から出た。
その時には、幹太さんは調理室から出て、腰にまいたエプロンを脱いでいた。
私に気がついた幹太さんは首で外を示して、乗っていけと促されたので私は愛想笑いで誤魔化して言った。
『あの、日高さんが先に帰りますって、表から帰りました』
『っち。あいつ』
そのまま追いつこうと車で飛び出した幹太さんを、日高さんは大きなお腹を抱えて笑い、笑い過ぎてお腹が張ってしまい慌てて近くのカフェに逃げてきた。
けれど目の前の日高さんはホットココアを前にまだ笑っている。
「良かったんですか? 幹太さん」
「いいの。いいの。馬鹿みたいに律儀に私の送迎しちゃってさ、――私は一人でも平気なのに。まぁ、平気じゃないぐらい取り乱してたから幹太に家に入りこまれて、春月屋で働くことになったんだけど」
急に真面目な顔になった日高さんと、私の頼んだアールグレイの紅茶の氷が解けてカランと鳴ったのはほぼ同時だった。
「何で幹太が毎日私を送迎してると思う?」
それは、突然の質問だった。
「以前、幼馴染って言ってませんでした?」
「あはは。正解。あってるね。でも、半分正解かな? 私の旦那と私と幹太の三人が幼馴染で、――新婚ほやほやでアイツが死んじゃったから幹太がアイツの代わりに私を守ろうと必死なの」
さらりと話した中に、思いがけない言葉が入っていて私は固まってしまった。
持っていた紅茶のグラスが、小刻みに震える。何か話しかけなければいけないのに、頭が真っ白になる。
そんな震える手に、日高さんは自分の手を重ねて真っ直ぐに此方を見た。
「ごめんね。こんな話。でも、鹿取ちゃんにも関係ない話ではないの、幹太の事だから」
私に関係ある話? 幹太さんが?
「衝突事故でさ、車なんて跡形もなくって酷い有様だったみたい。私なんて突然すぎて驚いちゃって、アイツが亡くなってから一カ月の記憶が曖昧ってか、すっぽり無くなっちゃってさ。恥ずかしいわ。ちゃんと見送りもせず自分の事ばかり。そんな私を部屋からひきずり出してくれたのが幹太。で、その時に妊娠2カ月だって分かってさ、もう頑張らばねばと私がギャン泣きしたら、――幹太が『俺がいる』って言ってくれたのよ」
手を離した日高さんは、ホットココアをゆっくり飲みだした。
こんなにさらりと話せるようになるまでに、一体どんな葛藤や壁や、泣きたい夜に耐えてきたのだろう。
彼女が美しいのは、内面から浮き出ているからなのかもしれない。
「幹太があまりにも私に義務的に尽くしてくるから、小百合さんに相談したの。幹太の婚期が遅れるから私は仕事辞めますって。反対されちゃったけどね」
ぺロりと舌を出した後、また真剣な顔に戻った。
「その後に、貴方が春月屋に来たのは、きっと偶然じゃないわ。――小百合さんも貴方の母親も、きっと画策してるんだと思う。土曜のイベントに幹太を送迎に使うぐらいね」
「あっと、ちょっと私には意味が分からないです」
画策とか、小百合さんがうちの母親に加担するようには見えないし、そもそも何を画策するのか。
「そこよ。貴方が世間知らずなお嬢様なのを良いことに、周りから攻めてると思うの」
「あの、だから意味が」
「貴方と幹太をくっつけさせようってしてるのよ」
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