英国紳士は甘い恋の賭け事がお好き!

篠原愛紀

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春の夜の夢。

春の夜の夢。二

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「あの人とはもう良いんです。会わなくても」

思い出として割り切っていきたい。
そう思いたい。

「何? ちょっと大人になってる! ちょっとさ、仕事終わったら飲みに行かない? 話聞くよ、聞く。いや、聞かせて」

「飲みにって日高さん、妊娠中……」

「あはは、私はジュースジュース。鹿取ちゃんは堅いからさ、御酒で一回、自分を忘れるぐらい飲んで開放感を覚えるべきよ。行こう行こう」

豪快に笑うと、私の返事も聞かずにスマホで店を探し始めた。
決定事項らしいので、私も夜はご飯要らないと連絡しなくては。
食卓にブリザードが吹くかもしれないけど、私は変わると決めたから。鳥籠から抜け出して、自分で失敗して生きていきたいと。

だから、もう平気だ。

「あ、幹太を巻かないといけないや」

そう言うと、日高さんは盛大な舌打ちをした。
そんな自由奔放な彼女に私も笑う。




仕事も、なんとか覚えたと思ったら先からまた違う仕事の指導が始まる。

日高さんの後の人が決まらないのも納得できるぐらい厳しい。

髪は黒髪だとかアイライン、アイシャドウ禁止とかは接客もするのだから当然かと思うけど、歩き方から指の動かし方一つ、そして電話対応さえも細かいマニュアルがある。

今日はずっと電話対応も練習させられた。
御菓子の説明もなんとか出来ている……といいなと思っている。

実際に働いたことがない私から見てここは大変だと思うだけで、本当はもっとOLさんは厳しいのかもしれない。

「熨斗の御名前、頼めるかしら」

「はい」

日高さんは、歩き方から仕草まで完璧で、お客様が居なくなると素に戻るからギャップが激しいが仕事はしっかり割り切って出来ている。

そんな日高さんは、書道は苦手らしく熨斗は私が担当している。

と言っても私も父が亡くなってからは練習はほぼしていない。



「美麗さんって繊細な字を書くわよね」

小百合さんに、慣らしで使った広告の裏の字を見られそう呟かれた。

「はい。よく父に言われてました。力強さがないと」

細くて弱々しくて、字にまで自信がないのが映し出されているらしい。

「繊細で、儚げな字だけど美しいと思うわよ。桔梗さんなんて、あっちへふらふらこっちへフラフラ、おまけに汚しちゃうし」

「あ、小百合さん酷い!」

暖簾の向こうの調理場で、餡を味見していた日高さんが顔を出した。

「幹太の方が酷いのよ、全部太い。止めも羽も分からないの。太い眉毛みたい」

「うるせーぞ」

二人のやりとりに、小百合さんが着物の袖で口元を押さえて上品に笑う。
私も持っていた御盆で口元を隠すと思わず笑ってしまった。
楽しくて暖かい仕事場だったのは恵まれていたかもしれない。
多少の影口はあれど、あれぐらい慣れているし。
居心地が良くて、不意に泣きたくなるそうな哀愁を感じてしまう。

――夢から覚めても、笑えている。

それだけで私が満足してるのは、単純で浅はかなのかもしれないけど。
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