35 / 71
お日柄も良く。
お日柄も良く。二
しおりを挟む「お見合いの話、したのか?」
「いえ。あの、もう会ってなかったので」
気づかれる前に個室へ戻りたいのに、足が動かない。
見つかりたくない。
「お前、顔は正直だぞ」
くっと幹太さんが笑った気がした。
「美麗!」
「!?」
「待って下さい、美麗!」
すぐそこには、デイビットさんが立っていた。走ったのか、
額には汗が滲んでいる。いつの間にか上着を脱ぎベスト姿で、爽やかに笑っている。
「デイビット、さん……」
「すみません。会いに来られなくて。ずっと会いたかった」
いつの間にかこんなにも好きになっていたんだろう。
デイビットさんの顔を見た瞬間、泣き出したい、抱き締めたい、触れたい、様々な感情が鬩ぎ合った。
綺麗な男の人だ。賭けだけで簡単に心を奪うような。
でも悪い人だ。あの日だけ。一晩抱いたら満足した、自分は沢山いる日本人の中の一人に過ぎないのだ。
「6月はイベントが忙しくて、でも何とか会いたいと麗子さんに言っても門前払いで。何度お願いしたか。 美麗、会いたかった」
ホッと胸を撫で下ろし、泣き出しそうな優しい笑顔で私を見る。
なんて優しく、甘く、自分の名前を呼ぶのだろう。
涙が溢れそうになるのを必死で歯を食い縛り耐えた。
デイビットさんが甘く笑った瞬間、ざわざわと、心は震えた。
期待と後悔と、そして泣きそうになる恋情。
「し、失礼します!」
駄目だ、駄目だと思った。この人には、迷惑をかけられないと。一人で、一人で生きていかなければ。
この人に、嫌な顔をされたら、一生立ち直れなくなる。
「美麗!」
着物でもないのについついワンピースのすそを掴み上げながら、今まで絶対に駄目だと母親から注意されていた、大股で走る行為を平然としていた。
「この人とお見合いするんです! もう、もう、遅いんです! ごめんなさい!」
幹太さんの腕を掴み、個室へ足早に戻る。
もう期待はしない。一人で決断し、間違えてもいいから歩き出そう。
「失礼」
そう思って逃げた私を、デイビットさんは簡単に走って捕まえ、幹太さんから引きはがすと抱きかかえた。
「逃げるって事は、私の賭けの勝ちかな?」
「賭け?」
よっと、お姫様抱っこをされると、デイビットさんは困惑している私を愛しげに見つめ、涙がたまった睫毛に唇を寄せた。
「貴方と結婚したかった。だから、こんな結果になったこと、許してください」
「へ?」
「貴方を手に入れるには、一世一代の賭け、でした」
「つまり……?」
「一回だけ、避妊しませんでした」
言葉を失って、へなへなとお姫様抱っこの中、倒れ込む。
その言葉は、一か月悩んで悩みぬいた私には信じられない言葉だった。
「大丈夫? 不安だった?」
「し、信じられない! 不誠実です!!!」
どれぐらい自分が不安で、でも愛しくて、どうしても育てたいと願ったこの気持ちに一気に泥が塗られた気持ちだった。
「すいません、二人で話がしたい。いいですか?」
デイビットさんにそう言われた幹太さんが、こくこくと頷くと母たちがいる個室へ戻っていく。
幹太さんが居なくなってから、私は右手を振り上げたけれど、真っ直ぐに綺麗な瞳で私を見るデイビットさんに振り落とせられなくて、代わりに涙が滲んできた。
「貴方が、ずっと好きでした、――美麗」
ずっと、その『ずっと』がいつからなのか信じられなくて涙を流す。
「貴方のお父さんが、生前に言ってました。『娘は、鳥籠の中で生きるの可哀想だ』と。麗子さんも苦渋の決断だったのは承知ですし、彼女の生き方は尊敬しても否定はしません」
父の話に、顔を上げる。
デイビットさんが私を一向に下ろそうとせず、レジのウエイトレスさんやお手洗いに向かうお客さんの視線を浴びて恥ずかしくなる。
「『声を殺して泣いていては、あの子を誰も見つけてくれないのではないだろうか』と」
旧美術館だけあって、混雑した時の待合室も、的の風景を展望できる素敵な場所だった。
私の落ち着きのなさに気づいてくれたのか、そちらへと向かう。
「だから、賭けをしました。『私が声を殺して泣く少女を見つけたら、私と結婚させて下さい』と。一人で泣く貴方に私はずっとずっと会いたくて、早く抱き締めたくて。本当に会えた時、一目で恋に落ちました。笑いますか? 28歳にして、私は初恋のように胸が躍っているのです」
0
あなたにおすすめの小説
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる