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お日柄も良く。
お日柄も良く。一
しおりを挟むそこは、結婚式にも使われるという旧美術館のレストラン。
吹き抜けの窓からは、パノラマのように外の景色が見渡せる。
母や小百合さんの事だから、鹿威しや庭園、懐石料理が出るような趣ある和風な場所で食事会をするかと思っていた。
緊張しなくても、それほど気取らなくていい雰囲気だったので肩を下ろした。
母と美鈴は着物で、ウエイターに案内される後ろをしずしず歩いているが、ちょっと場違いだ。重く高級感を漂わせている着物は、周りを圧倒させていた。
もちろん私も着るように言われたが、断固拒否。
あの人に頂いたワンピースと、美鈴がくれたシュシュだけで着飾らないようにした。
「まぁ、麗子さん、本日はお日柄もよく」
案内された個室には、既に幹太さん達が椅子に座って待っていた。
小百合さんもおじさんも着物だったけど、幹太さんは紺のジャケットに黒のスラックス。
普段の作業衣と正反対の服装だったけど、落ち着いた雰囲気でとても似合っている。
和やかに母と小百合さん達が会話を弾ませている中、私と幹太さんは無言で見つめ合い、少しだけ苦笑してしまう。
「やっぱその服か」
「へへ」
「着物に押しつぶされるよりは、いい」
そう短く言うと、そのまま席に座った。私の返事なんて待たずに。
美鈴は、母の後ろで黙って幹太さんへ視線を向けている。
「全くうちの倅は、本当に奥手で。この年まで浮いた話もなく。親としては心配でして」
「私の娘は、ほいほい男に着いて行く事なく、しっかりと教育し過ぎたせいか控え目すぎて……」
お互い、本人が居る前でよくもまあ言える。
気にしないように運ばれてきた前菜の方に目をやる。
まぐろのカルパッチョと
トマトの上にモッツアレラチーズ、バジルが乗っているカップレーゼ。
着物の母たちが食べているのが似合わなくて笑いそうになるのを耐えていると、幹太さんもわざとらしい咳払いをしていたので余計に我慢できなかった。
「すいません、ちょっと」
そう言って席を立ち、お手洗いに向かう。
「おい」
幹太さんも首元をパサパサと仰ぎながら個室から出てくる。
「顔色悪いけど、緊張?」
そう聞かれ、私はきっぱりと『ちがいます』と否定した後に溜息を吐く。
「その、先に謝っておきますが、その、お騒がせします」
その言葉を母の前で言うことを想像すると、胸がきりきりと痛む。
ご飯も喉を通らないけど、なんとかゴムのような味も感じない料理を飲み込んだ。
せっかく美味しそうな料理なのに、勿体なかった。
「いい。たまには爆発させろ」
頭をポンポンと乱暴に撫でると、そのまま外に出ようとした幹太さんが急に引き返してきた。
「どうしました?」
「レジのとこ」
やっべ、と小さく呟く幹太さんの肩越しにレジを見て、腰を抜かしそうになった。
「――デ、イビット、さん……」
レジのウエイトレスさんに、身を乗り出して何か質問をしているのは、一か月会えていなかったデイビットさんだ。
白のスーツに、ワックスで流した金髪、横顔からは高い鼻に碧色に輝く瞳が見える。
会いたくて、会えなくて、心が引き千切れるかと思ったけど、さよならを決めた人。
何で、こんな所で。
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