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世間知らずの身の程知らず。

世間知らずの身の程知らず。三

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いつの間にか、イギリス大使館の目の前まで来ていた。

「これから毎日、手紙をかきますよ。それで許してください」

「……デイビットさん」


大使館にも私の家にも、桜はとうに舞い散ってしまったけれど、私の心にはまた風とともに雪吹雪のような桜が舞う。


始終にこやかなデイビットさんに余裕を感じてなんだか複雑だった。

私だけが可愛くなくて、素直じゃない。
デイビットさんは、6月にあったエリザベス女王の誕生祭の大使館イベントについてずっと説明してくれた。その準備や、各財政界の関係者を招待する手配など難しいことはよく分からないけれど、忙しくても楽しくて充実していたのが伺えた。


「それでも私は、時間を見つけては会いに伺ったのです。まさか、一か月で貴方がそこまで成長しているとは思いませんでした」

「成長?」


「とても、美しくなりましたよ」

そう笑う、瞳が好き。
真っ直ぐで優しくて、慈愛に満ちていて。

私は、彼に言わなければいけないことが沢山あり過ぎた。

「着きましたよ。朝、こうなると予想して片づけましたが、汚いです」

外人さんでも謙遜するんだなと思いつつも、車から聳え立つマンションを見上げた。

煉瓦作りの、それほど戸数も多くないような温かみのあるマンションで、窓辺に花を飾っている部屋が多かった。

「外国人はなかなか部屋は借りれませんが、ここは管理人さんも優しくてアットホームですよ」

また車のドアを開けられ、エスコートされながらにこにこと笑顔で言われた。

オートロックを解除すると、管理人室の横に小さな滑り台とジャングルジムが置かれていた。子供がいるのかもしれない。


最上階の四階の角部屋に案内されると、モデルルームのように綺麗な空間で入るのを躊躇してしまう。
でも、ちゃんと伝えなくては。

「あの、お部屋に入る前に私、私も謝らせて下さい」

「なんで美麗が?」

ソファにジャケットを置き、ネクタイを緩めながら此方へと向かってくる。

「人のせいばかりしちゃうのは、私の悪い癖だから。合意だったんだからデイビットさんだけが悪くないのに。私、――確かめもせずに一人で育てようと勝手に突っ走っちゃったし」


「ふむ」
まとまらない私の言葉を聞いて、そう一言だけいうと手を差しぼべてきた。
その手を、おずおずと掴むと優しい手つきで立ち尽くす私の足から靴を脱がす。

「じゃあ、お腹の赤ちゃんが聞いちゃうと心配するので、謝るのは止めましょう。生まれてくれてありがとうってそんな優しい言葉だけ届けましょう」

「デイビットさん」


「で、出来たら私にも優しい言葉を下さい。プロポーズの返事、聞いてもいいですか?」

跪き、私を見上げる碧色の瞳が揺れる。
暖かいその色が、私の言葉を涙に変えていく。


「こ、わいです」

「知らない世界に飛び込むのは、経験のない貴方は怖いでしょうね」


「私、――できるのかな」

「招いた私が、ずっと守りますから。怖いなら、泣いてしまいなさい。その涙、全て私にぶつけて下さい」

手を取り、ソファに座ったデイビットさんの膝の上、向かい合わせで座る。


デイビットさんの香水に交じった汗の匂いが、あの日の夜を色鮮やかに思い出させる。

「触れても、良いですか?」

この状況でまで、私に決めさせるなんてずるい人だ。

でも、この声も瞳も、匂いも優しい腕も好き。――止められない。


「抱き締めてください」

そうお願いすると、丁寧で紳士なデイビットさんが一瞬、荒々しい動きで私の後ろ頭を引き寄せる。


「泣いてもいいですよ。私は、ずっとここに居ます」

頬に触れて、そう語りかける。

此処には、父の書斎から見える桜の木は無い。
此処には、私を縛り付けるものは無い。
自由すぎるその先に、私が一人迷子にならないようにと、傍に居てくれる。

知らないその先は、怖いけど貴方との夜は、この先もずっと忘れない。

おずおずと肩に両手を置いたら、デイビットさんは蕩けるような笑顔で私に口づけを落としてくれた。

瞼に、頬に、首筋に。

私も嬉しくて……涙が溢れてきた。
怖くて嬉しくて、優しくて温かい。

そんなキスに私は目眩を感じる。

「美麗!?」

「そんな、ドキドキさせないでください」
その熱さに、不慣れな私はへなへなと倒れてしまったのでありました。
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