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世間知らずの身の程知らず。
世間知らずの身の程知らず。四
しおりを挟むデイビットさんの腕枕で眠り、デイビットさんに送って貰い、お店の仕事に立つ。
森田さんが何度も何度も私に視線を送ってくるが、仕事に努めること、午前11時。
小百合さんもおじさんも、気にしないでと何度も何度も私に言ってくれたから、きっと森田さんは私たちのお見合いが駄目だったのを察している。
詳細を聞きたくてうずうずしているんだと思う。
いつもならきっちり対応するのに、今日はお土産袋を一つ多く入れてしまう彼女らしくないミスをしていたから。
「おい」
暖簾を上げて、幹太さんが店にやって来た瞬間、森田さんの顔が私を見た。
「はい」
「迎えが来る時間になったら頼んで着替えろよ」
なぜか幹太さんまでそわそわ落ち着かず、調理場と店を先ほどから行き来している。
私に何か言いたいことがありそうなのだけど、森田さんの手前なかなか本題に入れていない。
ちょうど、電話が鳴り、森田さんが対応すると幹太さんは小さく咳払いした。
「お前、イギリス語はできるのか?」
「え、あ、イギリスはクイーンズイングリッシュとは言いますが基本英語ですから」
「じゃあ、英語はできるのか?」
焦って苛立っている幹太さんの眼光は鋭い。
私は、その眼には自信を持って言えず、どもりながら微かに頷く。
「私、英語科短大卒です」
その言葉に、幹太さんが胸を撫で下ろしたように見えた。
「幹太さん?」
「あとは証拠だけか」
小さく呟くと、自分で言って納得してしまったようだ。
ますます私には分からない。
「親御さんの説得は?」
「き、今日、その病院へ行ってから家に寄ろうかと」
「そうか」
お腹の子供が育っていると分かれば、母だって話を少しは聞いてくれるはず。
美鈴の話では、母は家に着くなり部屋に籠ったらしく、全然状況が読み取れないし。
「ちょっと、鹿取さん、貴方今、英語が出来るって言ったわよね?」
電話を保留にした森田さんが、後ろにも耳があるのかしっかりと私たちの話を聞いていたらしく、そう呼ぶ。
「森田さんまでどうしたんですか?」
「英語で和菓子の注文みたいなのよ」
慌てる森田さんから電話を渡される。
外国人がお店に訪れたり、電話注文するのはそう珍しくなく、お店にもマニュアルがあるのだけれど。
訛った英語やネイティブすぎる英語なら私も自信がないから恐る恐る電話を変わった。
「……?」
でも、受話器越しから聞きなれた単語を私はしっかりと耳にした。
電話の内容は確かに私も耳を疑った。春月堂の夏の名物、水色の涼しげな寒天の中に夏の風物詩を野菜で形どり浮かべさせた『翠雨(すいう)』という和菓子。
その和菓子を数百と注文しているから。
幹太さんに事情を説明し、おじさんへ確認してもらっていたら、その電話から聞こえてきた名前の人が入口から顔を覗かせて、きょろきょろと店内を見渡す。
そして、私を見つけると蕩けんばかりの笑顔で店に入ってきた。
「美麗」
「あ、あの、デイビットさん、今大使館から電話が来ています。デイビットさんから紹介されたとか」
挨拶もそこそこに、私はデイビットさんへ詰め寄る。
しっかりされた、そしていて日本人の私を気遣うようなゆっくりした英語で『デイビットから素敵な和菓子を食べられるお店だと紹介された』と、そうおっしゃっていた。
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