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甘い紅茶。

甘い紅茶。二

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両手を広げて私の身体を受け止める体制をとる彼は、本当に心配しているようだ。

いくら私でも、そうそう慣れ親しんだ家で転けたり、滑ったりしないのに。


「あの、私と立花さんにイギリス紅茶の煎れ方を教えて頂けませんか」

「イギリス紅茶?」
「ポットを温めるとか、温かい紅茶にはどの葉が美味しいとか、本には様々に書かれていて」

「ふむ。そんな手の込んだ事はしなくて、ティーバックでいいですよ」

「えええ!?」

立花さんがあんなに慌てておろおろしているのに、本場の方があっさりと楽な道を示してきた。

「私は、一日に何十回と紅茶を飲むのでティーバックですよ。美味しいし御手頃ですし。こだわって飲むなんて滅多にしないので御気になさらずに、とお伝え下さい」

美麗は優しいですね、と何故か忠犬から頭を撫でられる始末。
いやでも、あの高級紅茶の山はどうしよう。


「ふふ。色んな人がいるからイギリス人だからとひとくくりにしちゃ、身が持たないわよ」

袖口で口元を隠しながら佐和子さんが上品に笑う。

「この子、仕事が楽しいんですから時間をかける嗜好品にはあまりこだわらないわよ。気にしない気にしない」

「じゃあ、朝ごはんは和食ですか、洋食ですか?」


「美麗が作るならどれでも美味しいです」
「……!?」

即答だった。
天然のたらしかのように、息を吐くようにキザな台詞を言うから固まってしまう。

「あの、私その、料理未経験なのでまずは、その、期待しないでください」
「じゃあ、一緒に作りましょう。私が作るマフィンは、母親伝授ですから」

キラキラ笑顔で答えてくれるデイビーに、しどろもどろの私、この先不安しかない私の前で、佐和子さんが声を我慢して笑っている。

「じゃあ、すぐに紅茶の用意をしますね」
「ああ、美麗待って。あの桜の木の向こうの美一さんの部屋は今もそのままなんですか?」
呼びとめられて、とうとうあたふたしていた立花さんが此方へ向かってきた。
私がティーバックで良いみたいですとジェスチャーするとスキップして戻っていった。
「美麗?」
不思議そうに名前を呼ばれてその視線のまま、父の部屋を見て、穏やかな優しい気持ちが溢れてくる。

「父の仕事の道具がそのまま置かれています。まるですぐにでも仕事ができるように綺麗ですよ。母に言えば入れますし、私も丁度昨日入ったけど季節の花が」

「昨日?」

「はい。昨日、――父の着物の切れ端を分けて貰った時に入ったんです」

「切れ端?」
何に使うのだと首を傾げるので、私はにんまり笑う。

「後で見せます。濃い紫……殷紅色(あんこうしょく)の着物の切れ端を頂きました。父がこの色を好んでよく着ていたんです。その切れ端で私もぬいぐるみを作ろうと思ってて」

ふふふと得意げに答えると、デイビーの碧眼の瞳が宝石のように輝きだす。
濃い、または黒みを帯びた紅色。濃い赤紫とも言えるその色は、男の子でも似合うし、女の子は首に結ぶリボンをピンクにしたら可愛いし、デイビーが買った生地と並んでも悪くないと思う。


「母が、デイビーの身長じゃ父のを譲ってあげられないから、子供用に仕立てなおそうかって言ってたよ」

「く。自分の身長を呪う日が来ようとは」

悔しげに握りこぶしを作るデイビーに大声で笑ってしまったら、座敷から母と美鈴が顔を出した。

「お姉ちゃんが大声で笑ってるの、初めてみたかも」

「みっともないったらありゃしないわ」
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