57 / 71
甘い紅茶。
甘い紅茶。二
しおりを挟む両手を広げて私の身体を受け止める体制をとる彼は、本当に心配しているようだ。
いくら私でも、そうそう慣れ親しんだ家で転けたり、滑ったりしないのに。
「あの、私と立花さんにイギリス紅茶の煎れ方を教えて頂けませんか」
「イギリス紅茶?」
「ポットを温めるとか、温かい紅茶にはどの葉が美味しいとか、本には様々に書かれていて」
「ふむ。そんな手の込んだ事はしなくて、ティーバックでいいですよ」
「えええ!?」
立花さんがあんなに慌てておろおろしているのに、本場の方があっさりと楽な道を示してきた。
「私は、一日に何十回と紅茶を飲むのでティーバックですよ。美味しいし御手頃ですし。こだわって飲むなんて滅多にしないので御気になさらずに、とお伝え下さい」
美麗は優しいですね、と何故か忠犬から頭を撫でられる始末。
いやでも、あの高級紅茶の山はどうしよう。
「ふふ。色んな人がいるからイギリス人だからとひとくくりにしちゃ、身が持たないわよ」
袖口で口元を隠しながら佐和子さんが上品に笑う。
「この子、仕事が楽しいんですから時間をかける嗜好品にはあまりこだわらないわよ。気にしない気にしない」
「じゃあ、朝ごはんは和食ですか、洋食ですか?」
「美麗が作るならどれでも美味しいです」
「……!?」
即答だった。
天然のたらしかのように、息を吐くようにキザな台詞を言うから固まってしまう。
「あの、私その、料理未経験なのでまずは、その、期待しないでください」
「じゃあ、一緒に作りましょう。私が作るマフィンは、母親伝授ですから」
キラキラ笑顔で答えてくれるデイビーに、しどろもどろの私、この先不安しかない私の前で、佐和子さんが声を我慢して笑っている。
「じゃあ、すぐに紅茶の用意をしますね」
「ああ、美麗待って。あの桜の木の向こうの美一さんの部屋は今もそのままなんですか?」
呼びとめられて、とうとうあたふたしていた立花さんが此方へ向かってきた。
私がティーバックで良いみたいですとジェスチャーするとスキップして戻っていった。
「美麗?」
不思議そうに名前を呼ばれてその視線のまま、父の部屋を見て、穏やかな優しい気持ちが溢れてくる。
「父の仕事の道具がそのまま置かれています。まるですぐにでも仕事ができるように綺麗ですよ。母に言えば入れますし、私も丁度昨日入ったけど季節の花が」
「昨日?」
「はい。昨日、――父の着物の切れ端を分けて貰った時に入ったんです」
「切れ端?」
何に使うのだと首を傾げるので、私はにんまり笑う。
「後で見せます。濃い紫……殷紅色(あんこうしょく)の着物の切れ端を頂きました。父がこの色を好んでよく着ていたんです。その切れ端で私もぬいぐるみを作ろうと思ってて」
ふふふと得意げに答えると、デイビーの碧眼の瞳が宝石のように輝きだす。
濃い、または黒みを帯びた紅色。濃い赤紫とも言えるその色は、男の子でも似合うし、女の子は首に結ぶリボンをピンクにしたら可愛いし、デイビーが買った生地と並んでも悪くないと思う。
「母が、デイビーの身長じゃ父のを譲ってあげられないから、子供用に仕立てなおそうかって言ってたよ」
「く。自分の身長を呪う日が来ようとは」
悔しげに握りこぶしを作るデイビーに大声で笑ってしまったら、座敷から母と美鈴が顔を出した。
「お姉ちゃんが大声で笑ってるの、初めてみたかも」
「みっともないったらありゃしないわ」
0
あなたにおすすめの小説
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる