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甘い紅茶。

甘い紅茶。一

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結納が終わったある午後のこと。
結納と言っても、デイビーのご両親は亡くなってるし、お兄さんの船は今はオランダ辺りだし、仲人を引き受けてくれた佐和子さん達や、叔母さん伯父さん達が挨拶を交わしたぐらいのうちの親にしては簡単なものだった。

それでも、うちの親と同じぐらい頭が堅い方々だからデイビーを見てぎょっとしていた。

でも母のオーラが文句を言わせないといった頑固たるものだったことと、お父さんの古くからの友人の息子だということ、デイビーの人柄がなんとか伝わったのだと思う。



「私、いつお義兄さんって呼ぼうかな」

座敷に飾った結納の品を眺めながら、美鈴が言う。
すっかり、あの悪い大人の虜になっている。
デイビーは、優しい顔の裏は強かで計算高くって、ちょっと悪い匂いがするのにだまされちゃって。

いや、一番私が騙されてるけど。


「美麗、貴方、立花さんの御手伝いしなさい」

「え?」
いつの間に背後に現れたのか、母は縁側からひょいと現れる。

「嫁に行くならそろそろご飯も作れるようになりなさい」
「え、あ、はい……」

「デイビットさん、どんな御飯が好きなのかも聞かなきゃね。和食でいいのかな。イギリス料理?」

料理、薄々頭の中で浮かんできたりしてたのだけどそろそろ習わなきゃ、か。

御庭を佐和子さんと見ているデイビーの背中を見ながら台所へ歩く。

今日はもう結納用の会席が届くことになっているけど。

「あら、良かった。ねえ、美麗さん」
台所で立花さんが料理本を机に置いてにらめっこしていたが、私を見て駆け寄って来る。


「どうしたんですか?」
「デイビットさんって、紅茶の本場イギリスの方ですよね。美味しい紅茶の入れ方を見てたのですが、種類はどれが良いでしょうか」

「ええ!?」
台所のテーブルの上には、高級そうな紅茶の缶が何個も置かれている。

でも、私もデイビーが紅茶を飲んでいるところ見たことないし、どれが美味しいとか分からないけど。

「好きな銘柄だけでも聞いてきて頂けますか? ティーバックなんて出したら怒るかもしれませんし」

立花さんは、戸棚からどんどん紅茶の葉を取り出す。
有名百貨店でしか買えない、本場イギリスからの取り寄せの品とか、貴族御用達とか、美味しい紅茶の入れ方入門書には、付箋だらけだ。
ティーバックの紅茶も味の研究の為に買っている始末だ。

「えっと悩むより、本人に教わった方がいいかもしれません」

「駄目です。駄目です! 殿方を御台所に入れるなんて!」

50半ばの立花さんは、そんな今時誰も言わないような台詞で慌てていたけれど、それはこの家が女性しかいなかった時間が長かったからだと思いたい。


台所から縁側を通り、デイビーが佐和子さんと談笑する桜の木の前に行く。

緑の葉の桜の木の下なのに、私には鮮やかな桃色の桜の花びらが舞い交う様子が見えるようだ。

「デイビー」

私が呼ぶと、彼はすぐに振り向き、忠犬のように駆け寄って来る。

「どうされました? 危ないから縁側から身を乗り出さないでください」
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