英国紳士は甘い恋の賭け事がお好き!

篠原愛紀

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番外編:キミのその嘘つきな、(幹太×桔梗

キミのその嘘つきな、二

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悔しくて、涙が滲む。

彼も幹太もスポーツや勉強は小学生の時からできた。
高校は、彼が必死で私に勉強を教えてくれてなんとか同じ高校に合格出来た。
幹太は私たちの様子を、冷ややかな目で見ていた気がする。
それぐらいの時期からか、三人のうち、誰かの家で集まって勉強会をすることは無くなった。幹太だけ、製菓の高校に行ってしまったし。


彼の足を私が引っ張って来たのが許せないのか?
こんなに一緒にいたのに。こっちがどんなに距離を縮めても、壁を作りやがって。


「桔梗!」

後ろから呼び止められたけど、泣き顔を見られたくなくて振り返らず駆け出す。
公園の階段を降りれば、コンビニの駐車場で彼が待っている。
だから私は駆け下りた。捕まりたくない。
泣きだしたから追いかけるなんて、――まるで私が追いかけさせようと泣いたみたいで。

「桔梗」

掴まれた腕を、必死で引き剥がそうと暴れたら、両手を掴まれて、――そのまま階段の踊り場の壁に押し付けられた。
紙袋が足元へ落ちた。

公園から漏れる街灯は、淡く。雲で見え隠れする月は、夜に突き刺すナイフの様に鋭く。
夜に浮かぶ幹太のシルエットは、私に重なり、――夜から私を隠してしまった。

「離してよ」

両手を掴まれ、壁に縫い付けられたまま、何だか恥ずかしいし泣き顔を見られたくなくて俯く。

「――桔梗」

スルスルと、繊細に幹太の指が動く。ゆっくり、輪郭を描く様になぞるのは、――私の薬指に輝く指輪。

幹太は何度も何度も、優しい手つきで指輪の輪郭をなぞった。


「俺が、言えばお前は困る癖に」
「え?」

「俺は、――ずっと言わない。言えるわけないんだ」

悲痛な、痛々しい声。顔を、見たい。見ては、いけない。
――見上げても、淡い夜の輝きは、上手に幹太の表情を隠した。

「桔梗。オメデトウ」

優しい、――蕩けるように甘い優しい声だった。

私の名前は、春月堂の暖簾に描かれている桔梗の紋から付けられた。今日買ったどら焼きにも焼き印に桔梗が彫られている。
親同士が仲良しで、幹太の家の庭に毎年咲く桔梗の花が、まるで朝を迎える紫色の夜空の様に咲き乱れるのでその名を付けられた。

だからずっと私は自分の名前の由来になった春月堂も、その家の幹太も特別な思い入れで接してきた。それだけなのに。

指輪をなぞる幹太の右手は、依然として私の手を壁に縫い付けたままだったが、左手は離すとゆっくり私の滲んだ涙を拭うと、そのまま唇まで下ろして止まる。

目が離せなかった。

此方からは表情がよく見えない。でも幹太からは私の表情が見えているはず。

幹太は私の唇を、親指でなぞった。
まるで、何かの儀式かのように、優しく。

幹太が作るお菓子は、こんな優しい扱われ方をされているのかな。
――こんなに繊細な指先だったのだと、金縛りにあったかのようにその指先の感触に全神経を集中させてしまった。

「栗餡、付いてたぞ」

唇をなぞり終えると共に、幹太は私の手の拘束も離した。
カバンの中のスマホが震えだす。
――まるで私の心を見透かすかのように。

「あ、りがと。お祝いも、――ありがと」

「ん」

短く答えただけで、彼はまた私に背を向けた。
そのまま階段を上っていく。

雲が晴れて、幹太は夜空に突き刺さるように浮かぶ三日月の隣を歩いて行く。

階段を降りれば、彼が待っている。急いで向わなければいけない。

何で、――幹太は意地悪なんだろう。

キミのその嘘つきな背中は、いつも私たち二人から遠ざかっていく。
幹太と月が消えるまで、私はずっと見上げていた。

押し付けられた背中と、指輪と唇をなぞった感触は二人が消えても、熱を帯びて残っていた。
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