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咲かないサボテンは、ただのサボテン。
咲かないサボテンは、ただのサボテン。 3
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全身の毛を逆立てながら漬け物石と思っていた大きな物体が店長を守るように立ち塞がった。10キロは越えそうな膨よかな巨大猫。黒と白のぶち模様だが模様さえも巨大すぎて伸びているように見える。
「化け物猫だぁ」
「定宗さんっ」
男の子と店長が叫ぶのは同時だった。定宗というここ一帯のボスが猫だったなんて。みかどはびっくりして口をあんぐりと開けたが、みかど以外の三人は今まさに修羅場だった。
「化け猫だ。こいつ、化け猫だよ」
「威嚇して怖いわ。ママの後ろへ隠れなさい」
定宗とは無関係だった見ず知らずの親子は、殺気だった定宗を見て、お互いを抱きしめ守ろうとしている。
「定宗さん、僕は大丈夫だから落ち着いて下さい」
店長が優しく背中に話しかけると、定宗は親子に背中を向けた。そして全力で両手足で親子へ砂をかけると、店長を守るように足に纏わりついていく。店長の足と足の間を八の字に移動しつつ、親子に早く帰れと威嚇の低重音の声を上げた。
「定宗さん、許してあげて下さい。今はこのサボテンの延命が大事です」
毛を逆立てた定宗は尚も親子に立ち向かっていくが、それをみかどが抱き締めた。
「行きましょう。――行きましょう、定宗さん」
ポロポロと泣くみかどは、10キロ以上する定宗を愛しげに抱き締めた。定宗も引っ掻くことや噛みつくこともせず、格好だけ暴れてみているようだった。店長とみかど、そして定宗。 三人の長い影が、夕日を浴びて長く長く地面に伸びる。その中を、みかどはただただしゃくり声をあげて黙々と歩くのみだった。
口を開いたのは、店長だ。
「さっきの親子は、サボテンには悪でも、親子としては素敵でしたね」
その言葉は、みかども感じていたことだった。自分は親にあのように庇われた事はない。親をあのように庇ったこともないが、あの親子はお互いを守り慈しみあっている。親子としては理想的な関係だったろう。それが羨ましく自分の立場がちっぽけに見えて、みかどは寂しくて身体を震わせていた。
「みかどちゃん。僕ね」
店長はみかどの前に立ち塞がると定宗を優しく奪う。そして定宗を肩を押し付けて抱き締めると、小さな謎を吐き出す。
「僕には定宗さんしか本当の家族はいません」
定宗も店長には喉を鳴らしている。
「だからみかどちゃんは僕を『お兄さん』って呼んでくれたら嬉しいな。本当の妹みたいに僕の家族になってくれますか?」
本当の家族に。言いながら、店長の顔は真っ赤だった。
「あ、も、勿論、皇汰くんも弟です。大丈夫ですよ!」
何が大丈夫なのか分からないが、店長は自分の言った言葉にあたふたしていた。
じわりと胸に広がる熱。それはちょっとみかどにとって嬉しい胸の痛みだった。
「お兄さん……」
本当の家族が家族になれなくても、人は恋に落ちれば他人とでも家族になれる。
「ふふ。お兄さん」
「へへ。みかどちゃん」
今日出会ったばかりで二人の心には一滴の温かい気持ちが満たしてくれている。
(――でも、でもね、お父さん。)
優しい店長の横顔を見たら、みかどは益々涙が込み上げて来て、何度も何度も眼鏡を外して涙を拭く。
(私も、努力はしたんだよ。だから、要らないとか言わないで。存在まで、否定しないで)
あの親子の様に周りが見えなくなる様な愛情でも欲しいとさえ思うほど、愛が枯渇していた。
「みかどちゃんこの子の名前、何にしましょうか」
気づくと、店長が寂しげにみかどを見つめていた。傷ついた様な、悲しい笑顔を浮かべて。
眼鏡を外され、店長のTシャツで、涙を拭く。ビスケットの良い匂いが鼻を掠めて、みかどの気持ちが少し軽くなるのが分かる。
「お店の名前をお借りしたいです。アルジャーノン。どんどん天才になって行くの。その度に周りの世界が本当は冷たくて寂しい世界でも、この子は負けないように。私がいるから」
「素敵な名前です。きっと喜んでいますよ」
「そうだと嬉しいです」
ホームセンターへ着くと、園芸担当の若い女の従業員が鉢代え知識を持っていたお陰で、小さな鉢に移し代えて貰えた。
「さて帰りましょう。きっと今ごろ千景さんがカンカンですよ」
「それは急がなければ。あ、でも――」
みかどはいつの間にか二人の前を歩いていた定宗に追い付き、漸く魚型クッキーを差し出すことができた。
「大変遅くなりましたがどうぞよろしくお願いいたします」
無香料、保存料、着色料無しの、定宗への愛情たっぷりのクッキー。定宗は数回匂って確認してからパクリと食べてくれた。
そのホームセンターで紙鑢を買いながら二人と一匹を監視する人物がいることをまだ知らない。
「化け物猫だぁ」
「定宗さんっ」
男の子と店長が叫ぶのは同時だった。定宗というここ一帯のボスが猫だったなんて。みかどはびっくりして口をあんぐりと開けたが、みかど以外の三人は今まさに修羅場だった。
「化け猫だ。こいつ、化け猫だよ」
「威嚇して怖いわ。ママの後ろへ隠れなさい」
定宗とは無関係だった見ず知らずの親子は、殺気だった定宗を見て、お互いを抱きしめ守ろうとしている。
「定宗さん、僕は大丈夫だから落ち着いて下さい」
店長が優しく背中に話しかけると、定宗は親子に背中を向けた。そして全力で両手足で親子へ砂をかけると、店長を守るように足に纏わりついていく。店長の足と足の間を八の字に移動しつつ、親子に早く帰れと威嚇の低重音の声を上げた。
「定宗さん、許してあげて下さい。今はこのサボテンの延命が大事です」
毛を逆立てた定宗は尚も親子に立ち向かっていくが、それをみかどが抱き締めた。
「行きましょう。――行きましょう、定宗さん」
ポロポロと泣くみかどは、10キロ以上する定宗を愛しげに抱き締めた。定宗も引っ掻くことや噛みつくこともせず、格好だけ暴れてみているようだった。店長とみかど、そして定宗。 三人の長い影が、夕日を浴びて長く長く地面に伸びる。その中を、みかどはただただしゃくり声をあげて黙々と歩くのみだった。
口を開いたのは、店長だ。
「さっきの親子は、サボテンには悪でも、親子としては素敵でしたね」
その言葉は、みかども感じていたことだった。自分は親にあのように庇われた事はない。親をあのように庇ったこともないが、あの親子はお互いを守り慈しみあっている。親子としては理想的な関係だったろう。それが羨ましく自分の立場がちっぽけに見えて、みかどは寂しくて身体を震わせていた。
「みかどちゃん。僕ね」
店長はみかどの前に立ち塞がると定宗を優しく奪う。そして定宗を肩を押し付けて抱き締めると、小さな謎を吐き出す。
「僕には定宗さんしか本当の家族はいません」
定宗も店長には喉を鳴らしている。
「だからみかどちゃんは僕を『お兄さん』って呼んでくれたら嬉しいな。本当の妹みたいに僕の家族になってくれますか?」
本当の家族に。言いながら、店長の顔は真っ赤だった。
「あ、も、勿論、皇汰くんも弟です。大丈夫ですよ!」
何が大丈夫なのか分からないが、店長は自分の言った言葉にあたふたしていた。
じわりと胸に広がる熱。それはちょっとみかどにとって嬉しい胸の痛みだった。
「お兄さん……」
本当の家族が家族になれなくても、人は恋に落ちれば他人とでも家族になれる。
「ふふ。お兄さん」
「へへ。みかどちゃん」
今日出会ったばかりで二人の心には一滴の温かい気持ちが満たしてくれている。
(――でも、でもね、お父さん。)
優しい店長の横顔を見たら、みかどは益々涙が込み上げて来て、何度も何度も眼鏡を外して涙を拭く。
(私も、努力はしたんだよ。だから、要らないとか言わないで。存在まで、否定しないで)
あの親子の様に周りが見えなくなる様な愛情でも欲しいとさえ思うほど、愛が枯渇していた。
「みかどちゃんこの子の名前、何にしましょうか」
気づくと、店長が寂しげにみかどを見つめていた。傷ついた様な、悲しい笑顔を浮かべて。
眼鏡を外され、店長のTシャツで、涙を拭く。ビスケットの良い匂いが鼻を掠めて、みかどの気持ちが少し軽くなるのが分かる。
「お店の名前をお借りしたいです。アルジャーノン。どんどん天才になって行くの。その度に周りの世界が本当は冷たくて寂しい世界でも、この子は負けないように。私がいるから」
「素敵な名前です。きっと喜んでいますよ」
「そうだと嬉しいです」
ホームセンターへ着くと、園芸担当の若い女の従業員が鉢代え知識を持っていたお陰で、小さな鉢に移し代えて貰えた。
「さて帰りましょう。きっと今ごろ千景さんがカンカンですよ」
「それは急がなければ。あ、でも――」
みかどはいつの間にか二人の前を歩いていた定宗に追い付き、漸く魚型クッキーを差し出すことができた。
「大変遅くなりましたがどうぞよろしくお願いいたします」
無香料、保存料、着色料無しの、定宗への愛情たっぷりのクッキー。定宗は数回匂って確認してからパクリと食べてくれた。
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