とろけるようなデザートは、今宵も貴方の甘い言葉。

篠原愛紀

文字の大きさ
17 / 63
ニ、結婚×仕込み

ニ、結婚×仕込み⑫

しおりを挟む
「そう。良かった」
「えーっ トマトとズッキーニってあうんですね。これも美味しい。チーズステッキはワインが欲しくなる」
「ワインは赤? 白?」

 すでにグラスを用意している彼が、目を細めて私に尋ねてくる。
 完璧だ。完璧なお嫁さんだ。
「喬一さん……っ」
「なに?」
「お嫁さんになってください!」

 結婚したらこんな美味しい料理が毎日食べられるんだ。
 お肉を茹でて野菜と食べたり、レトルトのルーに油で揚げた茄子を付け足しただけのパスタとか、私の適当な料理とは比べ物にならない。

「あっ でも毎日こんなに食べてたら、太りそう。普段、きゅうりとかかじってるしなあ」
「うちの冷蔵庫は足で閉めるなよ」
「閉めませんっ」

 美味しい。気づいたらパスタはもう半分も平らげてしまった。
「じゃあ、結婚相手として面倒じゃないってことかな」
「もちろんですよ。逆に私の方が面倒じゃないですか」

この歳でゲーム画面の相手に夢中になるぐらいしか趣味のない女だ。

料理もこの通り、喬一さんの方が一流なんだから。

「私が良かったのは、料理ができないから、自分で作れるって思ったからですか?」

 私が食べているのを、蕩けんばかりの笑顔で見ていた喬一さんが急に真面目な顔になった。
「ちょっと待ってて」
 立ち上がって、ソファに置きっぱなしになっていたカバンから何かを取り出してくる。
 その顔はどこか気まずそうだ。私を打算で選んだと言ってくれていたのだから、料理のこと以外もきっとあるはずだ。

「君はこれを覚えている?」
 コトンと音を立ててテーブルに置かれたものは、紫の水玉模様のお弁当箱だ。
 さっき日色先生が言っていた、年季の入ったお弁当箱。
 確かに、喬一さんが自ら買ったようには見えない。
 女性もののファンシーな小物屋にありそうな、平凡なお弁当箱。

「このお弁当箱、君がくれたんだけど」
「え!」
「その反応は、まあ、そうだろうと思ったけど」
 苦笑しつつも、彼は席に座って自分の分のご飯を食べだした。
 パスタをフォークに巻いて口に運ぶ姿さえも見とれてしまいそうで、頭を振る。
「いつですか! 全く覚えてないんですが……っ」


「君のお兄さんが離れた大学に行くから一人暮らしをすることになって、俺も家庭教師を辞める日。君の家で最後に皆でご飯を食べた時だ」
「嘘……」

 確か、父に『一矢は一人暮らしを許すが、お前は家から通える範囲の学校にしなさい』と言われて、大学に悩んでいた時だ。
 それ自体に不満はなかったが、親に言われたとおりにするのも、自主性がないよね、と自分で色々調べて決めようとしていた。親に相談できないけど、先生に相談すれば親に報告されるし、と悩んでいたら喬一さんが気づいてくれた。
 喬一さんが近辺の大学のパンフレットやオープンキャンパスを調べてくれて、そして『本当に行きたいなら、一人暮らしも希望していいんだよ』と相談に乗ってくれて心強かった。

喬一さんが、私にまで優しくしてくれて感動して憧れていたのははっきり覚えている。
けど、水玉の紫のお弁当箱。

 確かお父さんと喬一さん、お母さんもワインを飲んで、兄が先に寝落ちしてソファに突っ伏して――。
「もしかして、おばあちゃんの筑前煮とか漬物を入れた?」
「あたり」
 彼は、長い指で慈しむようにお弁当箱を撫でた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

処理中です...