艶夜に、ほのめく。

篠原愛紀

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二夜。傲慢じゃないが優越感は生まれる。

二夜。傲慢じゃないが優越感は生まれる。五

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「刑事って、え、」
「あの人、私が綾香たちに絡まれてたのを助けてくれたんです」

 思いっきり指を差してしまったが、刑事さんはにへっと笑って私に手を振った。

「無事に帰れたみたいで良かった。と言うべきなのか?」

 へらへら余裕がある感じで笑っているけど、刑事がどうして私の家の前で?
 このセキュリティを突破して家の前まで来れたということは、下の管理人に警察手帳とか見せたってことなのかな。


「遊馬(あすま)は、美琴が俺の恋人だから見に来たの?」
「へえ。恋人なんだ」
「違うのか?」

 泉さんの探る様な言葉に、刑事さんは両手を上げた。

「偶然だよ。偶然、そっちの彼女が俺の胸に突き飛ばされてきたの」
「……漫画みたいな話だね」

 泉さんは妙に納得できていないというか、不満そうな沈黙を作りだした。

「泉さん、この人はお友達とかですか?」

 私が尋ねると、泉さんは首を振った。

「遊馬は俺の弟。三つ下の」
「えええ」
「四つ下だろーが」

 刑事が泉さんの弟だったなんて、この世の中は狭いと言うか出来過ぎというか。
 それに泉さんの四つしたならば、この刑事は私より年下?

「信じられない」
「あ、美琴が面白いぐらい混乱してる」

 泉さんは私の顔を覗きこむと、感慨深げにまじまじ見ている。
 が、今はそんな天然な行動辞めて欲しい。

「あの、助けて下さってありがとうございました」
「あの金なさそうなカス男に、泉との関係がばれたら金の無心されるんじゃねーのか?」

 心配してくれているのだろうが、泉さんに迷惑かけるようなことを言うのは止めて欲しい。

「何それ。ってか、待ち合わせの時に何かあったなんて知らなかったんだけど」
「まあ、詳しくは家で話そうか」

 開けてくれよ、と刑事さんはドアを足で叩いた。
 あああ。そうだ。
 そんなにうまいようにトントンと幸せになるわけないか。
 苦労した分、安定を勝ち取るにも苦労するわけね。

「なんか部屋の様子が変わってるじゃねーか」
「ガキじゃないんだからきょろきょろしないでくれる?」
「あの、何を飲まれますか?」

 新しい食器やテーブルの上の花やら見まわし、冷蔵庫の中を開けて、最後にソファの真ん中に座った。
 どっちが弟か分からないほどふてぶてしいと言うか堂々としているというのかな。

「飲み物なら自分でするから気にしなくていいよ」
「そーそー。おかまいなく」
「狭いから端っこへ行け」

 泉さんが刑事の足を軽く蹴ると、大人しく横へずれた。
 そしてそのまま冷蔵庫から取り出したビールを開けて一人だけ飲みだした。
 私は手持無沙汰から、今朝椅子の上に救助された猫のクッションを抱きしめながら床に座ろうとした。

「――それ」

 でも、弟の遊馬さんはその猫のクッションを見た瞬間、怖い顔をさらに怖く堅くさせた。

「何ですか?」
「そんなもん、家に置いとくなと」
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