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7個目 甘い恋のケーキは、いかが?
7個目 甘い恋のケーキは、いかが?
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7個目 甘い恋のケーキは、いかが?
母さんに試験までケーキ屋の手伝いが出来ないことを告げた。
面接と試験勉強を頑張りたいからだ。
両親は応援してくれて、妹たちのお迎えやお世話も気にしなくていいと言われた。
清人たちの塾が終わる十九時は、もう体が覚えているのかつい窓の外を見てしまうが、清人も我慢してくれているので俺も見ないように努力した。
ストレスの発散にもなるしリフレッシュもできるので甘いものは偶に大量に作った。
**
「加賀くん」
靴箱で靴ヒモを結んでいたら、後ろから檜山先生に覗き込まれた。
「授業態度も真面目、面接練習も完璧、そして試食用のお菓子も忘れない。――学生の本分を思い出して来たようで関心ですね」
試食用のお菓子も学生の本分かってツッコみたいのに、俺は微笑を唇に浮かばせる事しかできなかった。
「余裕ですね。明日の試験も心配なさそうで」
「うん。受かる前提の指定校推薦だしね。次から次へと問題が出てくる試験よりは楽だよ」
ギュッと靴ヒモを結び終わり立ち上がると、丁度廊下の向こうからさやが向かってきていた。
「でも問題をどんどん解決していけば、その問題のレベルは上がっていきますね」
「確かに。漫画でもボスキャラの上にまたボスキャラがいたりするもんね」
「でも加賀くんは頑張っていますよ。ボスキャラに応じてレベルが上がっています」
ポンと叩かれた肩は優しくて暖かかった。
そうなんだよ。
俺のレベルが上がるたびに、見えていなかった問題が立ちはだかっているだけ。試験を乗り越えれば乗り越えるほど、俺たちの関係も揺るがなくなるんだ。
「――なんの話?」
きょとんとした顔で現れたさやに、檜山先生は優しく笑う。
「甘いケーキの話だよ」
そうはぐらかすと、先生とさやは首を傾げた。
**
試験は土曜の午後からだった。専門学校の授業が終わったぐらいの時刻。
「びっくりした……」
指定校推薦で面接会場の専門学校の校門前に、清人を発見した。
約二週間ぶりに会う清人に抱き着きたくなったけれど、我慢した。
でも嬉しい。終わったら一番に会いたかったから嬉しい。
「お疲れ様。どうだった?」
「楽勝だよ!」
そもそも指定校推薦は、向こうから必ず入れますよっていう人数の提示だから、何も失敗しなきゃまず大丈夫だ。
試験会場はオープンキャンパスで見学した校舎の中。
通された教室には先生が二人。
簡単な自己紹介と得意なお菓子とか、家がケーキ屋だからその話とかで盛り上がっただけ。自己紹介文なんてほぼ読まれなかった。
「なんで清人がいるの?」
「薫に聞いた。薫がお前の幼馴染に試験の日程とか聞きに行ったんだと」
さやに?
わざわざ聞きに来てくれたんだ。
一歩どころか数歩前進した気がして安堵する。
さやは俺が一番信用している幼馴染だ。さやが彼女に伝えたということは,信頼できたんだと思う。
「ちょっと待って。先に学校に電話するね」
学校は毎週土曜日に全国模試かある。丁度HRが終わるぐらいの時間だし、試験がある場合は公休扱いで、試験に合格すれば土曜の全国模試は免除になる。
今日は俺と他に何人か試験があったので、担任が終わったら連絡をもらうために学校で待機しているはずだ。
会えてうれしいけど、でもなんか、ちょっと清人の様子がおかしい。
優しいのは優しいけど、いつもよりクールというかピリッとしてる。
学校に電話して、檜山先生と話し終えて緊張しながら清人に話しかけた。
「清人、その、何かあったの?」
「あった。憂斗に何日も会えなかった」
ポンポンと頭を撫でられると、清人の瞳が力強く揺れていた。
約二週間会わなかったのは初めてのことだもんな。
試験を終えた開放感がじわじわと浸透してきて俺も寂しかったんだと感情が噴出してくる。
「優しい性格の憂斗に、この先ずっと悩ませるのは嫌だなってずっと悩んでた」
「へ?」
「嘘吐いてまで俺の家に泊まらせたり恋人の有無をはぐらかしたりって憂斗は苦手だろうし、俺が全て責任をとる。それが嫌ならお前が成人するまで待つ」
「と、突然どうしたの?」
「送っていくから、親御さんに挨拶していいか?」
清人の瞳には嘘は無かった。
それは俺も覚悟を決めていた事だったし、ちゃんと俺が伝えなきゃって悩んでいた事だった。
「お、俺が先に説明するから」
そう言った後、足が震えて倒れそうになった俺を、力強く引き寄せてくれた。
大丈夫。怖くない。
***
「おかえり。憂斗どうだったのー?」
「帰るの速かったな」
いつもはのんびりな母さんもバタバタ走って出迎えてくれた。
父さんも奥から顔を覗かせる。
家ではなく店の方に顔を出した。
スポンジを焼いている匂いが店中に満たされている。まだしのとりののお迎えまで時間があった。爆弾を落とすなら今しかない。
大きく息を吸い込んで笑顔に務めた。
「清人に送ってもらったんだ」
震える声でそう言うが、母さんは気づかずに笑う。
緊張した表情の清人が店の中に入ってきたのに、呑気な両親は笑顔だ。
「あらー。すみません。最近、なついてるみたいで」
「あ、いや、なついてるんじゃないんだ。――こ……」
「こ……?」
両親が揃って首を傾げた。
母さんも父さんも、散々反対されて結婚した。
それがどんなに辛かったかは本人じゃないから言えない。
二人は俺が恋人を連れてきたら反対しないで祝福しようって考えなのはずっと分かってた。
それが俺の中で恋愛に対して憧れや理想が詰まってハードルが高くなってしまった部分はあるかもしれない。でも、その理想や憧れを吹き飛ばすほど好きな人が出来たんだ。
さやとやけにくっつけさせようとしてたし喜ぶ報告をしてあげたかったんだけど。
――怖い。
情けなく手が震えた。
そんな俺の震える手を握り、一歩踏み出してくれたのは清人だった。
「憂斗くんとお付き合いさせて頂いています。雨宮清人です」
あ……。
下を向いて震えるだけだった俺は、恐る恐る顔を上げた。
「お仕事中にすみません。ですが、憂斗くんと今後もお付き合いさせて下さい」
見上げた清人の顔、メチャクチャ格好いい。
思わず見とれてしまったし、凄く嬉しい。
同じ気持ちなんだなって。
怖いのに、真っ直ぐ親を見てる。
「俺も、清人が好きなんだ。この前、試験の前に泊まって誕生日をお祝いしたかった相手で、大切な人なんだ」
ガシャンカララララン
母さんはお盆を、父さんは砕いていた胡桃が入ったボールを落とした。
見開きすぎた目と、どんどん開いていく口が怖い……。沈黙が居心地悪い。
「えーと……?」
母さんが俺と清人を交互に見ながら首を傾げる。
本当に何度も何度も何度も。
「そんな大切な話をこんな簡単に言っていいの?」
「え?」
「憂斗は同姓愛者なのかしら?」
まじまじと見つめられて、ストレートに聞かれると困ってしまう。
さやや薫さんを筆頭に女性は可愛いし守ってあげたくなるし、大切にしてあげなきゃっていう使命感はある。でも恋愛感情ではない。
「分からない。けど清人しかこの先も好きにならないよ」
「……なるほどねー」
のんびりと頷くと、ぼーっと石化したままの父さんの服をつつく。
「博人さんはどう……?」
「――孫が」
「うん?」
「孫が見たかった……」
「あらあら」
ガクンと肩を落として項垂れた父さんを見て、母さんはクスクスと笑った。
「私たちも両親に孫を見せるために反対されても結婚したわけじゃないし。それに孫は無理でも素敵な息子は増えるかもよ」
「俺が今結婚して幸せなのは、確かに誰のためでもないな」
気のせいじゃなければ、母さんと父さんはイチャイチャし始めた。
でもそれは毎日そうなので、日常に戻ってしまっただけだ。
「あの、いいの? 俺」
イチャイチャしている親に尋ねると、二人は見つめあって笑い合った。
「反対したら止められるのー?」
「後悔して別れても、それがお前の人生だろ。決めたんなら、一生大切にしろ」
「えっと……もっとびっくりするかと」
本当に肩の力が抜けて、へなへなと座り込んでしまった。
「びっくりしてるわよー。心の中は複雑よ? でも一番苦しいのは貴方たちだって、私たちが一番理解できるから」
「俺らより厳しく周囲からは冷たい道だからな」
だから、誰が反対しても、俺たちだけは反対しないでいようと決めたんだ。
そう言われたら、もう涙が溢れて止まらなかった。
溢れて溢れて、鼻水も嗚咽も止められなかった。
***
「お前、泣き方は男らしいな」
「う、うるひゃ……っうぅ」
止まらない鼻水を、何度も何度も清人の服で拭く。
清人は嫌がらずに、背中に顔を埋める俺を受け止めてくれた。
――初、俺の部屋で。
机の上には半分食べてクリップで止めたクッキーや、開いたままのノートに消しゴムのカス、ベッドには妹たちが置いていった隈と ウサギのぬいぐるみと充電コード、さやが押し付けてきた全二十巻の少女漫画も壁際に積んである。
来るとわかっていればもう少し片付けていたんだけど、今は片付ける余裕もない。
「あ、あんな寛大に言ってくれたけど、きっと本当は色々思ってるんだっ。……くそっ」
「じゃあ、心配をかけさせずに幸せになるしかないな。責任持って、一生幸せにするからさ」
泣いている俺の目を、こすらないようにと代わりにキスを落としてくれた。
「幸せを感じてくれよ、憂斗」
清人が、背中に押し付けすぎたせいでメチャクチャになった前髪をかきあげてくれた。
「うん。き、清人」
名前を呼ぶ。涙を拭いて、おでこにキスをくれる。
「言っても言わなくても辛いか?」
清人にそう言われて、鼻水を拭きながら首を横にふる。
「清人は、薫さんにバレてどうだったの?」
「すっげぇ泣かれた」
「やっぱり……」
「でも別に、理解されなくてもしょうがねーだろ? 俺は別に多少の嘘をついても平気だから。憂斗を守れるなら」
真っ直ぐだ。清人は俺にキスしたときからずっと考えを変えず真っ直ぐ俺に愛情を向けてくれる。だからこそ、俺も嘘をつきたくなかったし嫌だった。
「清人……」
「お前は真っ直ぐだから嘘は辛いんだろ? 薫にも誠実にぶつかってたしな。だからお前の気持ちを軽くしてやりたかったんだ。親御さんも複雑なのに、優しくて良かったな」
優しいな。そして俺より大人だ。だからこそ、俺は清人に甘えられる。素直に言える。
「うん。もう離してやんねー。親公認なんだから、未成年だろーが知らねー。俺は清人の恋人だってもう隠さないぞ」
「あ、え? お??」
自慢して歩くつもりはないが、今後は聞かれたらきちんと恋人がいる、好きな人がいるって言える。
両親よりもイチャイチャしてやる。恥ずかしいから人がいない場所でだけど。
「今は若さ故の暴走でも、この先もしかして好きな女ができたり、男を好きになって後悔しても、お前は手離さないから」
「俺だって、清人が別れたいって言っても別れないし! 惨めったらしくすがり付くからな!」
見上げた清人に両手を伸ばした。
すると、清人は甘く笑って、その腕を自分の首もとに絡ませる。
首を引き寄せながら、清人の唇を指でなぞった。
自分の部屋で、1階の店には親がいるけど。
この幸せな気持ちを早く伝えたいんだ。
清人のミントの爽やかな香りが恋しい。
清人はまたおでこの髪をかきあげると、キスの雨を降らした。
額、目蓋、頬、――そして唇。
優しいキスも嫌いじゃないけど、今の俺の気持ちを伝えるには足りなかった。
もっともっと奥まで侵入するような、激しいキスが欲しい。
二人が解け合えるような激しい……。
「好きだよ、憂斗」
「俺、も」
抱き締められた体は、清人の重さで沈んでいく。
抱き締められた熱で、俺の体に火傷を作って欲しい。
キスだけじゃ、もう足りなくなってた。
キスだけじゃ、深く近く、清人を感じられない。
だから恋人は、抱き締め合うんだな。
そう思いながら、角度を変えて何度も何度もキスをした。
ベットが二人の重さで軋んだ瞬間、タイミングよくドアをノックされた。
「憂斗、泣き止んだらご飯に降りてきてー。雨宮さんも誘って」
***
俺の大好きな唐揚げと、俺の大好きなポテトサラダと、俺の大好きな清人が揃う食卓で、俺は大好きなはずの清人を睨み付けていた。
俺の事好きだと甘い言葉をささやいたくせに、この男。この男は、母さんがノックしたのにキスをやめようとしなかったんだ。
危うく見られる寸前で離したけれど、俺の家で変なスリルを味わせやがって。
「まぁまぁ。そんなに雨宮さんを見つめて」
「ち、違うよ! 俺は怒ってんだよ!」
「唐揚げ、美味しいですね」
「無視すんなっ」
俺のプリプリを無視して、しのとりのは清人にべったりだし、母さんも料理を褒められて上機嫌だ。
父さんは、明日の仕込みの準備中らしくまだ店だし。
「あら。じゃあ雨宮さんは甘い物が駄目なのね」
「今は結構、憂斗のお陰で平気です。昔は生クリームを見るのも嫌でした。本当に憂斗くんに出会えて感謝しています」
これはこの場の雰囲気を台無しにしない嘘だとすぐに分かった。清人は最近プリンのおいしさに気づいたレベルだからな。
「でもフルーツの果糖は平気なのねー。フルーツ系のケーキなら食べれるのかしら?」
母さんにそう言われて、目を見開いた。
そ れ だ。
甘い物苦手だけど、食べたいという雨宮さんへのケーキ決まったもんね。
「清人が帰ったら、早速作ろう!」
「ケーキ?」
「うん。楽しみにしてろよ!」
唐揚げを頬張りながらそう言うと、清人が目を細めて笑ってくれた。
凄く優しい笑顔。
俺、清人笑った顔も凄く好きだ。
てか全部好きだ。
「期待してる」
「やっぱハードルあげないで」
俺と清人のやりとりを見て、母さんはクスクスと笑ってくれた。
タルトタタン、ミルフィーユ、ティラミス、エクレア、クイ ニーアマン、アルカザール。ケーキにクッキーにタルト。
色んな形で色んな甘い味で、全部全部、大好きだ。
でも、清人と出会って、雨宮さんを好きになって、些細な事でもときめいたり更に好きになったり、清人との恋は、今まで食べたケーキのどれよりも甘い。
そして色んな経験をくれる。
甘いだけじゃないけど、苦さも含めて清人との恋は好き。
それをケーキで表せたら良いな。
甘い、恋のケーキを。
「うん、これだな」
一人、黙々とレシピとにらめっこ。
このケーキなら、きっと雨宮さんも無理なく食べれる。
早く早く月曜にならないかなぁ。
母さんに試験までケーキ屋の手伝いが出来ないことを告げた。
面接と試験勉強を頑張りたいからだ。
両親は応援してくれて、妹たちのお迎えやお世話も気にしなくていいと言われた。
清人たちの塾が終わる十九時は、もう体が覚えているのかつい窓の外を見てしまうが、清人も我慢してくれているので俺も見ないように努力した。
ストレスの発散にもなるしリフレッシュもできるので甘いものは偶に大量に作った。
**
「加賀くん」
靴箱で靴ヒモを結んでいたら、後ろから檜山先生に覗き込まれた。
「授業態度も真面目、面接練習も完璧、そして試食用のお菓子も忘れない。――学生の本分を思い出して来たようで関心ですね」
試食用のお菓子も学生の本分かってツッコみたいのに、俺は微笑を唇に浮かばせる事しかできなかった。
「余裕ですね。明日の試験も心配なさそうで」
「うん。受かる前提の指定校推薦だしね。次から次へと問題が出てくる試験よりは楽だよ」
ギュッと靴ヒモを結び終わり立ち上がると、丁度廊下の向こうからさやが向かってきていた。
「でも問題をどんどん解決していけば、その問題のレベルは上がっていきますね」
「確かに。漫画でもボスキャラの上にまたボスキャラがいたりするもんね」
「でも加賀くんは頑張っていますよ。ボスキャラに応じてレベルが上がっています」
ポンと叩かれた肩は優しくて暖かかった。
そうなんだよ。
俺のレベルが上がるたびに、見えていなかった問題が立ちはだかっているだけ。試験を乗り越えれば乗り越えるほど、俺たちの関係も揺るがなくなるんだ。
「――なんの話?」
きょとんとした顔で現れたさやに、檜山先生は優しく笑う。
「甘いケーキの話だよ」
そうはぐらかすと、先生とさやは首を傾げた。
**
試験は土曜の午後からだった。専門学校の授業が終わったぐらいの時刻。
「びっくりした……」
指定校推薦で面接会場の専門学校の校門前に、清人を発見した。
約二週間ぶりに会う清人に抱き着きたくなったけれど、我慢した。
でも嬉しい。終わったら一番に会いたかったから嬉しい。
「お疲れ様。どうだった?」
「楽勝だよ!」
そもそも指定校推薦は、向こうから必ず入れますよっていう人数の提示だから、何も失敗しなきゃまず大丈夫だ。
試験会場はオープンキャンパスで見学した校舎の中。
通された教室には先生が二人。
簡単な自己紹介と得意なお菓子とか、家がケーキ屋だからその話とかで盛り上がっただけ。自己紹介文なんてほぼ読まれなかった。
「なんで清人がいるの?」
「薫に聞いた。薫がお前の幼馴染に試験の日程とか聞きに行ったんだと」
さやに?
わざわざ聞きに来てくれたんだ。
一歩どころか数歩前進した気がして安堵する。
さやは俺が一番信用している幼馴染だ。さやが彼女に伝えたということは,信頼できたんだと思う。
「ちょっと待って。先に学校に電話するね」
学校は毎週土曜日に全国模試かある。丁度HRが終わるぐらいの時間だし、試験がある場合は公休扱いで、試験に合格すれば土曜の全国模試は免除になる。
今日は俺と他に何人か試験があったので、担任が終わったら連絡をもらうために学校で待機しているはずだ。
会えてうれしいけど、でもなんか、ちょっと清人の様子がおかしい。
優しいのは優しいけど、いつもよりクールというかピリッとしてる。
学校に電話して、檜山先生と話し終えて緊張しながら清人に話しかけた。
「清人、その、何かあったの?」
「あった。憂斗に何日も会えなかった」
ポンポンと頭を撫でられると、清人の瞳が力強く揺れていた。
約二週間会わなかったのは初めてのことだもんな。
試験を終えた開放感がじわじわと浸透してきて俺も寂しかったんだと感情が噴出してくる。
「優しい性格の憂斗に、この先ずっと悩ませるのは嫌だなってずっと悩んでた」
「へ?」
「嘘吐いてまで俺の家に泊まらせたり恋人の有無をはぐらかしたりって憂斗は苦手だろうし、俺が全て責任をとる。それが嫌ならお前が成人するまで待つ」
「と、突然どうしたの?」
「送っていくから、親御さんに挨拶していいか?」
清人の瞳には嘘は無かった。
それは俺も覚悟を決めていた事だったし、ちゃんと俺が伝えなきゃって悩んでいた事だった。
「お、俺が先に説明するから」
そう言った後、足が震えて倒れそうになった俺を、力強く引き寄せてくれた。
大丈夫。怖くない。
***
「おかえり。憂斗どうだったのー?」
「帰るの速かったな」
いつもはのんびりな母さんもバタバタ走って出迎えてくれた。
父さんも奥から顔を覗かせる。
家ではなく店の方に顔を出した。
スポンジを焼いている匂いが店中に満たされている。まだしのとりののお迎えまで時間があった。爆弾を落とすなら今しかない。
大きく息を吸い込んで笑顔に務めた。
「清人に送ってもらったんだ」
震える声でそう言うが、母さんは気づかずに笑う。
緊張した表情の清人が店の中に入ってきたのに、呑気な両親は笑顔だ。
「あらー。すみません。最近、なついてるみたいで」
「あ、いや、なついてるんじゃないんだ。――こ……」
「こ……?」
両親が揃って首を傾げた。
母さんも父さんも、散々反対されて結婚した。
それがどんなに辛かったかは本人じゃないから言えない。
二人は俺が恋人を連れてきたら反対しないで祝福しようって考えなのはずっと分かってた。
それが俺の中で恋愛に対して憧れや理想が詰まってハードルが高くなってしまった部分はあるかもしれない。でも、その理想や憧れを吹き飛ばすほど好きな人が出来たんだ。
さやとやけにくっつけさせようとしてたし喜ぶ報告をしてあげたかったんだけど。
――怖い。
情けなく手が震えた。
そんな俺の震える手を握り、一歩踏み出してくれたのは清人だった。
「憂斗くんとお付き合いさせて頂いています。雨宮清人です」
あ……。
下を向いて震えるだけだった俺は、恐る恐る顔を上げた。
「お仕事中にすみません。ですが、憂斗くんと今後もお付き合いさせて下さい」
見上げた清人の顔、メチャクチャ格好いい。
思わず見とれてしまったし、凄く嬉しい。
同じ気持ちなんだなって。
怖いのに、真っ直ぐ親を見てる。
「俺も、清人が好きなんだ。この前、試験の前に泊まって誕生日をお祝いしたかった相手で、大切な人なんだ」
ガシャンカララララン
母さんはお盆を、父さんは砕いていた胡桃が入ったボールを落とした。
見開きすぎた目と、どんどん開いていく口が怖い……。沈黙が居心地悪い。
「えーと……?」
母さんが俺と清人を交互に見ながら首を傾げる。
本当に何度も何度も何度も。
「そんな大切な話をこんな簡単に言っていいの?」
「え?」
「憂斗は同姓愛者なのかしら?」
まじまじと見つめられて、ストレートに聞かれると困ってしまう。
さやや薫さんを筆頭に女性は可愛いし守ってあげたくなるし、大切にしてあげなきゃっていう使命感はある。でも恋愛感情ではない。
「分からない。けど清人しかこの先も好きにならないよ」
「……なるほどねー」
のんびりと頷くと、ぼーっと石化したままの父さんの服をつつく。
「博人さんはどう……?」
「――孫が」
「うん?」
「孫が見たかった……」
「あらあら」
ガクンと肩を落として項垂れた父さんを見て、母さんはクスクスと笑った。
「私たちも両親に孫を見せるために反対されても結婚したわけじゃないし。それに孫は無理でも素敵な息子は増えるかもよ」
「俺が今結婚して幸せなのは、確かに誰のためでもないな」
気のせいじゃなければ、母さんと父さんはイチャイチャし始めた。
でもそれは毎日そうなので、日常に戻ってしまっただけだ。
「あの、いいの? 俺」
イチャイチャしている親に尋ねると、二人は見つめあって笑い合った。
「反対したら止められるのー?」
「後悔して別れても、それがお前の人生だろ。決めたんなら、一生大切にしろ」
「えっと……もっとびっくりするかと」
本当に肩の力が抜けて、へなへなと座り込んでしまった。
「びっくりしてるわよー。心の中は複雑よ? でも一番苦しいのは貴方たちだって、私たちが一番理解できるから」
「俺らより厳しく周囲からは冷たい道だからな」
だから、誰が反対しても、俺たちだけは反対しないでいようと決めたんだ。
そう言われたら、もう涙が溢れて止まらなかった。
溢れて溢れて、鼻水も嗚咽も止められなかった。
***
「お前、泣き方は男らしいな」
「う、うるひゃ……っうぅ」
止まらない鼻水を、何度も何度も清人の服で拭く。
清人は嫌がらずに、背中に顔を埋める俺を受け止めてくれた。
――初、俺の部屋で。
机の上には半分食べてクリップで止めたクッキーや、開いたままのノートに消しゴムのカス、ベッドには妹たちが置いていった隈と ウサギのぬいぐるみと充電コード、さやが押し付けてきた全二十巻の少女漫画も壁際に積んである。
来るとわかっていればもう少し片付けていたんだけど、今は片付ける余裕もない。
「あ、あんな寛大に言ってくれたけど、きっと本当は色々思ってるんだっ。……くそっ」
「じゃあ、心配をかけさせずに幸せになるしかないな。責任持って、一生幸せにするからさ」
泣いている俺の目を、こすらないようにと代わりにキスを落としてくれた。
「幸せを感じてくれよ、憂斗」
清人が、背中に押し付けすぎたせいでメチャクチャになった前髪をかきあげてくれた。
「うん。き、清人」
名前を呼ぶ。涙を拭いて、おでこにキスをくれる。
「言っても言わなくても辛いか?」
清人にそう言われて、鼻水を拭きながら首を横にふる。
「清人は、薫さんにバレてどうだったの?」
「すっげぇ泣かれた」
「やっぱり……」
「でも別に、理解されなくてもしょうがねーだろ? 俺は別に多少の嘘をついても平気だから。憂斗を守れるなら」
真っ直ぐだ。清人は俺にキスしたときからずっと考えを変えず真っ直ぐ俺に愛情を向けてくれる。だからこそ、俺も嘘をつきたくなかったし嫌だった。
「清人……」
「お前は真っ直ぐだから嘘は辛いんだろ? 薫にも誠実にぶつかってたしな。だからお前の気持ちを軽くしてやりたかったんだ。親御さんも複雑なのに、優しくて良かったな」
優しいな。そして俺より大人だ。だからこそ、俺は清人に甘えられる。素直に言える。
「うん。もう離してやんねー。親公認なんだから、未成年だろーが知らねー。俺は清人の恋人だってもう隠さないぞ」
「あ、え? お??」
自慢して歩くつもりはないが、今後は聞かれたらきちんと恋人がいる、好きな人がいるって言える。
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見上げた清人に両手を伸ばした。
すると、清人は甘く笑って、その腕を自分の首もとに絡ませる。
首を引き寄せながら、清人の唇を指でなぞった。
自分の部屋で、1階の店には親がいるけど。
この幸せな気持ちを早く伝えたいんだ。
清人のミントの爽やかな香りが恋しい。
清人はまたおでこの髪をかきあげると、キスの雨を降らした。
額、目蓋、頬、――そして唇。
優しいキスも嫌いじゃないけど、今の俺の気持ちを伝えるには足りなかった。
もっともっと奥まで侵入するような、激しいキスが欲しい。
二人が解け合えるような激しい……。
「好きだよ、憂斗」
「俺、も」
抱き締められた体は、清人の重さで沈んでいく。
抱き締められた熱で、俺の体に火傷を作って欲しい。
キスだけじゃ、もう足りなくなってた。
キスだけじゃ、深く近く、清人を感じられない。
だから恋人は、抱き締め合うんだな。
そう思いながら、角度を変えて何度も何度もキスをした。
ベットが二人の重さで軋んだ瞬間、タイミングよくドアをノックされた。
「憂斗、泣き止んだらご飯に降りてきてー。雨宮さんも誘って」
***
俺の大好きな唐揚げと、俺の大好きなポテトサラダと、俺の大好きな清人が揃う食卓で、俺は大好きなはずの清人を睨み付けていた。
俺の事好きだと甘い言葉をささやいたくせに、この男。この男は、母さんがノックしたのにキスをやめようとしなかったんだ。
危うく見られる寸前で離したけれど、俺の家で変なスリルを味わせやがって。
「まぁまぁ。そんなに雨宮さんを見つめて」
「ち、違うよ! 俺は怒ってんだよ!」
「唐揚げ、美味しいですね」
「無視すんなっ」
俺のプリプリを無視して、しのとりのは清人にべったりだし、母さんも料理を褒められて上機嫌だ。
父さんは、明日の仕込みの準備中らしくまだ店だし。
「あら。じゃあ雨宮さんは甘い物が駄目なのね」
「今は結構、憂斗のお陰で平気です。昔は生クリームを見るのも嫌でした。本当に憂斗くんに出会えて感謝しています」
これはこの場の雰囲気を台無しにしない嘘だとすぐに分かった。清人は最近プリンのおいしさに気づいたレベルだからな。
「でもフルーツの果糖は平気なのねー。フルーツ系のケーキなら食べれるのかしら?」
母さんにそう言われて、目を見開いた。
そ れ だ。
甘い物苦手だけど、食べたいという雨宮さんへのケーキ決まったもんね。
「清人が帰ったら、早速作ろう!」
「ケーキ?」
「うん。楽しみにしてろよ!」
唐揚げを頬張りながらそう言うと、清人が目を細めて笑ってくれた。
凄く優しい笑顔。
俺、清人笑った顔も凄く好きだ。
てか全部好きだ。
「期待してる」
「やっぱハードルあげないで」
俺と清人のやりとりを見て、母さんはクスクスと笑ってくれた。
タルトタタン、ミルフィーユ、ティラミス、エクレア、クイ ニーアマン、アルカザール。ケーキにクッキーにタルト。
色んな形で色んな甘い味で、全部全部、大好きだ。
でも、清人と出会って、雨宮さんを好きになって、些細な事でもときめいたり更に好きになったり、清人との恋は、今まで食べたケーキのどれよりも甘い。
そして色んな経験をくれる。
甘いだけじゃないけど、苦さも含めて清人との恋は好き。
それをケーキで表せたら良いな。
甘い、恋のケーキを。
「うん、これだな」
一人、黙々とレシピとにらめっこ。
このケーキなら、きっと雨宮さんも無理なく食べれる。
早く早く月曜にならないかなぁ。
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【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー
AI比較企画作品
【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。
はぴねこ
BL
高校生の頃、片想いの親友に告白した。
彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。
もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。
彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。
そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。
同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。
あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。
そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。
「俺もそろそろ恋愛したい」
親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。
不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。
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