それはまるで甘いケーキのような恋で。

篠原愛紀

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番外編:看病

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番外編:看病

「はい、お兄ちゃん、着替え」
‍「清人、冷えピタ」
「薬とお水も持ってくるね」
‍ バチバチバチ
 そんな音が聞こえてきそうなほど、俺と薫さんは互いを睨みつけた。
 今、俺と薫さんは、いや薫さんが一方的に俺に火花を燃やしていた。
‌‍ 事の発端は、清人の風邪が原因なんだけども。
 風邪をひいたと電話してきたときは声が擦れていたし、ご両親も海外出張中でいないし、妹も部活の遠征中で一人だと言っていた。
 移したくはないけど心配かけたくないからと電話をくれたわけだけど、病気の清人が一人で部屋で寝てるなんて想像しただけで切なくなった。誰もいないなんて心細いだろうって思ったんだ。そういえば数日前からくしゃみとかしてた気がするのに気づかなかったなんて、俺は恋人失格だ。
 親に説明して外泊許可をもらい、飲み物や食べ物を両手いっぱい購入して清人の家へ向かった。
‌ 熱がいつ出たのか分からないから検査結果に出なくて、多分風邪とは思うといういい加減な結果だし、念のために看病するとさやにメッセージしたのが間違いだった。
‌‍ さやと薫さんはいつぞやの件から仲良くなったらしい。さやからに伝達され、お兄ちゃんラブ☆な薫さんと偶然ばったり鉢合わせしてしまって今に至る。
‌‍
「じゃあ、私、お粥作るわね。‌‍お兄ちゃんは安静にね」
‍「え、あ、それなら俺が」
‍「――大丈夫よ?」
‍ にっこりと薫さんは笑って俺を拒絶すると、花柄の可愛いエプロンに着替えてさっさと準備し出した。二人の家だからどこに何があるか分かっていることもあり、手伝う隙も無くてきぱきと準備しだしている。
 薫さんは俺が告白を断ったり、兄の恋人になったりと色々と傷つけてしまって気まずい関係になったと思っていたけど、今日は気まずいというよりライバルって感じで接してくる。
 大好きな兄に近づくなって感じかな。空気が凍らないからこっちの方がいいけど、少しは関係を修復できればいいなとも思う。急いではいけないし、それはすべて薫さんが決めることだけどね。

‌‍ そういやさっき、牛乳とか色々冷蔵庫に入れてた気がする。
‌‍ まあ家族が戻ってきてるなら、俺はさっさと帰った方がいいんだろうけど、俺だって心配だからまだ帰りたくないんだよ。
「憂斗。‌‍あいつ、止めてくれ」
‍「へ?」
‍ ベットからふらふら清人が起きると、マスクを外しながらゲホゲホ酷い咳をする。
‌‍「甘いんだ。‌‍アイツのお粥は」
‍「ええ!」
‍ 清人の必死な瞳を見て、恐る恐るキッチンに向かうと、確かに甘くて良い香りが。
‌‍「もしかしてミルク粥……?」
‍ 俺は好きだけど、甘いものが苦手な清人は確かに嫌かもしれない。
恐る恐る見に行くと、おかゆの材料とは思えないものがキッチンに並んでいる。
「あら、お兄ちゃんの傍に居なくていいの?」
‍ ドバドバと入れる砂糖はどう見ても目分量。
‌‍「いや、清人が胃が弱ってるみたいだから甘い物は辞めた方がいいかなぁって」
‍「私はいつもこれを食べてるわよ?」
‍ そう言ってメープルシロップをドバドバかける。
‌‍ むむむ。美味しそう。俺は嫌いじゃない。
‌‍ でも好き嫌いが分かれる味なんだよ。
‌‍しかもバナナとか用意してるのを見るとバナナミルク粥?
元気な時だって清人が食べそうにないメニューだ。
‌‍「……それ、俺が食べてもいい?」
‍「え?」
‍「俺、普段作る側だから、女の子が作った甘いもの食べてみたいな」
‍ 咄嗟に清人を守るために出た言葉は本音がちらり。
‌‍ ミルク粥なら俺は好きだし。
‌‍ 薫さんは可愛らしく頬を染めた後、視線を圧力鍋の方に戻した。
「だ、ダメよ。‌‍貴方はお兄ちゃんのそばにいて」
‍「こんな時は家族の方が安心すると思うよ? 俺がさっぱりしたお粥作るからそれまで清人のとこに居てあげて?圧力鍋も見ててあげるから」
‍「むう…………」
‍「清人、待ってるよ」
‍ そう笑顔で見送ると、渋々と離れて行った。
‌‍ 本当は俺だって傍で看病したいんだ。
‌‍ 慌てて冷蔵庫から梅干しやら卵やら取り出して、俺も料理に取りかかった。
‌‍ お粥と雑炊。
‌‍ 雑炊ぐらいなら食べれるかな?もう一度冷蔵庫を開けて、野菜の確認をする。
‌‍ よし。
‌‍ 取りあえず作ろう。
‌‍ ……このミルク粥も、ね。
普段甘いものばかり作ってるけど料理はカレーとかシチューとか大味のルー頼りのものが多いから、失敗しないように何度も何度もレシピを確認して作った。



‌‍ できたお粥をお盆に乗せて、ゆっくり溢さないようにと寝室へ向かった。
‌‍「ふふ。‌‍もうっ 熱があるのにお兄ちゃんったら」
‍「――ありがとな」
‍ ふわりと優しく笑う清人さんに、何故か少し安堵した。熱が下がってそうだ。
それと少しだけやきもち。その笑顔、俺が一人占めしたいのに。
‌‍てか
「何でべんきょうしてんの?」
参考書と赤ペン持ってるんだけど。
‍「窓も開けたら寒いし、匂いも結局入って来てるし、熱がある時ぐらい寝てなきゃ駄目じゃん」
‍ ガチャンとテーブルにお粥を置くと、清人は苦笑いを浮かべながら参考書を閉じた。
「ちょっと寝てるだけが暇になったんだよ」
 だったら携帯で動画見たり音楽聴いたり色々と暇をつぶす方法があるだろうに、清人の暇つぶしは勉強なんだ。頭のいい人は違うな。
‌‍ でも熱がある今は違うだろ。薫さんが居なきゃもっと説教してやってたのに!
「はい。‌‍お粥。‌‍雑炊も作ってるよ。‌‍冷めたら冷凍しとく」
‍「あら、ミルク粥も美味しそう」
‍ 横には俺と薫さん用のミルク粥も用意した。
‌‍ あんなに目分量で砂糖を入れたから、甘さだけはどうする事も出来なかった。
‌‍ ジャリジャリと砂糖の味がする最早お菓子だ。
‌‍「はい、お兄ちゃん、あーん」
‍「自分で食べれる」
‍「ダメ。‌‍今日は私に甘えて」
‍「やめろって」
‍ 清人はそう言いながらも全然嫌そうな顔では無かった。
‌‍ それどころかちょっとデレデレしてる。
‌‍ ――俺が作ったのに、とか――俺だって『あーん』した事ないのに、とか嫌な事ばかり考えてしまって自分が女々しくて嫌になる。
‌‍ 妹の薫さんに焼きもちとか、どんだけ心が狭いんだよ俺。
‌‍ 
「悪い。‌‍薬飲むから水頼んでいいか、薫?」
‍ 結局、全部食べさせてもらった清人がそう言うと、にっこり笑って薫さんはキッチンに向かう。
「――俺もあーんしたかった」
‍ちょっとブスッと言ってしまった。
‌‍我ながら可愛くない。でもちょっとぐらい、俺の声も聞いてほしい。「ごめんな。‌‍でも薫の前で憂斗を優先して、お前に入らない火が飛ぶのは嫌なんだよ」

「おまたせー。‌‍白湯持ってきたよー」
‍そんな気まずい雰囲気に花を蒔いてくれる薫さんが、この瞬間だけは頼もしかった。
‌‍ 可愛いエプロンにふんわり香る甘い薫り。
‌‍ まあ無駄に意地を張らず薫さんが看病するなら俺、帰ろうかな。
‌‍
「薫さん、ミルク粥美味しかったよ。
‌‍ご馳走さま。‌‍お皿全部洗うから、此処に居てね」
‍ 席を立ってそのままキッチンに向かった。
‌‍ なんか頭がぐるぐるする。
‌‍ 自分の性格が悪いのが自覚してしまうぐらいに、嫌な気持ちになる。
‌‍ 二人に嫌な雰囲気を出して気まずくする前に本当に帰ろう。
‌‍ 冷たい水がなかなかお湯に変わらなくて、指先をじんじんさせながら、ひたすらに皿を洗った。
‌‍
「ありがとう、憂斗さん」
‍ 大体洗い終わった時に、後ろから薫さんにそう話しかけられた。
‌‍
「いーよ。‌‍此方こそミルク粥なんて普段食べないから、新鮮だった。ありがとう」
‍ そうにこやかに笑いながら、然り気無く荷物をまとめていたら、薫さんもエプロンを脱ぎ出した。
‌‍「じゃあ、私部活の遠征先に戻るね」
‍「え!? あ、俺が帰るよ!!」
‍慌てて止めるが、薫さんは清々しい顔で笑う。
「ううん。抜け出してきたけど大丈夫そうだしお兄ちゃんの傍にいてあげて?」
‍ え?
「え?」
‍ 心の声が、そのまま口から漏れてしまう。
‌‍ びっくりしたじゃないか。
‌‍ 今まで、ちょっと反対してたし、さっきだって対抗意識バチバチだったのに。
‌‍
「ごめんね。‌‍今まで意地悪だったよね」
‍ しょんぼりした顔でしおらしく謝られたら、戸惑ってしまう。
‌‍
「ううん。‌‍意地悪とは思わなかったよ。‌‍羨ましかったけど」
‍ それに大好きな兄の恋人が男とか複雑だろうし、すぐに気持ちは変えれないだろうって思ってた。
‌‍「うん。‌‍だから憂斗さんを嫌いになれないからムカつく」
‍ カバンにエプロンを直して、ファスナーを閉めると寂しげに笑う。
‌‍ そんな事言われて嬉しくないわけないけど。
‌‍ でも薫さんは清々しい顔で笑っている。
‌‍「だってお兄ちゃんに私より大切な彼女がこれからもずっとできないわけでしょ?女にとられるぐらいなら憂斗さんの方がマシかなと」
‍ 吹っ切れたのかそう言うと、家を出ていった。
‌‍お……、女の子って強い。

部屋に戻ると参考書を枕の下に隠し‌‍冷えピタを貼っているシュールな清人のそばに行く。
‌‍「それ、我慢してんの?」
‍「お前のお願いだからな」
‍ 夢の中に参考書の内容が出ることに賭けるらしい。‌‍だから油断している清人の唇を素早く奪ってみた。
‌‍「ん……?」
‍「我慢したご褒美だよ」
‍ まぁ俺もしたかったから、俺にもご褒美だ。
‌‍「安静にしてたらキスしてあげるよ」
‍「――お前、熱でもあるんじゃねぇの?」
‍「ふふん。‌‍いつでも清人の前では熱があるよ」
‍「風邪、移るぞ」
‍ そう冷静に言う清人にムッとしてしまう。
‌‍ 俺からキスしたんだから、もう少し喜べよー。
‌‍
「今、弱ってる清人を押し倒すぐらい簡単なんだからな」
‍ ベットに飛び乗ってじりじりと清人に近づく。
‌‍すると前髪をあげながら、清人は静かに言った。
‌‍
「馬鹿。お前に移すのは俺が嫌なんだよ」
‍「でも今日は俺がずっとそばにいるから移ったらごめんな」
‍ ‍そう言って、手を伸ばして首に巻き付いた。
‌‍ 甘い甘い、キスをしよう。
‌‍ 変な声が出るのをキスで抑えさせて。
‌‍ いつもより更に暖かい清人の身体を、汗と一緒に指を滑らせる。
‌‍  ‌‍清人の熱が俺の身体にも移って、同じ1つの心臓みたいに、ドクドクと波打つ。
‌‍それが気持ち良くて俺は、清人の隣でぐっすり眠ってしまったんだけどね。


***
‌‍
まあそんなわけでずっと離れなかった俺が移らないわけはなく。
「―――はい。‌‍分かりました。‌‍お任せ下さい」
‍ 会話を終えて、俺に苦笑しながら電話を返す清人。
‌‍ でも熱で頭がぼんやりする俺はただただ見つめるだけ。
‌‍ 結局、清人のインフルエンザが移った俺は、清人のベットに眠っている。
‌‍「しのちゃんとりのちゃんに移ると大変だから、しばらくお前を預かる事にしたから」
‍「なんで清人も結局インフルエンザなのに、そんなに元気なんだよ」
‍ 俺は死にかけてるのに、ずるいぞ。
‌‍ 清人はフッと笑うと、冷えピタを貼り変えてポカリも差し出してくれた。
‌‍「俺は全部、憂斗に移したからな」
‍ ‍そう布団をかけ直してくれながら、優しく笑う。
‌‍ ああ……。
‌‍ 俺、今ときめいて騙されそうになった。
‌‍‍そう力なく睨み付けると、甘く笑ってベットに腰かける。
‌‍
「まあ。同棲してるみたいでちょっと楽しい」
「俺も。熱がなかったらもっと楽しかった」
「こんなに家の中が賑やかなのも新鮮で、いいなって思ったよ」
確かに最低限のものはあるけど、生活感は少ない家なんだよな。
モデルルームみたいでちょっと落ち着かないけど、きっと清人も俺の家は妹たちのオモチャで散らかっているのを見れば落ち着かないかもしれない。
でも俺も清人も互いがいれば問題ない。
‍‍ 結婚なんて確かなものはできないけれど。
‌‍この先も俺は清人さんと離れられないと思う。
‌「お粥食える? 寝る?」
「お粥、あーんして欲しい」
‍「――了解」
‍ クっと笑う清人は、お粥をゆっくりフーフーしてくれてる。
‌‍その姿だけで飛び付きたいぐらい愛しいのは熱のせいだと信じたい……です。
‌‍「ほら、あーんして」
‍ 枕を背中に入れてくれて上半身を起こした。
‌‍大人しく口をあけて、もぐもぐしてたら清人が噴出した。
実は熱が下がっても2,3日、同棲ごっこを俺たちは楽しんだのだった。
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