この恋は、風邪みたいなものでして。

篠原愛紀

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症状一、自覚症状はなし。

症状一、自覚症状はなし。⑥

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「もう大丈夫?」
「菊池さん」

ロッカールームで着替え終わった菊池さんが私の顔を覗きこんだ。

「ごめんなさい。嘘、吐いてしまって」
「あはは、いいのいいの。言いにくいことよね。でも華寺さんのヤス君好きは従業員の間でも有名だったから正直に言えば良かったのに。一時期具合が悪い時も、朝番で早めに帰らせてもらってたじゃない」

肩をパンパン叩かれて、私は申し訳ないので引きつらせた笑顔を浮かべてしまう。

「幼馴染が、『猫なんかの為に仕事休みなんて首になる』ってすっごく怒って怖くて」
「え、あの強面の笹谷君!?」

菊池さんが信じられないといった顔で驚く。

「柾は、私には本当にキツイし怖いし怒鳴りまくりですよ」
「し、心配してるのかなーって思っててごめんね、あのさ」
「はい?」
「さっきお昼に偶然本屋で会ったときに、華寺さんが出勤中に貧血で倒れちゃったって言っちゃった」
「えええ!?」

嫌な予感をしつつ、ロッカーのカバンからスマホを取り出す。すると、『笹谷 柾』からメッセージが一件来ている。恐る恐る見ると、やっぱり案の定の内容だった。

『送るから、向かいのカフェで待ってろ』

怖い。絶対に怒ってて怒鳴られる。
そのまま早歩きで帰る柾の後を、必死で追いかけなきゃいけない。追いかけなきゃさらに怒るし。

「ごめんね、大丈夫?」
「はい、慣れてますんで大丈夫です」
「あのさ、笹谷くんも、華寺さんを心配して強い口調になると思うから、その、あまり落ちこまないでね?」
「分かってます」

 柾は、小さな頃から意地悪ばっかしてくるから正直、大の苦手。
発表会で髪の毛をくしゃくしゃにされて以来、私から遊びに誘う事もなかったんだけど、腐れ縁というか、家が隣だから顔を合わすのは避けれない。
仕方なく、穏便に接してきたんだけどなあ。いや、柾も短気じゃなければ良い人なんだよ。多分。

「菊池さん、お疲れさまでした。私、ちょっと店長に用事がありますんで、失礼します」
「うん。明日は頑張ろうね。18時からだから、スタッフは16時にはホールだよ」

了解ですと頷き、大きく頭を下げると、ホールで打ち合わせをしている店長の元へ向かう。
12階にあるホール『リリイ』。
ゆるやかなアーチを描く空間に煌くシャンデリア。

 ヨーロッパ調の作りで、暖かい色合いのホールは、既にビュッフェ形式のレイアウトでテーブルが並べられている。
その中で、ホテルの方と打ち合わせ中の店長を見つけた。打ち合わせが終わり此方を振り返った瞬間に、駆け寄る。

「店長」
「華寺さん、お疲れ様」

朝からずっと動きっぱなしなのに疲れを感じさせない完ぺきな笑顔だ。
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