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症状五、処方箋求む。
症状五、処方箋求む。⑦
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颯真さんの言葉の裏に隠された意味を、馬鹿な私はまだ理解できていない。
五つ星クラシックホテル『シャングリラ』は、私みたいな教養もない若者には到底入ってはいけない様な威圧感を感じる。
大人の隠れ家、大人の遊び場と銘打ったホテル『オーベルジュ』の方が利用客が若いせいもあって、正装されたご年配達は来ない。
なので、今、仕事中でもないのに何か失礼をしないかびくびくとしてしまう。
や、こっちのホテルは自分には直接的には関係ないのに職業柄なのかな。
それに正装じゃなくても少しは可愛い服装をするべきだった。
一応、仕事の後に颯真さんと会うからってお気に入りのワンピースを着ていたけど明らかに場違いだ。
ちらりと見上げた颯真さんは、不機嫌そうな顔だったけど、服装も雰囲気もこのホテルに居て違和感なんて感じさせない。
「怯えすぎ。小さい頃、此処に来たことあるでしょ?」
「ぴ、ピアノの発表会に一度だけです。もうほとんど」
「覚えてないよね」
切り捨てられるようにそう言われ、思わず顔を上げる。
すると、今まで見たことないような冷たい目で颯真さんが私を見下ろしている。
「5歳だったから覚えていないのは仕方ないよ。17年経っていれば尚更。でも俺は忘れていなかったと言うだけの話」
「え、えええー?」
ちょっとだけ不機嫌になった颯真さんの態度が分らない。
「なんで幼馴染と会ってたか、聞いた方が良い?」
「えっと」
エレベーターを待つ間、ピアノの発表会の話から逸れてその話しへ変わってしまった。
でも、病院に入って来てから、今までずっと颯真さんからピリピリした空気を感じていた。それがきっと、柾のことなんだと分るとちょっとだけ安心してしまった。
「柾の前では、もう婚約者のふりなんてしなくて良いんです」
足元を見る。足ぐらいは私もネイルすれば良かったのかな。
そんなどうでも良い考えがふっと浮かんでくるぐらい自分の気持ちに整理が付かないまま、言ってしまった。
「何故?」
「バレバレなんです。私、きっと嘘が下手くそなんですね。幸せそうな顔が出来ないの。――きっと幸せじゃないんだ」
「幸せじゃない、ね」
「颯真さんの隣に居られるだけで嬉しい筈なのに、風邪を引いたせいですかね」
「その風邪は、俺のせいなの?」
エレベーターが目の前で開いた。運よく中に、スーツ姿の中年男性が三人乗っていたので密室での二人きりは避けられた。
「私が勝手に風邪を引いただけで、颯真さんが原因ではないです」
「そう」
煮え切らない会話に、今すぐ逃げ出しそうになった。
柾たちは今頃、この夜景の何処かで楽しく飲み会をしているんだろうな。
私は、知らない男の人と何を話していいのか分らないから行っても場を盛り下げるだけだろうけど。
菊池さんが居るならば、きっと楽しいはず。今頃、菊池さんの笑顔で柾も幸せに笑っていればいいな。
そのまま長い沈黙の後、私たちは18階にあるラウンジに入った。
奥でビリヤードをしている人達の姿が見えたけど、私たちはカウンターに隣同士で座った。
私たち以外は、夜景を見る席に数名静かにお酒を飲んでいる方達だけだった。
オーベルジュのBARとは違って、しっとりしたクラシックが流れる中、大きく席同士が離れていてゆったり落ち着いて飲める雰囲気だ。
「こっちに来るのは珍しいですね」
五つ星クラシックホテル『シャングリラ』は、私みたいな教養もない若者には到底入ってはいけない様な威圧感を感じる。
大人の隠れ家、大人の遊び場と銘打ったホテル『オーベルジュ』の方が利用客が若いせいもあって、正装されたご年配達は来ない。
なので、今、仕事中でもないのに何か失礼をしないかびくびくとしてしまう。
や、こっちのホテルは自分には直接的には関係ないのに職業柄なのかな。
それに正装じゃなくても少しは可愛い服装をするべきだった。
一応、仕事の後に颯真さんと会うからってお気に入りのワンピースを着ていたけど明らかに場違いだ。
ちらりと見上げた颯真さんは、不機嫌そうな顔だったけど、服装も雰囲気もこのホテルに居て違和感なんて感じさせない。
「怯えすぎ。小さい頃、此処に来たことあるでしょ?」
「ぴ、ピアノの発表会に一度だけです。もうほとんど」
「覚えてないよね」
切り捨てられるようにそう言われ、思わず顔を上げる。
すると、今まで見たことないような冷たい目で颯真さんが私を見下ろしている。
「5歳だったから覚えていないのは仕方ないよ。17年経っていれば尚更。でも俺は忘れていなかったと言うだけの話」
「え、えええー?」
ちょっとだけ不機嫌になった颯真さんの態度が分らない。
「なんで幼馴染と会ってたか、聞いた方が良い?」
「えっと」
エレベーターを待つ間、ピアノの発表会の話から逸れてその話しへ変わってしまった。
でも、病院に入って来てから、今までずっと颯真さんからピリピリした空気を感じていた。それがきっと、柾のことなんだと分るとちょっとだけ安心してしまった。
「柾の前では、もう婚約者のふりなんてしなくて良いんです」
足元を見る。足ぐらいは私もネイルすれば良かったのかな。
そんなどうでも良い考えがふっと浮かんでくるぐらい自分の気持ちに整理が付かないまま、言ってしまった。
「何故?」
「バレバレなんです。私、きっと嘘が下手くそなんですね。幸せそうな顔が出来ないの。――きっと幸せじゃないんだ」
「幸せじゃない、ね」
「颯真さんの隣に居られるだけで嬉しい筈なのに、風邪を引いたせいですかね」
「その風邪は、俺のせいなの?」
エレベーターが目の前で開いた。運よく中に、スーツ姿の中年男性が三人乗っていたので密室での二人きりは避けられた。
「私が勝手に風邪を引いただけで、颯真さんが原因ではないです」
「そう」
煮え切らない会話に、今すぐ逃げ出しそうになった。
柾たちは今頃、この夜景の何処かで楽しく飲み会をしているんだろうな。
私は、知らない男の人と何を話していいのか分らないから行っても場を盛り下げるだけだろうけど。
菊池さんが居るならば、きっと楽しいはず。今頃、菊池さんの笑顔で柾も幸せに笑っていればいいな。
そのまま長い沈黙の後、私たちは18階にあるラウンジに入った。
奥でビリヤードをしている人達の姿が見えたけど、私たちはカウンターに隣同士で座った。
私たち以外は、夜景を見る席に数名静かにお酒を飲んでいる方達だけだった。
オーベルジュのBARとは違って、しっとりしたクラシックが流れる中、大きく席同士が離れていてゆったり落ち着いて飲める雰囲気だ。
「こっちに来るのは珍しいですね」
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