59 / 80
症状五、処方箋求む。
症状五、処方箋求む。⑪
しおりを挟む
「そうです。綺麗ですし、仕事も出来ますし、私と違ってテキパキしてて格好良いですし、はっきり言って憧れます!」
「そうですか。それはそれは私の娘を誉めて頂き嬉しい限りです」
「娘……さん?」
この優しそうな年配のバーテンダーさんが、店長のお父さん?
「娘は此処に就職したんですが、早々と『オーベルジュ』に引き抜かれてしまいましてね。そうですか。御手洗くんと婚約してたからかあ」
「遊ばないでください、命をかけてそんなことありません。ああ、俺まで風邪かもしれない。頭が痛くなってきた」
颯真さんは会計をお願いすると、私の顔を見て大きく溜息を吐く。
「あのね、全くそれは君の勘違いだから。君、名探偵でもないし恋愛の駆け引きさえ知らないんだから疑うのは止めなさい」
「だって、颯真さん、私の事からかってばっかりのくせに! 経験ありまくりの人に言われても、丸めこまれているみたいで信用できません!」
自分のお酒のお代を出すと、颯真さんは当たり前の様に受け取らずさっさと会計を済ませてしまった。それさえもスマートに感じてしまい、ズボンのポケットにねじ込む。
「そーゆうムキになる感じが、純粋だよね」
「また馬鹿にしてる!」
「してません。可愛いとは思うけど」
私たちの言い争いは、夜景を見ていた席のご年配の夫婦からクスクスと笑われてしまっていて、恥ずかしくて逃げ出すように出口へ向かう。
「お嬢さん、うちの娘にも早く婚約者を連れて来るように言っておいてください」
そんな事を人生でも先輩である店長に言えるわけもないけど、曖昧に笑っておいた。
「あーあ。しまった。お酒飲んでしまった」
エレベーターのボタンを押しながら、苦々しく言うと頭を抱えている。
「わかばを送れない」
私は別に送って貰わなくても、まだ最終電車は残っているし、ホテルから駅までは明るいし問題はない。
「……それにまで気が回らないぐらい、焦って浮かれて、落ちつきが無かったんだろうね、俺は」
「……」
でも、確かに今日の颯真さんはちょっとだけいつもと違っていた。
上着を忘れて会いに来てくれたし、柾の事で怒ってくれたし。
いつも優しい笑顔にときめくんだけど、でも今日は、ピリピリした空気の中で見せるセクシーな横顔とか、真摯な顔とか、全てドキドキした。
「わかば」
「はい」
「上がってくるエレベーターに、誰も乗っていなかったら、君の初めてを貰う」
「は、初めて!?」
「恋愛経験が無いみたいだから、経験しとこっか」
逃げられないように、手を掴まれた。お酒を飲んだ私も颯真さんも、ほんのりと暖かい。階数を示す光が、どんどん上がってくる。
18階の此処まで、一階も止まっていない。
上の階に行く方か、此処で降りる方がいてくれたら――。
そんな望みを持ちながらも、少しだけ期待もしてしまう。颯真さんになら初めてを奪われて良い。
「あのね、一つだけおさらいしとくよ」
先生みたいな口調で颯真さんは階数のボタンを見ながら言う。
「店長は婚約者じゃない。ヤス君が猫でも人間でも関係ない。君は俺が好き。――此処までは分るよね?」
「はい」
私も観念したように頷く。
「そうですか。それはそれは私の娘を誉めて頂き嬉しい限りです」
「娘……さん?」
この優しそうな年配のバーテンダーさんが、店長のお父さん?
「娘は此処に就職したんですが、早々と『オーベルジュ』に引き抜かれてしまいましてね。そうですか。御手洗くんと婚約してたからかあ」
「遊ばないでください、命をかけてそんなことありません。ああ、俺まで風邪かもしれない。頭が痛くなってきた」
颯真さんは会計をお願いすると、私の顔を見て大きく溜息を吐く。
「あのね、全くそれは君の勘違いだから。君、名探偵でもないし恋愛の駆け引きさえ知らないんだから疑うのは止めなさい」
「だって、颯真さん、私の事からかってばっかりのくせに! 経験ありまくりの人に言われても、丸めこまれているみたいで信用できません!」
自分のお酒のお代を出すと、颯真さんは当たり前の様に受け取らずさっさと会計を済ませてしまった。それさえもスマートに感じてしまい、ズボンのポケットにねじ込む。
「そーゆうムキになる感じが、純粋だよね」
「また馬鹿にしてる!」
「してません。可愛いとは思うけど」
私たちの言い争いは、夜景を見ていた席のご年配の夫婦からクスクスと笑われてしまっていて、恥ずかしくて逃げ出すように出口へ向かう。
「お嬢さん、うちの娘にも早く婚約者を連れて来るように言っておいてください」
そんな事を人生でも先輩である店長に言えるわけもないけど、曖昧に笑っておいた。
「あーあ。しまった。お酒飲んでしまった」
エレベーターのボタンを押しながら、苦々しく言うと頭を抱えている。
「わかばを送れない」
私は別に送って貰わなくても、まだ最終電車は残っているし、ホテルから駅までは明るいし問題はない。
「……それにまで気が回らないぐらい、焦って浮かれて、落ちつきが無かったんだろうね、俺は」
「……」
でも、確かに今日の颯真さんはちょっとだけいつもと違っていた。
上着を忘れて会いに来てくれたし、柾の事で怒ってくれたし。
いつも優しい笑顔にときめくんだけど、でも今日は、ピリピリした空気の中で見せるセクシーな横顔とか、真摯な顔とか、全てドキドキした。
「わかば」
「はい」
「上がってくるエレベーターに、誰も乗っていなかったら、君の初めてを貰う」
「は、初めて!?」
「恋愛経験が無いみたいだから、経験しとこっか」
逃げられないように、手を掴まれた。お酒を飲んだ私も颯真さんも、ほんのりと暖かい。階数を示す光が、どんどん上がってくる。
18階の此処まで、一階も止まっていない。
上の階に行く方か、此処で降りる方がいてくれたら――。
そんな望みを持ちながらも、少しだけ期待もしてしまう。颯真さんになら初めてを奪われて良い。
「あのね、一つだけおさらいしとくよ」
先生みたいな口調で颯真さんは階数のボタンを見ながら言う。
「店長は婚約者じゃない。ヤス君が猫でも人間でも関係ない。君は俺が好き。――此処までは分るよね?」
「はい」
私も観念したように頷く。
0
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
オフィスにラブは落ちてねぇ!! 2
櫻井音衣
恋愛
会社は賃金を得るために
労働する場所であって、
異性との出会いや恋愛を求めて
来る場所ではない。
そこにあるのは
仕事としがらみと
お節介な優しい人たちとの
ちょっと面倒な人間関係だけだ。
『オフィスにはラブなんて落ちていない』
それが持論。
ある保険会社の支部内勤事務員で
社内では評判の
“明るく優しく仕事の速い内勤さん”
菅谷 愛美 、もうすぐ27歳、独身。
過去のつらい恋愛経験で心が荒み、
顔で笑っていつも心で毒を吐く。
好みのタイプは
真面目で優しくて性格の穏やかな
草食系眼鏡男子。
とにかく俺様男は大嫌い!!
……だったはず。
社内でも評判の長身イケメンエリートで
仏頂面で無茶な仕事を押し付ける
無愛想な俺様支部長
緒川 政弘、33歳、独身。
実は偽装俺様の彼は仕事を離れると
従順な人懐こい大型犬のように可愛く、
とびきり甘くて優しい愛美の恋人。
愛美と“政弘さん”が付き合い始めて4か月。
仕事で忙しい“政弘さん”に
無理をさせたくない愛美と
愛美にもっとわがままを言って
甘えて欲しい“政弘さん”は
お互いを気遣い遠慮して
言いたい事がなかなか言えない。
そんなある日、
二人の関係を揺るがす人物が現れて……。
こじらせ女子の恋愛事情
あさの紅茶
恋愛
過去の恋愛の失敗を未だに引きずるこじらせアラサー女子の私、仁科真知(26)
そんな私のことをずっと好きだったと言う同期の宗田優くん(26)
いやいや、宗田くんには私なんかより、若くて可愛い可憐ちゃん(女子力高め)の方がお似合いだよ。
なんて自らまたこじらせる残念な私。
「俺はずっと好きだけど?」
「仁科の返事を待ってるんだよね」
宗田くんのまっすぐな瞳に耐えきれなくて逃げ出してしまった。
これ以上こじらせたくないから、神様どうか私に勇気をください。
*******************
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる