この恋は、風邪みたいなものでして。

篠原愛紀

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症状六、副作用反応在り。

症状六、副作用反応在り。③

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「すみません。
『オーベルジュ』の『ブロン・ロネリ』の店長と御手洗さんは何処にいるか分りますでしょうか。私、『ブロン・ロネリ』のホールスタッフでして」
カバンからスタッフの身分証を出すと、女性のスタッフさんは深々とお辞儀をして下さった。「7階のホールで話しあわれております。
颯真さまより華寺様が来られると連絡を受けて要ります」
「わあ、ありがとうございますっ」
七階のボタンを押し、締まるまでずっと深々とお辞儀したままのスタッフさんに、私も締まるまで頭を下げ続けた。
五つ星ホテルと言われるだけある。徹底的に管理され、教育され、ホテルの内装もスタッフも、緊張するぐらい素敵だ。
私もオーベルジュの雰囲気にあったスタッフになれる様に頑張ろう。
意気込んで、『イル・ジャルディーノ』と書かれたホールをノックする。
が、返事は無かった。
もう一度ノックするが、返事は無い。恐る恐る中へ入ると、結婚式のようなパーティーテーブルが並んでいるけれど、誰も居なかった。
ただ、――新郎新婦が座る筈の場所に、グランドピアノが置いてある。
それはうちの店にあるはずのグランドピアノだ。
17年前は真っ白だったけれど、今は日に焼けてしまいクリーム色になっている。奏でられ続けた分だけ、ピアノの鍵盤に色が染み込んでいるんだ。
でも、なんで、昨日は確かにうちのレストランにあったはずのこのピアノが此処に運ばれてきているんだろう。
(あっ)
私が、思い出さないから――?
この場所で、17年前にピアノの発表会をした。
この、場所だ。身長も伸びてしまい、視界に映るモノが余りにも違いすぎて気づかなかった。 座りこんでみたら、気づかされる。
この視線では、テーブルより下で、隠れてしまう。
結んでいた髪を柾にめちゃくちゃにされて、私は入口の方へ走った。
あの頃を思い出し、再現するように走る。
でも、確か、入口を塞がれて、私は――テーブルの下だ。
大きなこのホールの中を走り、ここのテーブルに隠れたんだ。
再現通りで言えば、出口のすぐそばのテーブルだ。
そこだと思う所へ入りこめば、屈めばそれほど身体を縮ませなくても入れた。
白いカーテンの様に床まで伸びたテーブルクロスで自分を隠して、滅茶苦茶になった髪を見られたくなくて泣いたあの日。
そうだ。ここだったんだ。
テーブルの下で、上を見上げながらそう思う。
すると、ドアが開かれた。
誰か入ってくる――?
カツカツとヒールの音を立てて入ってきたのは、女性だった。
出ないと、おかしい人だと思われる!
急いでテーブルから出ようとしたら、今度は革靴の音までしてきた。
「あの子に本当のことをちゃんと伝えたの?」
荒げた声は、毎日のように聞いているから間違いない。店長だ。
「伝えたって、何を?」
「何をって、いい加減にしなさいよ!」
「伝えたも何も、彼女は何も知らないから。説明が大変でさ」
店長の荒げた声とは対照的に、落ち着いてどこ吹く風にように涼しげな声は颯真さんだった。あの子って、私のことだろうか。
出て行きにくい話題とシーンに、テーブルの下で硬直する。
硬直するしかなかった。
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