神様のうそ、食べた。

篠原愛紀

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二  元上司

二  元上司 二

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沈黙が続く夕食を終え、バイクのメンテを始めた侑哉の背中を見つめながら、

今日の私のクラスの活動のまとめと反省点をレポートに書く。



1、2歳の『ちゅーりっぷ組』の一日の活動と、気になった幼児の動きや発言、

援助が必要な子への今後の援助の気をつけ方と明日の簡単な保育の流れの報告。

これを園長に提出すれば、朝のウチに目を通されて先生たちが気になった部分や悩んでいる部分の援助や保育を見に来てくれて手伝ってくれたりする。


私は短大を卒業してすぐに企業に就職し
たから新卒の明美先生と同じ一年目。


私と明美先生はまだまだ課題も悩みも分からないことも沢山あるので、

園長先生には助けてもらってばかりだったりする。


ヴ―ヴー

「!!」

油断していたらまたスマホが震えだして、体が飛びあがってしまったけど、今度は職場の先生からだった。

『お疲れ様です。蓮川先生。今、大丈夫?』

『お疲れ様です。大丈夫です』

同じチューリップクラスの宮本先生からだった。

ふくよかで、元気があって、肝っ玉母さんみたいなパワフルな先生。

『実は、朝のバスの乗車の先生を私と交代して欲しいのよね』
「私がですか!?」

まだバスの乗車の研修は三、四回しか受けていないから心配なのに。


『まだ園長先生にしかお話していなかったんだけど、実は妊娠3カ月目で。ちょっとバスの空気で気持ち悪くなっちゃうのよね。朝の受け入れと代わって欲しいの。もちろん園長先生にも相談してみたけど、明日いきなり言われるより今言っておこうと思って』


妊娠……。
その言葉にお腹を押さえてしまう自分に苦笑してしまう。

「そんな事でしたら私でよければ引き受けますよ! 宮本先生の御身体が大事ですもの! バスは初めてだから緊張しますが……」

「大丈夫よ。朝は保護者もバタバタだからそんなに気にして見ていないわ。
ごめんなさいね。三人目だから余裕ぶってたらいきなり悪阻が酷くなってしまって」
そう苦笑する先生に、全然嫌な気持ちにならなくて良かった。

そこまで私の心は歪んでいなかったらしい。


三人。

三回も命が宿ったんだと思うと自分のことじゃないのに幸せな気持ちになる。


――保育士として働き始めたおかげかもしれない。

っプップっプ
今度は、話中に電話が来たようだ。

「すいません。キャッチが」

『了解。じゃぁ明日からよろしくね。おやすみ』

はう。明日からバスの先生か。こればかりは誰も手伝ってくれる先生はいないからちょっと緊張するなぁ。

そう思いつつ電話を出ると、

『着いた。早く来い』



今度こそ、橘部長からだったのでした。


***

夜の別府駅はほとんど人は居らず、直ぐに部長を見つけられた。
終電一個前の電車で降りたらしい橘部長は、VUITTONのスーツケースをゴロゴロさせながら私の方へ向かってきた。

嗚呼。なんで二時間もかからずに着いてるの?
さっきの電話は、もう乗ってからかけてきたの?
何しに来たんだろう……。

そう不安げに見ていたのを見透かされたのか、近くに来たら鼻で笑われた。

「変ってないな。蓮川は」

「お、お久しぶりです。部長」

そう言うと、整った顔でにやりと笑った。

後ろにワックスで流したちょっと長めの髪。男のくせに小さい顔。

スッと引き締まった、冷たそうな顔が、今日はなんだかご機嫌だった。
そしていつも身だしなみにはうるさいくせに、アルマーニのスーツを着崩し、ネクタイを緩めている。
……無精髭もある。意外すぎる。

「ああ、営業じゃなくて企画室長やってたからさ。忙しいと身だしなみとか、どうでもよくなるんだよな。ってか、飯行くから付き合え」

「えぇ!?」

「腹へってんだよ。あと、お前にもイライラしてるし。近くにまだ空いてるファミレスあるから来い」

半ばそう強引にタクシー乗り場まで連れて行かれそうになったけど、急に部長が立ち止まる。


――おかげで部長の背中に鼻を強打してしまった。

「な、何ですか?」

「あのバイクの男、蓮川の新しい男か?」

「へ? あああ!」


ものすっごく悪い形相曰く、睨んで歯をぎりぎり噛み締めているのは、送ってくれた侑哉だった。
帰っていいって言ったのに。

「――お、弟です」
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