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五 届け
五 届け 七
しおりを挟む「うわ……」
ナイスタイミングで『光の森社』の車が駐車場に止まったので、全力疾走で教会の門を潜った。
保育所の庭園隅の門から教会へ続く森がある。
小さな森は静かで、時折車のエンジン音が、木漏れ日と供に風にそよいでくる。
現実と切り離された空間を通り抜け、ステンドグラスがキラキラ輝く小さな教会の門を開けた。
そこにはマリア像の前で花の水変えをしている園長先生がいて、私に微笑むと手招きする。
「失礼します」
白い百合の花の甘い匂いを強く感じながら、園長先生 に近づくと、園長先生は上品に微笑――いや、にたりと笑った。
「貴女、光の森の有沢さんとお付き合いされてるの?」
え。
えええ!?
「なんで!? 何でですか!? 違います違います!!」
「あら。そーお? 昨日産婦人科の前で喧嘩してたのを保護者に目撃されてたわよ?」
「そんなっ ええー。あああ、誤解です誤解です。どうしよう。嘘嘘っ」
全身の血の気が引いて、頭が真っ白になる。
保護者の噂なんて広まるのは本当に一瞬だし、
しかも産婦人科の前なんて、もっと邪推されても仕方ない。
うわ。私、馬鹿やっちゃった……?
私があわあわびくびくしていたら、園長先生は我慢できなかったのかとうとう吹き出してお腹を抱えて笑い出した。
「あはははは。ごめんなさいね。あはははは。駄目だわ。笑いが。あはっ」
花瓶をひっくり返しそうになりながら、いつも上品に微笑む園長先生が笑い転げている。
私もただただ呆然としながら花瓶を押さえた。
「ぷぷ。そうだと思ってちゃーんとフォローしときましたよ。邪推するような保護者の方じゃないので安心して下さいね」
「は、はい……」
良かった、とへなへな倒れ込むと、涙まで浮かべていた園長先生は口元は笑いながらも優しい口調で話しかけてくる。
「でも貴女、この一週間で変わったわ。厭世的な影が無くなって人間らしい、おっちょこちょいな失敗も見えてきた。
――何か良いことありましたよね」
「え……」
かぁぁぁと、引いていた血の気が顔に集中し始める。
嘘っ
園長先生はオルガンの椅子に座ると、両手で口元を隠して少女のように笑う。
「明美先生と貴女は正反対で面白いなーって思っていたの。明美先生は『いいなー』とか『スゴいー』とか『私できないですぅ』とか甘えるのが上手でしょ?
でも貴女は黙々と努力してるの。誰にも甘えないで影でね。ちょっぴり甘えるのが下手なの」
そう言われると何も言えない。だって自分の気持ちを伝えるのをずっと逃げてきたから。
「大丈夫よ。貴女が努力してるって見てる人にはちゃんと見えてる。――もしかしたら貴女が努力してる事に気づいてくれた人ができたのかなって思ったら嬉しくなっちゃって、呼び出しちゃったわ」
うふふ、と笑う可憐な園長先生に心が癒される。
ずっとずっと、園長先生にはお見通しだったんだ。
「私……自分の気持ちを言うの逃げてばっかりで、それを悪化させちゃうような出来事もあって……」
でも。
「うじうじしてるこんな私でも、頑張って良いところを探してくれる人も居てくれて……、守ってくれる家族も居て。
神様なんて意地悪だとかいつも悪態ついてたけど、ちょっとだけ視界が広がった気がします」
心臓がばくばくする。
ただ自分の気持ちを伝えるだけなのに、こんなにもばくばくして怖い。
こんなばくばくする気持ちを、侑哉も部長も伝えようとしてくれていたんだ。
私だけ怖がってばかりで。
「ええ。貴女はもっと成長すると思います。宮本先生が産休に入っても貴女なら頑張って担任もできますね」
いや、担任なんて無理だ、と言葉を飲み込もうとして、愛想笑いを止めた。
「園長先生が指導してくれるなら努力します」
そうだ。
いつも心に溜め込んで言わなかった言葉は、むしゃむしゃ食べて飲み込めばいい。
飲み込んで、違う言葉になればいい。
神様なんて、と悪態をつかないような言葉に。
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・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
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