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臆病な婚約破棄令嬢は公爵に溺愛される
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私は侯爵令嬢だった。
「この穀潰しッ!」
バシャリ、とバケツの水が床に飛び散る。
反射神経レベルで私はそこに這い寄り、手に持っている雑巾で濡れた部分を拭き始めた。
今はこうして令嬢とは程遠い生活を送っている。
「一生そうやって這いつくばっていなさい。アンタにはそれがお似合いよ!」
高らかに笑いながら去っていくお義母様。
今までは私が貿易で有名な侯爵家の嫡男と婚約していたからまだマシな扱いを受けていたのだけれど、他に愛人が出来たとかで婚約破棄されてからは使用人かそれ未満の扱いを受けることとなってしまった。災難すぎる話である。
煌びやかな格好をしている妹をちらりと、バレない様に見る。
本当なら私もああいう生活を送れていたのだろうか。
綺麗に着飾って舞踏会などに参加して幸せな生活を送るという生活を。
ダメだダメだ、考えれば考える程惨めになってくる。
「ほらっ、次は庭で雑草抜いてきな! さっさと片付けくらいしたらどうなの!?」
「……申し訳ございません」
即座に謝って、雑巾とバケツを使用人専用の井戸があるところへ持って行く。基本的にそこしか使用してはいけないことになっている。誰が決めた訳じゃないけど、必然的に。
片付けが終わって、また『ノロマ』だとか言われないようにできるだけ速く軍手と籠を持って庭へ行く。
そしてしばらく雑草を抜いていると、後ろからトントンと肩を叩かれた。
一瞬だけ『お義母様が怒っているのか』と身構えたもの、そうならば肩を叩かずとも言いたいことをズバズバと言うだろうし、なによりこの感覚は――。
「アール様?」
虐げられる前――お母様が居たときから仲良くしてくださっている幼馴染と呼んでも差支えがないほどの間柄であるアール様が私を見て整った顔をほころほころばせている。
「久ぶり。ごめんね、あんまり顔を出せなくて」
「いえいえ!」
ハッと今私は業務中だということを思い出す。
持ちつ持たれつの関係である公爵家の人間だから、アール様がいる前では怒られはしないだろうけど、ご帰宅されてから怒られることは目に見えている。
なので今の状況をお義母様に知られるわけにはいかない、とキョロキョロ辺りを見渡したのだが。
「大丈夫だよ。今応接室にいるんじゃないかな? 掃除してくれてありがとうね。まあ、もうすぐでそれも終わるだろうけど――」
「終わる? どうしてですか?」
「まあ、じきに分かると思うよ。短くてごめんね。そろそろ行かなきゃ」
「行ってらっしゃいませ」
私は笑顔で彼を見送る。不可解な言動もあったが、アール様と会話できたことにより、私のモチベーションは上昇し始める。
アール様に褒めてもらえるような庭にしよう……!
その一心で雑草駆除作業を再開するのだった。
――――――――――――――――――――――――――
「はい?」
転機は突然に訪れる、というのはまさにこのことだった。
なんと、お義母様から伝えられた言葉は『アール様と婚約しろ』という内容だった。
私自身、望んでいても諦めていた夢物語のようなことだったので、しろと言われれば請うてでもするのだが……。いったいどういう風の吹き回しなのだろう。
アール様は本心を悟らせない様にするためなのか、ずっとニコニコと微笑んでいる。まあこれはいつものことなのだが。
「アンタをアール様の元にやったら我が家は公爵家と深い縁を結ぶことが出来るし、厄介者は消えるしでいいことずくめなのよ!」
こんなときでも嫌味たっぷりに私に言葉のナイフを投げかけてくるお義母様。
今まで、私はこれに一人で耐えるほかなかった。だけど今は違う。
ちらりとアール様の方を見てみると、口元は絶えず微笑みを浮かべていたのに対し、目はこの世の闇を映したように禍々しく、恐ろしかった。
「お言葉ですが」
絶対零度の言葉がお義母様に投げかけられる。
お義母様は固まりながら、アール様の次の言葉を待っていた。
「あなたがいびりにいびりまくった結果、以前の質の高い使用人は消え、あなたの友達の家とやらの質の低い使用人が流れたせいで、掃除が出来ていない箇所が見受けられるのですが?」
「うっ」
お義母様は痛いところを突かれたようで、冷や汗を流している。
「それに」
そのままアール様は言葉を続ける。
「俺の愛しい人を散々虐げてくれましたね?」
私でさえもアール様の眼光にやられそうになった。お義母様などはもう倒れそうな勢いである。
「てことで、ここの家とは縁を切るので」
有り得ないものでも口にしたかのように、一歩も動かないお義母様を横目に見ながら私達は歩き出す。
人間としての、幸せに向かって。
「この穀潰しッ!」
バシャリ、とバケツの水が床に飛び散る。
反射神経レベルで私はそこに這い寄り、手に持っている雑巾で濡れた部分を拭き始めた。
今はこうして令嬢とは程遠い生活を送っている。
「一生そうやって這いつくばっていなさい。アンタにはそれがお似合いよ!」
高らかに笑いながら去っていくお義母様。
今までは私が貿易で有名な侯爵家の嫡男と婚約していたからまだマシな扱いを受けていたのだけれど、他に愛人が出来たとかで婚約破棄されてからは使用人かそれ未満の扱いを受けることとなってしまった。災難すぎる話である。
煌びやかな格好をしている妹をちらりと、バレない様に見る。
本当なら私もああいう生活を送れていたのだろうか。
綺麗に着飾って舞踏会などに参加して幸せな生活を送るという生活を。
ダメだダメだ、考えれば考える程惨めになってくる。
「ほらっ、次は庭で雑草抜いてきな! さっさと片付けくらいしたらどうなの!?」
「……申し訳ございません」
即座に謝って、雑巾とバケツを使用人専用の井戸があるところへ持って行く。基本的にそこしか使用してはいけないことになっている。誰が決めた訳じゃないけど、必然的に。
片付けが終わって、また『ノロマ』だとか言われないようにできるだけ速く軍手と籠を持って庭へ行く。
そしてしばらく雑草を抜いていると、後ろからトントンと肩を叩かれた。
一瞬だけ『お義母様が怒っているのか』と身構えたもの、そうならば肩を叩かずとも言いたいことをズバズバと言うだろうし、なによりこの感覚は――。
「アール様?」
虐げられる前――お母様が居たときから仲良くしてくださっている幼馴染と呼んでも差支えがないほどの間柄であるアール様が私を見て整った顔をほころほころばせている。
「久ぶり。ごめんね、あんまり顔を出せなくて」
「いえいえ!」
ハッと今私は業務中だということを思い出す。
持ちつ持たれつの関係である公爵家の人間だから、アール様がいる前では怒られはしないだろうけど、ご帰宅されてから怒られることは目に見えている。
なので今の状況をお義母様に知られるわけにはいかない、とキョロキョロ辺りを見渡したのだが。
「大丈夫だよ。今応接室にいるんじゃないかな? 掃除してくれてありがとうね。まあ、もうすぐでそれも終わるだろうけど――」
「終わる? どうしてですか?」
「まあ、じきに分かると思うよ。短くてごめんね。そろそろ行かなきゃ」
「行ってらっしゃいませ」
私は笑顔で彼を見送る。不可解な言動もあったが、アール様と会話できたことにより、私のモチベーションは上昇し始める。
アール様に褒めてもらえるような庭にしよう……!
その一心で雑草駆除作業を再開するのだった。
――――――――――――――――――――――――――
「はい?」
転機は突然に訪れる、というのはまさにこのことだった。
なんと、お義母様から伝えられた言葉は『アール様と婚約しろ』という内容だった。
私自身、望んでいても諦めていた夢物語のようなことだったので、しろと言われれば請うてでもするのだが……。いったいどういう風の吹き回しなのだろう。
アール様は本心を悟らせない様にするためなのか、ずっとニコニコと微笑んでいる。まあこれはいつものことなのだが。
「アンタをアール様の元にやったら我が家は公爵家と深い縁を結ぶことが出来るし、厄介者は消えるしでいいことずくめなのよ!」
こんなときでも嫌味たっぷりに私に言葉のナイフを投げかけてくるお義母様。
今まで、私はこれに一人で耐えるほかなかった。だけど今は違う。
ちらりとアール様の方を見てみると、口元は絶えず微笑みを浮かべていたのに対し、目はこの世の闇を映したように禍々しく、恐ろしかった。
「お言葉ですが」
絶対零度の言葉がお義母様に投げかけられる。
お義母様は固まりながら、アール様の次の言葉を待っていた。
「あなたがいびりにいびりまくった結果、以前の質の高い使用人は消え、あなたの友達の家とやらの質の低い使用人が流れたせいで、掃除が出来ていない箇所が見受けられるのですが?」
「うっ」
お義母様は痛いところを突かれたようで、冷や汗を流している。
「それに」
そのままアール様は言葉を続ける。
「俺の愛しい人を散々虐げてくれましたね?」
私でさえもアール様の眼光にやられそうになった。お義母様などはもう倒れそうな勢いである。
「てことで、ここの家とは縁を切るので」
有り得ないものでも口にしたかのように、一歩も動かないお義母様を横目に見ながら私達は歩き出す。
人間としての、幸せに向かって。
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