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炭鉱の街アスタリア
三人の決意
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早朝のアスタリアは街全体が眠っているかのような雰囲気だった。
石畳の路地には霧が残り、建物の隙間から洩れる陽光に頼りなさを感じた。
俺はフードを深くかぶったまま、宿の裏手にある倉庫へと足を運んだ。
この瞬間も、昨日の坑道で見た魔鉱体の影が頭から離れなかった。
たどり着いた倉庫の扉は軋みながら開いた。
中にはすでにリリアとクリストフが来ていた。
二人とも旅人風の粗野な外套を身につけ、顔をあまり見せないようにしている。
「これで合流できました」
リリアが小声で言い、俺は軽くうなずいて扉を閉めた。
木箱の隅に腰を下ろして息を整える。
朝の冷気が肺を満たし、昨日の興奮がわずかに落ち着いていく。
「坑道の奥で見てしまいました。……あれは、ただのモンスターじゃない」
俺が口を開くと、二人の表情が引き締まった。
「姿は人型に近かったけど、皮膚は鉱石のように硬質で光を反射しました。魔力を感じ取ったのか、動きが異様に鋭くなった瞬間もありましたね。普通の生き物じゃないことは間違いない……魔力そのものに反応する性質を持つような感じです」
「魔鉱体……ですか」
リリアが独り言のようにつぶやき、持っていた巻物を開いた。
それは古びた地図のようだった。
坑道の構造が細かく描かれ、いくつかの場所には赤い印がついていた。
「この地図は十五年前の記録。奥の坑道、あなたが言っていた場所……ここです」
リリアが指差した先は坑道の最深部。
すでに封鎖されたことになっている区画だった。
「そこは数年前、崩落事故が起きたそうです。作業中に突然地面が陥没して、大量の岩と土砂が流れこんで……。作業員の何人かは消息不明のままと聞きました」
「その事故……原因は?」
俺の問いに、リリアは首を振った。
「公式には地盤の脆さとされているのですが、証言がいくつか残っています。黒い霧が湧いたであるとか、壁が脈打つように動いていたとか。一見すると迷信めいた話ばかりのようです」
俺は昨夜見た光景を思い出していた。
魔鉱体がいるような状況であれば、何があっても不思議ではない。
「……それだけじゃないありません」
リリアはそう言って、もう一枚、別の羊皮紙を広げた。
そこには古代語で書かれた文献の断片が記されていた。
彼女はこちらを見た後、話を続けた。
「これは五十年前に見つかった古文書の一部。地脈の裂け目について書かれています。『地下深く、魔の流れが傷ついた時、異界が現世に滲み出す』と」
「なるほど、異界ですか……」
俺は思わず唸った。
神話の類いだと思っていたが、魔鉱体を見た後では信ぴょう性が大きく異なる。
「古文書では、裂け目から漏れ出す瘴気が鉱石に触れると、それが器になるとされていて。その結果、魔力を宿した石が命を持ち、動き出すそうです」
リリアが途中まで話したところで、クリストフが重い声で言葉を継いだ。
「まさか古文書通りに魔鉱体がいるとは……。人の魔力を喰らい、増殖する可能性もある。厄介なのは、そいつらが地上に出てくることだね」
「懸念材料はアスタリアに、そんな力を制御できる兵力はないということです」
リリアの声に、張りつめた緊張が感じられた。
「一番まずいのは、普通の人間があの瘴気に触れただけで正気を失う恐れがあることでしょう。マルクさんが魔力を制御できる人だったのは不幸中の幸いでした」
誰も予想しなかったことだが、魔法の扱いに長けていることが幸いした。
リリアとクリストフは兵士としての技量は高いものの、魔法はほとんど使えないため、二人だけであの坑道に入るのは危険だったはずだ。
固い表情のままのクリストフが静かに腰の剣を確認した。
「次は僕らも行くとするよ。足手まといにならないよう最善は尽くすから」
俺は二人の顔を順に見た。
リリアの眼差しは冷静で力強さがあり、クリストフは鋼のような覚悟をその目に宿していた。
「分かりました。今度は三人で行きましょう。ただし、俺が前衛を務めます」
「うん、やっぱり君は頼りになるね」
「くれぐれも無理はしないでください」
お互いの意思が一致した瞬間だった。
倉庫の中に静けさが広がっていく。
俺は手袋をはめ直し、懐に隠していた地図の写しを取り出した。
リリアとクリストフに見えるように図面を広げる。
「陽が沈んでから動きましょう。人目を避けて、坑道の奥へ」
「崩落地点の裏側には、封鎖前に使われていた避難坑があるそうです。そこから迂回できれば、崩落を避けて奥へ進めるはず」
リリアが地図の写しに目を落としながら言った。
さらにクリストフが神妙な面持ちで口を開く。
「異界の入口を示す脈打つ壁が、封印の鍵になっている可能性もある。そこに瘴気が溜まっているなら、今回の異変は……深刻な影響があるかもしれない」
坑道での異変があれど、アスタリアはまだ静かだ。
街の人々は表面上は平穏に暮らしている。
だが、地下で異界が開きつつあるなら……それはやがて地上にも溢れ出す。
ならば、止めるしかない――ここで今。
「今夜が勝負の時ですね」
俺がそう言うと、二人が静かにうなずいた。
倉庫の扉を開けると、少しだけ日が昇っていた。
街はまだ眠りが覚めきらいないかのように静けさを保っている。
やがていつもようのに騒がしくなるのは時間の問題だ。
俺たちはまたそれぞれの役目を装いながら、表の街へと散っていった。
次に集まる時、いよいよ俺たちは異界の入り口に踏み込むことになる。
冷えた朝の空気の中に、かすかに金属の匂いが混じっていた。
アスタリアという街の存在をひしひしと感じる瞬間だった。
石畳の路地には霧が残り、建物の隙間から洩れる陽光に頼りなさを感じた。
俺はフードを深くかぶったまま、宿の裏手にある倉庫へと足を運んだ。
この瞬間も、昨日の坑道で見た魔鉱体の影が頭から離れなかった。
たどり着いた倉庫の扉は軋みながら開いた。
中にはすでにリリアとクリストフが来ていた。
二人とも旅人風の粗野な外套を身につけ、顔をあまり見せないようにしている。
「これで合流できました」
リリアが小声で言い、俺は軽くうなずいて扉を閉めた。
木箱の隅に腰を下ろして息を整える。
朝の冷気が肺を満たし、昨日の興奮がわずかに落ち着いていく。
「坑道の奥で見てしまいました。……あれは、ただのモンスターじゃない」
俺が口を開くと、二人の表情が引き締まった。
「姿は人型に近かったけど、皮膚は鉱石のように硬質で光を反射しました。魔力を感じ取ったのか、動きが異様に鋭くなった瞬間もありましたね。普通の生き物じゃないことは間違いない……魔力そのものに反応する性質を持つような感じです」
「魔鉱体……ですか」
リリアが独り言のようにつぶやき、持っていた巻物を開いた。
それは古びた地図のようだった。
坑道の構造が細かく描かれ、いくつかの場所には赤い印がついていた。
「この地図は十五年前の記録。奥の坑道、あなたが言っていた場所……ここです」
リリアが指差した先は坑道の最深部。
すでに封鎖されたことになっている区画だった。
「そこは数年前、崩落事故が起きたそうです。作業中に突然地面が陥没して、大量の岩と土砂が流れこんで……。作業員の何人かは消息不明のままと聞きました」
「その事故……原因は?」
俺の問いに、リリアは首を振った。
「公式には地盤の脆さとされているのですが、証言がいくつか残っています。黒い霧が湧いたであるとか、壁が脈打つように動いていたとか。一見すると迷信めいた話ばかりのようです」
俺は昨夜見た光景を思い出していた。
魔鉱体がいるような状況であれば、何があっても不思議ではない。
「……それだけじゃないありません」
リリアはそう言って、もう一枚、別の羊皮紙を広げた。
そこには古代語で書かれた文献の断片が記されていた。
彼女はこちらを見た後、話を続けた。
「これは五十年前に見つかった古文書の一部。地脈の裂け目について書かれています。『地下深く、魔の流れが傷ついた時、異界が現世に滲み出す』と」
「なるほど、異界ですか……」
俺は思わず唸った。
神話の類いだと思っていたが、魔鉱体を見た後では信ぴょう性が大きく異なる。
「古文書では、裂け目から漏れ出す瘴気が鉱石に触れると、それが器になるとされていて。その結果、魔力を宿した石が命を持ち、動き出すそうです」
リリアが途中まで話したところで、クリストフが重い声で言葉を継いだ。
「まさか古文書通りに魔鉱体がいるとは……。人の魔力を喰らい、増殖する可能性もある。厄介なのは、そいつらが地上に出てくることだね」
「懸念材料はアスタリアに、そんな力を制御できる兵力はないということです」
リリアの声に、張りつめた緊張が感じられた。
「一番まずいのは、普通の人間があの瘴気に触れただけで正気を失う恐れがあることでしょう。マルクさんが魔力を制御できる人だったのは不幸中の幸いでした」
誰も予想しなかったことだが、魔法の扱いに長けていることが幸いした。
リリアとクリストフは兵士としての技量は高いものの、魔法はほとんど使えないため、二人だけであの坑道に入るのは危険だったはずだ。
固い表情のままのクリストフが静かに腰の剣を確認した。
「次は僕らも行くとするよ。足手まといにならないよう最善は尽くすから」
俺は二人の顔を順に見た。
リリアの眼差しは冷静で力強さがあり、クリストフは鋼のような覚悟をその目に宿していた。
「分かりました。今度は三人で行きましょう。ただし、俺が前衛を務めます」
「うん、やっぱり君は頼りになるね」
「くれぐれも無理はしないでください」
お互いの意思が一致した瞬間だった。
倉庫の中に静けさが広がっていく。
俺は手袋をはめ直し、懐に隠していた地図の写しを取り出した。
リリアとクリストフに見えるように図面を広げる。
「陽が沈んでから動きましょう。人目を避けて、坑道の奥へ」
「崩落地点の裏側には、封鎖前に使われていた避難坑があるそうです。そこから迂回できれば、崩落を避けて奥へ進めるはず」
リリアが地図の写しに目を落としながら言った。
さらにクリストフが神妙な面持ちで口を開く。
「異界の入口を示す脈打つ壁が、封印の鍵になっている可能性もある。そこに瘴気が溜まっているなら、今回の異変は……深刻な影響があるかもしれない」
坑道での異変があれど、アスタリアはまだ静かだ。
街の人々は表面上は平穏に暮らしている。
だが、地下で異界が開きつつあるなら……それはやがて地上にも溢れ出す。
ならば、止めるしかない――ここで今。
「今夜が勝負の時ですね」
俺がそう言うと、二人が静かにうなずいた。
倉庫の扉を開けると、少しだけ日が昇っていた。
街はまだ眠りが覚めきらいないかのように静けさを保っている。
やがていつもようのに騒がしくなるのは時間の問題だ。
俺たちはまたそれぞれの役目を装いながら、表の街へと散っていった。
次に集まる時、いよいよ俺たちは異界の入り口に踏み込むことになる。
冷えた朝の空気の中に、かすかに金属の匂いが混じっていた。
アスタリアという街の存在をひしひしと感じる瞬間だった。
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