異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家

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炭鉱の街アスタリア

炭鉱への潜入

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 アスタリアの街で、炭鉱周辺に関する情報を集めて数日が経過した。
 地元の職人や運搬業者、街の子どもたちまで、さりげない聞きこみを重ねるうちに、いくつかの共通した証言が浮かび上がってきた。

「最近、坑道の奥の方で光が揺れるって話があってね。作業員が一人で入るの、嫌がるようになってさ」

「夜中に誰もいないはずの作業場から金槌の音が聞こえたってよ……しかも、重たい感じの、金属じゃなくて骨でも砕くような……あー、やだやだ」

 鉱山が原因かもしれないと疑われているのに、アスタリアの上層部はなぜか騒ぎ立てようとしない。
 それどころか、噂を封じるような動きすら感じる。

 それらに合わせて、リリアとクリストフがこっそり教えてくれた情報が加わった。

「炭鉱の管理担当が最近交代したそうです。それも急だそうで」

「鉱石の出荷数が減ってるのに、帳簿上では変化がないらしい。中で何かあったのは確実だよね」

 二人の潜入先では、書類や図面から坑道内部の構造がある程度掴めた。
 正面から調べるのは無理があるが、旧坑道側からなら目立たず入りこめそうだった。

 俺はひと晩考えてから、翌朝には決断していた。
 一人で炭鉱に入って異変の正体を探る――それが俺の役目だ。

 
 その夜、空には月が高く上がっていた。
 道の先を照らすように見える月の光は、闇夜に誘うようにも力を貸してくれるようにも、どちらにも見える。
 俺は気配を潜めながら目的地へと黙々と移動した。
 
 やがて、炭鉱の外周にひっそりとたたずむ旧作業路へ足を踏み入れた。

 入り口には簡単な鎖と「立入禁止」の札。
 しかし鍵は錆びており、誰かが最近通った形跡もあった。
 足元の草は踏み倒され、わずかな靴跡が残っている。

 周囲の状況に注意を向けながら、ゆっくりと中に入る。
 坑道内はひんやりとしていて、湿った空気と鉱物の匂いが漂っていた。

 俺は光を生む魔法―――ホーリーライト――で視界を確保した。
 周囲を淡い光が照らして、岩肌がぼんやりと浮かび上がった。

 まず最初に周りの安全を確認してから、狭い坑道をゆっくりと進む。
 床には落石、壁には崩れかけの支柱が散らばるように落ちている。
 かつては盛んに掘られていたはずの坑道が、今ではほとんど放棄されている。

 人の気配がない道を進むにつれて、徐々に違和感が増していくのを感じた。
 
 ――やけに空気が重い気がする。
 ただの湿気や圧迫感ではなく、何かがゆっくりと皮膚にまとわりつくようだ。

 そして、ある地点を越えた瞬間、光球の揺れ方が変わった。
 明らかに空気の密度に変化が起きている。
 光が波打ち、ほんのわずかに歪んで見える。

 「……魔力の揺らぎ?」

 異変を無視できずに足を止めて、慎重に周囲の変化を探る。
 俺の魔力量からしてホーリーライト程度の魔法で尽きるはずもなく、揺らぎがあっても消えそうな気配はなかった。

「おっ、これは……」

 注意深く視線を向けていると、わずかな変化に気づくことができた。
 微細ではあるが、確実に異質な魔力の気配。
 危険を感じるほどではなく、これぐらいのことで引き返そうとは思わなかった。 

 それからさらに数十メートル進むと、鉱道はやや広くなった。
 道幅は広がったはずなのに、身体に感じる圧迫感は増している。 
 そして、その直後だった。

 グゥゥン――という、地の底から鳴るような音が響いた。
 岩盤のどこかが軋むのとは違う。
 もっと深く、低く、そして生命感を纏うような音だった。

 俺は反射的に剣を構えた。
 視界の先に闇が一つ、わずかに動いた気がした。

「……誰かいるのか?」

 恐る恐る声をかけたが、返事はない。

 しかし、光球の端、闇のすぐ内側に何かが立っていた。
 膝ほどの背丈で、岩のような皮膚を持ち、目が……目が青白く光っていた。

 小さな獣――いや、違う。魔力が強すぎる。これは、普通の動物じゃない。

「――侵入者」

 声そのものに魔力の干渉があるような感覚がした。
 予測不能な事態を前にいつでも魔法が放てるように構える。
 敵の数は? 一体だけか?

 だがすぐに答えは出た。
 光の外側に二体、三体とさらなる気配が連なっていた。

 「囲まれたか!?」

 足元から地面がわずかに隆起した。
 直後、ひときわ大きな個体がぬるりと岩陰から現れた。

 その体は鉱石のように硬質で、だが動きはなめらかだった。
 魔力の中枢が中心にあり、周囲の鉱物を取り込んで肉体にしているように見えた。

「なるほど……自律する魔鉱体か……」

 予備知識があるだけで実物を目にするのは初めてだった。
 物理的な攻撃が通りにくく、魔力にも強い耐性を持っている。

 俺は即座に判断を下した。ここは撤退するしかない――。
 だがただ逃げるのではなく、今のうちに奴らの行動や能力を見ておく必要がある。

「喰らいたくなければ、こっちに来るなよ」

 俺は低くつぶやいて、左手から魔力を放出する。
 青白い光が指先から迸ると、狭い坑道内に冷気が満ちた。

「――アイシクル」

 足元から氷の輪が広がり、敵の進行を一瞬だけ止める。
 その隙に、俺は踵を返して坑道を駆け戻った。

 追跡の気配はあったが、距離を取れば問題ない。
 あれほど魔力を使っていれば、必ず反応が残る。
 こうしておけば、戻った時に探知しやすくなる。

 ようやく出口の光が見えた頃、背後の闇から追ってくるような気配が消えた。
 追跡を諦めた……いや、追ってこられないのか。
 あの魔鉱体には制限があるのかもしれない。

 外に出た瞬間、冷たい夜風が肌を打った。
 俺はようやく呼吸を整え、額の汗を拭った。

「……予想以上だったな。ありゃ、ただのモンスターじゃない」

 魔鉱体。未知の存在。しかも複数だった。
 これが鉱山で起きている異変の正体の一端だとすれば、深刻な状況は間違いないと言える。

 おもむろに夜空を見上げた。
 満ちた月が青白く輝いていた。

「……まずは、あの二人に報告だな」

 あの坑道の闇には、まだ見えていない何かが潜んでいる気がしてならなかった。
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