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炭鉱の街アスタリア
さらなる調査
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翌朝、まだ通りに日が差す前に俺は宿を出た。
フードを深めにかぶり、旅人然とした姿でアスタリアの街を歩く。
人通りはまばらだが、早朝から荷を積んだ荷車が動き始めていて、職人たちの一部はすでに仕事を始めていた。
やはりこうして見るだけでは、何の変哲もない街の光景に見える。
昨日、リリアとクリストフから話を聞いた後、地図を手に入れて必要な情報について確認しておいた。
炭鉱の周辺に点在する作業小屋や、鉱夫たちが集う食堂、休憩所の位置などを記憶している。
まず最初に向かったのは市場の裏手にある小さな雑貨屋だった。
鉱山労働者たちがよく使う作業手袋や灯具などを売っている。
通りすがりに中に入ると若い店主が一人、棚に並んだ品を磨いていた。
「おや、いらっしゃい」
「手袋を探してる。藪を歩く予定があって、少し頑丈なやつがいい」
とっさに思いついた理由を口にしながら、店の中を眺める。
棚には汚れた作業用の衣服や、擦れたブーツが並んでいる。
アスタリアを訪れた旅人だけでなく、鉱夫たちも利用する店のようだった。
「丈夫なのはこれだな。鉱山で使ってる人もいる。山の作業は過酷だからな」
「それは北の採掘区か?」
俺があえて聞き返すと、店主は手を止めてこちらをちらりと見た。
「……まあな。あそこは最近は静かだが、事故が続いたせいで作業が減ってる。今じゃ現場監督もあまり足を運ばなくなったよ」
「事故ってのは、具体的にどういう……?」
「詳しくは知らん。だが、気味の悪い噂はある。変な音が聞こえるとか、道具が勝手に動いたとか……。そんなものは迷信だと思うがな」
そう言って店主は鼻で笑った。
人づてに聞いただけでは単なる噂話にしか感じないのだろう。
礼を言って店を出ると、次に向かったのは街の北端にある休憩所だった。
炭鉱から戻ってきた労働者たちが、昼や夜に酒を飲みながら談笑する場所だ。
今は時間が早いせいか、中には数人しかいない。
俺は隅の席に腰を下ろし、併設された食堂で温かいスープを注文した。
耳を澄ませていると、隣の席で二人の男が低い声で話しているのが聞こえた。
「……見たんだってよ。坑道の奥で、光が揺れてたって。誰もいないはずの時間に」
「またかよ。前にもそんな話あったろ。結局、誰も確かめてねえ」
「でもあの時も道具が壊れてたんだ。変だと思わねえか?」
「しっ、黙れ。誰かに聞かれたら面倒だ」
ふいに声が下がったので、それ以上は聞こえなかった。
俺はスープを飲み干し、立ち上がって店を出た。
炭鉱周辺では何かが起きている――その確信が少しずつ強くなっていた。
やがて午後になり、炭鉱に向かう道をたどった。
監視の目が厳しいかと思ったが、入口付近には番小屋があるだけだった。
やはり事故の影響があるのか、今は稼働を減らしているのかもしれない。
想像していたよりも警備は薄く、そもそも人の気配自体が希薄だった。
粒の大きい石を多く含んだ坂道を登りながら、注意深く周囲を観察した。
地面には新しい足跡があったが、その数はまばらで鉱夫の数も減っているようだ。
入り口近くに置かれた古びた手押し車の中には、使い古されたつるはしがいくつか無造作に置かれていた。
ふと、風の流れが変わったような気配があった。
坑道の奥から、微かに冷たい空気が吹いてくる。
それと同時に、どこかで鉄がきしむような音が響いたような気がした。
「……気のせい、じゃないよな」
その場に長くいるのは危険だと判断し、手早く周囲を確認してから引き返した。
その日の夜。
同じ宿に戻ると、頭の中で断片的な情報がつながり始めた。
道具の破損、音、誰もいない時間に灯る光、不自然な事故の連続。
現場に何か見えない力が及んでいると考えることができる。
――しかし、見えない力とは魔法のようなものか、あるいはそれ以外の何かか。
すぐに答えが出せることではなかった。
空気を入れ替えるために窓を開け、外の風を吸いこむ。
夜のアスタリアは昼の喧騒が嘘のように静まり返っていたが、どこか不穏な気配をまとっていた。
宿の外では路地を抜けて何者かの足音が聞こえた。
兵士ではない、旅人のような軽い足取りだが、わざと足音を忍ばせていないところに何か意図のようなものを感じた。
あるいは――俺の思いすごしかもしれない。
どうやらアスタリアに来てから、気を張るようになったみたいだ。
翌日、ここまでの情報を整理するため、再びリリアたちと落ち合うことにした。
集合場所は街の南にある小さな廃墟の裏庭だった。
かつて倉庫だったらしい建物の影で、三人で集まるには都合のいい場所だ。
「何かを目視したわけじゃないですけど、坑道の奥から冷気が出てましたた。あと、金属が擦れるような音も……」
戸惑いがちに報告すると、リリアは眉をひそめてうなずいた。
彼女の反応から心当たりがあるように見える。
「私たちも似たような話を聞きました。灯りが勝手に消えるとか、坑道の中で誰かの声が聞こえるとか……」
「その話はどれも、共通して現場にいた人間の精神状態が悪化してるって証言とつながるね」
クリストフが真剣な声で言った。
彼の様子からも事態の深刻さが窺える。
「入手した情報では一部の炭鉱を閉鎖して、表向きには地質の変動ってことで片づけようとしてる……なかなか無理があると思うけれど」
クリストフが言い終えると、俺は静かにうなずいた。
何かが隠されている――現時点では計画的に起きたことなのか、そうではないかの判断がつかない。
「もう一度、炭鉱に潜入してみようと思います」
俺がそう言うと二人は目を見開いた。
真剣な表情を浮かべている。
「どうかご無事で。炭鉱の奥は複雑で危ないです。足を踏み外せば命に関わります」
「マルクくん、それでも行くのかな?」
リリアとクリストフの言葉から心配してくれていることが伝わった。
「……行きます。元冒険者としての意地もありますから」
自らの言葉に覚悟をこめて口にした。
どれだけ隠されようと、己の目で確かめなければ意味がない。
アスタリアの闇は、俺の足元までじわじわと広がっている気がした。
だがそれに足をすくわれるわけにはいかない。
あとがき
いいね、エールなどありがとうございます。
この章はいつもよりシリアスな展開が多いです。
アンソワーレの時と比べるとバトル中心でもあります。
フードを深めにかぶり、旅人然とした姿でアスタリアの街を歩く。
人通りはまばらだが、早朝から荷を積んだ荷車が動き始めていて、職人たちの一部はすでに仕事を始めていた。
やはりこうして見るだけでは、何の変哲もない街の光景に見える。
昨日、リリアとクリストフから話を聞いた後、地図を手に入れて必要な情報について確認しておいた。
炭鉱の周辺に点在する作業小屋や、鉱夫たちが集う食堂、休憩所の位置などを記憶している。
まず最初に向かったのは市場の裏手にある小さな雑貨屋だった。
鉱山労働者たちがよく使う作業手袋や灯具などを売っている。
通りすがりに中に入ると若い店主が一人、棚に並んだ品を磨いていた。
「おや、いらっしゃい」
「手袋を探してる。藪を歩く予定があって、少し頑丈なやつがいい」
とっさに思いついた理由を口にしながら、店の中を眺める。
棚には汚れた作業用の衣服や、擦れたブーツが並んでいる。
アスタリアを訪れた旅人だけでなく、鉱夫たちも利用する店のようだった。
「丈夫なのはこれだな。鉱山で使ってる人もいる。山の作業は過酷だからな」
「それは北の採掘区か?」
俺があえて聞き返すと、店主は手を止めてこちらをちらりと見た。
「……まあな。あそこは最近は静かだが、事故が続いたせいで作業が減ってる。今じゃ現場監督もあまり足を運ばなくなったよ」
「事故ってのは、具体的にどういう……?」
「詳しくは知らん。だが、気味の悪い噂はある。変な音が聞こえるとか、道具が勝手に動いたとか……。そんなものは迷信だと思うがな」
そう言って店主は鼻で笑った。
人づてに聞いただけでは単なる噂話にしか感じないのだろう。
礼を言って店を出ると、次に向かったのは街の北端にある休憩所だった。
炭鉱から戻ってきた労働者たちが、昼や夜に酒を飲みながら談笑する場所だ。
今は時間が早いせいか、中には数人しかいない。
俺は隅の席に腰を下ろし、併設された食堂で温かいスープを注文した。
耳を澄ませていると、隣の席で二人の男が低い声で話しているのが聞こえた。
「……見たんだってよ。坑道の奥で、光が揺れてたって。誰もいないはずの時間に」
「またかよ。前にもそんな話あったろ。結局、誰も確かめてねえ」
「でもあの時も道具が壊れてたんだ。変だと思わねえか?」
「しっ、黙れ。誰かに聞かれたら面倒だ」
ふいに声が下がったので、それ以上は聞こえなかった。
俺はスープを飲み干し、立ち上がって店を出た。
炭鉱周辺では何かが起きている――その確信が少しずつ強くなっていた。
やがて午後になり、炭鉱に向かう道をたどった。
監視の目が厳しいかと思ったが、入口付近には番小屋があるだけだった。
やはり事故の影響があるのか、今は稼働を減らしているのかもしれない。
想像していたよりも警備は薄く、そもそも人の気配自体が希薄だった。
粒の大きい石を多く含んだ坂道を登りながら、注意深く周囲を観察した。
地面には新しい足跡があったが、その数はまばらで鉱夫の数も減っているようだ。
入り口近くに置かれた古びた手押し車の中には、使い古されたつるはしがいくつか無造作に置かれていた。
ふと、風の流れが変わったような気配があった。
坑道の奥から、微かに冷たい空気が吹いてくる。
それと同時に、どこかで鉄がきしむような音が響いたような気がした。
「……気のせい、じゃないよな」
その場に長くいるのは危険だと判断し、手早く周囲を確認してから引き返した。
その日の夜。
同じ宿に戻ると、頭の中で断片的な情報がつながり始めた。
道具の破損、音、誰もいない時間に灯る光、不自然な事故の連続。
現場に何か見えない力が及んでいると考えることができる。
――しかし、見えない力とは魔法のようなものか、あるいはそれ以外の何かか。
すぐに答えが出せることではなかった。
空気を入れ替えるために窓を開け、外の風を吸いこむ。
夜のアスタリアは昼の喧騒が嘘のように静まり返っていたが、どこか不穏な気配をまとっていた。
宿の外では路地を抜けて何者かの足音が聞こえた。
兵士ではない、旅人のような軽い足取りだが、わざと足音を忍ばせていないところに何か意図のようなものを感じた。
あるいは――俺の思いすごしかもしれない。
どうやらアスタリアに来てから、気を張るようになったみたいだ。
翌日、ここまでの情報を整理するため、再びリリアたちと落ち合うことにした。
集合場所は街の南にある小さな廃墟の裏庭だった。
かつて倉庫だったらしい建物の影で、三人で集まるには都合のいい場所だ。
「何かを目視したわけじゃないですけど、坑道の奥から冷気が出てましたた。あと、金属が擦れるような音も……」
戸惑いがちに報告すると、リリアは眉をひそめてうなずいた。
彼女の反応から心当たりがあるように見える。
「私たちも似たような話を聞きました。灯りが勝手に消えるとか、坑道の中で誰かの声が聞こえるとか……」
「その話はどれも、共通して現場にいた人間の精神状態が悪化してるって証言とつながるね」
クリストフが真剣な声で言った。
彼の様子からも事態の深刻さが窺える。
「入手した情報では一部の炭鉱を閉鎖して、表向きには地質の変動ってことで片づけようとしてる……なかなか無理があると思うけれど」
クリストフが言い終えると、俺は静かにうなずいた。
何かが隠されている――現時点では計画的に起きたことなのか、そうではないかの判断がつかない。
「もう一度、炭鉱に潜入してみようと思います」
俺がそう言うと二人は目を見開いた。
真剣な表情を浮かべている。
「どうかご無事で。炭鉱の奥は複雑で危ないです。足を踏み外せば命に関わります」
「マルクくん、それでも行くのかな?」
リリアとクリストフの言葉から心配してくれていることが伝わった。
「……行きます。元冒険者としての意地もありますから」
自らの言葉に覚悟をこめて口にした。
どれだけ隠されようと、己の目で確かめなければ意味がない。
アスタリアの闇は、俺の足元までじわじわと広がっている気がした。
だがそれに足をすくわれるわけにはいかない。
あとがき
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