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幼い二人と錬金術師
初めての手柄
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宿を出てメルナの工房へと足を運ぶ。
季節は進み、冬には雪に覆われるようなエスタンブルクにおいても、温かさを感じるような日が増えていた。
カルンの街を歩くと衣替えをした人々が、薄手の服を身に纏うのを目にする。
明るい空からは初夏の光が差しこみ、石畳の路地は輝くように照らされている。
セドがメルナの工房に出入りするようになって、一か月以上が経過した。
アンソワーレの店はフレイとオルネアたちに任せても滞りなく回るようになり、俺が顔を出すのは様子見や商品の相談くらいになった。
その分、俺は工房に立ち寄る時間が増えた。錬金術への興味もあるが、それ以上に、セドがどう成長していくのかを見届けたい気持ちが強かった。
今日の朝も工房の扉を開けた瞬間、薬草の青い香りと、まだ火力を上げ切っていない炉の温もりが鼻と肌をくすぐった。
作業台ではメルナが器材を整えており、その向かいでセドが計量器を覗き込んでいた。
見慣れぬ器具が机の上に置かれている――細い魔力管と小瓶が並び、淡い光がゆるやかに脈打っていた。
「おはよう。……なんだ、その準備は」
「今日、僕、一人で仕上げまでやるんです」
セドは誇らしげな笑顔を浮かべたが、言葉の端にわずかな震えが混ざる。
揃えられた器具を見ても、俺にはさっぱり分からなかった。
とそこで、ちょうど近くにいたメルナが顔を上げた。
「依頼品よ。三本だけだけど、全部セドに任せることにしたの――」
中身は軽度の疲労回復薬。
配分を間違えれば効き目は落ちるし、保存も効かなくなる。
セドにとっては、最初から最後まで自分の判断で作る初めての仕事だと、メルナから説明を受けた。
「手順は頭に入ってます。でも……途中で迷ったら、どうしたら」
「迷ったら、自分で決めるのよ。今日はそれも試す日だから」
メルナはそう言って、手を貸すそぶりも見せない。
決して冷たそうな態度はなく、弟子に課題を与える師匠のような姿勢だった。
俺は棚整理を手伝いながら、横目でセドの動きを追った。
薬草を刻む手つきは落ち着いているが、煮出しに入ると表情がわずかに硬くなる。
魔力計の針が思ったより早く動き、温度調整が難しいらしい。
セドはそこで一度、こちらをちらっと見た。
助けを求めるような視線かと思いかけたが、すぐに器具へ視線を戻した。
高い集中力が感じられる表情のまま、慎重な動作で火力を一段落とす。
鍋の表面から立つ湯気の色が変わり、針の動きも安定した。
小さく息を吐く音が聞こえる。
――ああ、こいつは自分で乗り切ったんだ。
まるで親心のようだが、自然とそんな気持ちになっていた。
それから少しして昼前になった。
瓶詰め作業を終えたセドはその中の一本を光にかざしてみせた。
「色、沈殿、匂い……全部大丈夫そうです」
メルナが一本受け取り、栓を開けて香りを確かめる。
少しの間があった後、目を細めて口を開いた。
「悪くないどころか、安定感があるわね。初めてでこれは上出来よ」
セドは一瞬、言葉を失い、次いで頬を赤らめて笑った。
その表情は、努力の裏で一人で背負った緊張が解けた証拠だった。
午後になってから、アンソワーレへ向かう。
扉を開けると、涼やかな風と一緒に香辛料と焼き菓子の匂いが流れ出てきた。
カウンターの向こうではミレアが帳簿を前に、客と話をしている。
「こちらのハーブは、まとめてかっていただければすこしお安くできます」
「助かるわ、じゃあこれも追加で」
客が笑顔で袋を受け取り去っていくと、ミレアはほっと肩を落とし、それから俺に気づいてぱっと笑った。
「お兄ちゃん! 今日ね、急に値段を聞かれて、フレイさんがいなくてもちゃんと答えられたの」
聞けば、帳簿と在庫を見比べながら即座に計算し、客の希望に合わせて提案したらしい。
以前のミレアなら間違いなく固まったはずの場面だ。
「お釣りも間違えなかったし、商品の並べ替えもしたよ」
彼女はそう言って、整った数字の帳簿を見せてくる。
字も揃っていて、計算の消し跡も少ない。
「立派じゃないか」
「えへへ……」
自分で考えて動けたことが嬉しいのだろう、声が弾んでいる。
セドだけでなくミレアを見ていても、以前の暮らしでは年相応の振る舞いがあったのではと思うのだった。
その日の夕方。
メルナの工房の前でセドとミレアの二人と顔を合わせた。
セドは火加減の判断を自分でやり切ったことを誇らしげに語り、ミレアは客とのやりとりを笑顔で報告する。
二人の話は次第に競うようになり、足取りまで軽くなっていった。
「明日はもう少し多めに作れるよう挑戦してみます」
「あたしも、お金の計算ができたねって言われたの!」
そんな会話を聞きながら歩く俺の胸には、温かさと同じくらい、どこか理由の見えない寂しさもあった。
――もう、俺が口を出さなくてもやっていけるかもしれない。
喜ばしいはずなのに置いていかれるような感覚。
それが夕暮れの街灯の光と一緒にじわじわと忍び寄る。
三人の影が石畳に長く伸び、遠くの商人の呼びこみや馬車の音が少し遠く感じられた。
それでも今はまだ、この日常が続いてほしいと思った。
季節は進み、冬には雪に覆われるようなエスタンブルクにおいても、温かさを感じるような日が増えていた。
カルンの街を歩くと衣替えをした人々が、薄手の服を身に纏うのを目にする。
明るい空からは初夏の光が差しこみ、石畳の路地は輝くように照らされている。
セドがメルナの工房に出入りするようになって、一か月以上が経過した。
アンソワーレの店はフレイとオルネアたちに任せても滞りなく回るようになり、俺が顔を出すのは様子見や商品の相談くらいになった。
その分、俺は工房に立ち寄る時間が増えた。錬金術への興味もあるが、それ以上に、セドがどう成長していくのかを見届けたい気持ちが強かった。
今日の朝も工房の扉を開けた瞬間、薬草の青い香りと、まだ火力を上げ切っていない炉の温もりが鼻と肌をくすぐった。
作業台ではメルナが器材を整えており、その向かいでセドが計量器を覗き込んでいた。
見慣れぬ器具が机の上に置かれている――細い魔力管と小瓶が並び、淡い光がゆるやかに脈打っていた。
「おはよう。……なんだ、その準備は」
「今日、僕、一人で仕上げまでやるんです」
セドは誇らしげな笑顔を浮かべたが、言葉の端にわずかな震えが混ざる。
揃えられた器具を見ても、俺にはさっぱり分からなかった。
とそこで、ちょうど近くにいたメルナが顔を上げた。
「依頼品よ。三本だけだけど、全部セドに任せることにしたの――」
中身は軽度の疲労回復薬。
配分を間違えれば効き目は落ちるし、保存も効かなくなる。
セドにとっては、最初から最後まで自分の判断で作る初めての仕事だと、メルナから説明を受けた。
「手順は頭に入ってます。でも……途中で迷ったら、どうしたら」
「迷ったら、自分で決めるのよ。今日はそれも試す日だから」
メルナはそう言って、手を貸すそぶりも見せない。
決して冷たそうな態度はなく、弟子に課題を与える師匠のような姿勢だった。
俺は棚整理を手伝いながら、横目でセドの動きを追った。
薬草を刻む手つきは落ち着いているが、煮出しに入ると表情がわずかに硬くなる。
魔力計の針が思ったより早く動き、温度調整が難しいらしい。
セドはそこで一度、こちらをちらっと見た。
助けを求めるような視線かと思いかけたが、すぐに器具へ視線を戻した。
高い集中力が感じられる表情のまま、慎重な動作で火力を一段落とす。
鍋の表面から立つ湯気の色が変わり、針の動きも安定した。
小さく息を吐く音が聞こえる。
――ああ、こいつは自分で乗り切ったんだ。
まるで親心のようだが、自然とそんな気持ちになっていた。
それから少しして昼前になった。
瓶詰め作業を終えたセドはその中の一本を光にかざしてみせた。
「色、沈殿、匂い……全部大丈夫そうです」
メルナが一本受け取り、栓を開けて香りを確かめる。
少しの間があった後、目を細めて口を開いた。
「悪くないどころか、安定感があるわね。初めてでこれは上出来よ」
セドは一瞬、言葉を失い、次いで頬を赤らめて笑った。
その表情は、努力の裏で一人で背負った緊張が解けた証拠だった。
午後になってから、アンソワーレへ向かう。
扉を開けると、涼やかな風と一緒に香辛料と焼き菓子の匂いが流れ出てきた。
カウンターの向こうではミレアが帳簿を前に、客と話をしている。
「こちらのハーブは、まとめてかっていただければすこしお安くできます」
「助かるわ、じゃあこれも追加で」
客が笑顔で袋を受け取り去っていくと、ミレアはほっと肩を落とし、それから俺に気づいてぱっと笑った。
「お兄ちゃん! 今日ね、急に値段を聞かれて、フレイさんがいなくてもちゃんと答えられたの」
聞けば、帳簿と在庫を見比べながら即座に計算し、客の希望に合わせて提案したらしい。
以前のミレアなら間違いなく固まったはずの場面だ。
「お釣りも間違えなかったし、商品の並べ替えもしたよ」
彼女はそう言って、整った数字の帳簿を見せてくる。
字も揃っていて、計算の消し跡も少ない。
「立派じゃないか」
「えへへ……」
自分で考えて動けたことが嬉しいのだろう、声が弾んでいる。
セドだけでなくミレアを見ていても、以前の暮らしでは年相応の振る舞いがあったのではと思うのだった。
その日の夕方。
メルナの工房の前でセドとミレアの二人と顔を合わせた。
セドは火加減の判断を自分でやり切ったことを誇らしげに語り、ミレアは客とのやりとりを笑顔で報告する。
二人の話は次第に競うようになり、足取りまで軽くなっていった。
「明日はもう少し多めに作れるよう挑戦してみます」
「あたしも、お金の計算ができたねって言われたの!」
そんな会話を聞きながら歩く俺の胸には、温かさと同じくらい、どこか理由の見えない寂しさもあった。
――もう、俺が口を出さなくてもやっていけるかもしれない。
喜ばしいはずなのに置いていかれるような感覚。
それが夕暮れの街灯の光と一緒にじわじわと忍び寄る。
三人の影が石畳に長く伸び、遠くの商人の呼びこみや馬車の音が少し遠く感じられた。
それでも今はまだ、この日常が続いてほしいと思った。
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