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マルクと討伐隊
街道の異変
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夜の街道は思った以上に静かだった。
祭りの灯りはもう背後に小さく瞬いているだけで、風に乗って届いていた太鼓の音もすでに聞こえなくなっている。
俺は荷を背負い直し、闇に沈む道をひたすら歩いた。
星々の光が頼りなくも道を照らしている。
砂利を踏む音がやけに大きく耳に響いた。
こうして一人で歩いていると、脳裏に浮かぶのはカルンでの日々だった。
セドの不器用な笑い、ミレアの拗ねた顔、メルナの少し癖のある声。
その一つ一つが思い出になりつつある。
それでも振り返らないと決めた。
彼らの新しい日々を信じているからこそ、俺自身の道を歩いていくのだ。
街道に出てしばらく歩いた頃。
周囲はすっかり闇に沈み、祭りの灯りも星空の下に埋もれて見えなくなった。
時折、草むらで小動物が動く音がする程度でとても静かに感じた。
そこでふと耳に残っていた会話が去来した。
湖畔で聞いた旅人たちの話だ。
「この道でも南の方じゃ、妙な連中が出るらしい」
「黒布をまとった奴らが荷を漁ってるって噂もな」
笑い交じりに話していたが、声の底に隠れた不安を覚えている。
あれはただの噂だったのか、それとも――。
そんな思考を断ち切るように、鼻を刺す匂いが風に混じった。
焦げたような血のような、不穏な空気を伴う匂い。
俺は思わず足を止めた。
前方に視線を向けると黒い影が横たわっていた。
足早に近づいて確認したら、それは倒れた馬だった。
脚を不自然に折り曲げ、目を見開いたまま動かない。
そのすぐそばには荷車が転がっていた。
車輪は片方が砕け、荷のいくつかが地面に散らばっている。
「……盗賊にやられたのか」
荷は荒らされた跡があった。
木箱はこじ開けられ、袋は刃物で裂かれている。
ただ盗賊の仕業というには、妙だった。
箱の中身はそのまま散乱していて、金目のものだけを狙ったようには見えない。
むしろ「何かを探していた」跡のように思えた。
その場にしゃがみこんで指先で地面を探る。
新しい靴跡がいくつも残っており、形は揃っていない。
長靴のようなものもあれば、軍靴のように硬い靴底のものもある。
数は……大まかに見て十前後といったところか。
胸の奥で冷たい感覚が広がっていく。
黒布の兵士――セドの故郷を襲った一団――のことが脳裏をよぎる。
まさかカルンの近くにまで来ているのか?
とその時だった。背後から砂利を踏む音が近づいている。
反射的に剣の柄へ手を伸ばした。
俺は口を閉じたまま、薄闇に同化するように気配を潜めた。
「動くな! そこにいるのは誰だ!」
鋭い声が闇を裂いた。
声のした方向で松明の赤い光が複数揺れていた。
相手は腕が立つようで物陰に隠れる余裕がないことで、あっさりと看破されたようだった。
ぞろぞろと甲冑に身を包んだ兵士たちが街道を進んでくる。
先頭の男は背が高く、肩当てには見覚えのある紋章が刻まれていた。
「……俺は旅の者だ」
剣から手を離して、交戦の意思がないことを示す。
「怪しい者じゃない。荷車の異変に気づいて調べていた」
松明を掲げた兵士が慎重な足運びで近づき、鋭い視線を走らせた。
後ろから別の兵士が倒れた馬を見て低く唸る。
「……やはりここにも痕跡が」
先頭の男が一歩前に出た。
男の声には威圧感がある。
「私の名はグラン、討伐隊の隊長を務める者だ。お前は何者だ?」
「マルク。……元冒険者だ。今は故郷に戻る途中だった」
グランと名乗った男は俺の顔をしばらく見て、低く問いを重ねた。
「黒布をまとった連中を見たことはあるか」
やはり、と思った。
俺は短く息を吐き、セドのことを話した。
村が襲われ、兄妹が逃れてきたこと。
カルンで彼らと出会い、しばらく一緒に過ごしたこと。
そして、あの黒布の兵士たちの存在についても。
話を聞いたグランの表情はいくらか柔らかくなった。
どうやら、こちらに敵意がないことを理解したようだ。
「……なるほど。ならばお前の情報は役に立つ。黒布の兵を追っているのは我々も同じだ」
「追っている?」
「連中は南の街道沿いで商隊を襲い、物資を奪っている。だがただの盗賊ではない。動きに組織だった規律がある」
グランの声は低く抑えられていたが、何らかの感情が宿るようだった。
「我々は明日、奴らの潜伏先を突き止め、討伐に動く。……元冒険者のマルクとやら。お前の情報は役立つだろう。同行してもらいたい」
松明の赤い光が夜の街道を照らして揺れている。
俺は倒れた馬と壊れた荷車をもう一度見た。
あの兄妹の故郷を滅ぼした連中が、今も跋扈している。
――ならば、見過ごすわけにはいかない。
「分かった。協力させてもらう」
そう口にした瞬間、胸の奥に力強い感覚が芽生えた。
別れを済ませたばかりだが、新しい戦いが待っている。
兵士たちの視線が一斉にこちらへと注がれる。
敵意ではなく、共に戦う仲間を測るような眼差しだった。
胸に去来するのは、あの兄妹に別れを告げた瞬間の寂しさと、同時に芽生えつつある責任感だ。
セドとミレアの過去を無意味にしないために、俺が果たすべき役目がある。
街道の上に夜風が吹き抜け、松明の火が揺らいだ。
炎の赤が兵士たちの甲冑に反射し、闇に浮かぶ一団はまるで戦場を前にした影のように見えた。
俺は柄に添えた手をゆっくり下ろし、深く息を吸った。
この戦いの果てに何を見ることになるのか、それはまだ分からない。
だが一歩を踏み出す覚悟だけは、もう固まっていた。
あとがき
いつもありがとうございます。この回から新章が始まります。
セドとミレアの章ではほのぼのとした雰囲気でしたが、今回の章はバトルとシリアスがメインです。
祭りの灯りはもう背後に小さく瞬いているだけで、風に乗って届いていた太鼓の音もすでに聞こえなくなっている。
俺は荷を背負い直し、闇に沈む道をひたすら歩いた。
星々の光が頼りなくも道を照らしている。
砂利を踏む音がやけに大きく耳に響いた。
こうして一人で歩いていると、脳裏に浮かぶのはカルンでの日々だった。
セドの不器用な笑い、ミレアの拗ねた顔、メルナの少し癖のある声。
その一つ一つが思い出になりつつある。
それでも振り返らないと決めた。
彼らの新しい日々を信じているからこそ、俺自身の道を歩いていくのだ。
街道に出てしばらく歩いた頃。
周囲はすっかり闇に沈み、祭りの灯りも星空の下に埋もれて見えなくなった。
時折、草むらで小動物が動く音がする程度でとても静かに感じた。
そこでふと耳に残っていた会話が去来した。
湖畔で聞いた旅人たちの話だ。
「この道でも南の方じゃ、妙な連中が出るらしい」
「黒布をまとった奴らが荷を漁ってるって噂もな」
笑い交じりに話していたが、声の底に隠れた不安を覚えている。
あれはただの噂だったのか、それとも――。
そんな思考を断ち切るように、鼻を刺す匂いが風に混じった。
焦げたような血のような、不穏な空気を伴う匂い。
俺は思わず足を止めた。
前方に視線を向けると黒い影が横たわっていた。
足早に近づいて確認したら、それは倒れた馬だった。
脚を不自然に折り曲げ、目を見開いたまま動かない。
そのすぐそばには荷車が転がっていた。
車輪は片方が砕け、荷のいくつかが地面に散らばっている。
「……盗賊にやられたのか」
荷は荒らされた跡があった。
木箱はこじ開けられ、袋は刃物で裂かれている。
ただ盗賊の仕業というには、妙だった。
箱の中身はそのまま散乱していて、金目のものだけを狙ったようには見えない。
むしろ「何かを探していた」跡のように思えた。
その場にしゃがみこんで指先で地面を探る。
新しい靴跡がいくつも残っており、形は揃っていない。
長靴のようなものもあれば、軍靴のように硬い靴底のものもある。
数は……大まかに見て十前後といったところか。
胸の奥で冷たい感覚が広がっていく。
黒布の兵士――セドの故郷を襲った一団――のことが脳裏をよぎる。
まさかカルンの近くにまで来ているのか?
とその時だった。背後から砂利を踏む音が近づいている。
反射的に剣の柄へ手を伸ばした。
俺は口を閉じたまま、薄闇に同化するように気配を潜めた。
「動くな! そこにいるのは誰だ!」
鋭い声が闇を裂いた。
声のした方向で松明の赤い光が複数揺れていた。
相手は腕が立つようで物陰に隠れる余裕がないことで、あっさりと看破されたようだった。
ぞろぞろと甲冑に身を包んだ兵士たちが街道を進んでくる。
先頭の男は背が高く、肩当てには見覚えのある紋章が刻まれていた。
「……俺は旅の者だ」
剣から手を離して、交戦の意思がないことを示す。
「怪しい者じゃない。荷車の異変に気づいて調べていた」
松明を掲げた兵士が慎重な足運びで近づき、鋭い視線を走らせた。
後ろから別の兵士が倒れた馬を見て低く唸る。
「……やはりここにも痕跡が」
先頭の男が一歩前に出た。
男の声には威圧感がある。
「私の名はグラン、討伐隊の隊長を務める者だ。お前は何者だ?」
「マルク。……元冒険者だ。今は故郷に戻る途中だった」
グランと名乗った男は俺の顔をしばらく見て、低く問いを重ねた。
「黒布をまとった連中を見たことはあるか」
やはり、と思った。
俺は短く息を吐き、セドのことを話した。
村が襲われ、兄妹が逃れてきたこと。
カルンで彼らと出会い、しばらく一緒に過ごしたこと。
そして、あの黒布の兵士たちの存在についても。
話を聞いたグランの表情はいくらか柔らかくなった。
どうやら、こちらに敵意がないことを理解したようだ。
「……なるほど。ならばお前の情報は役に立つ。黒布の兵を追っているのは我々も同じだ」
「追っている?」
「連中は南の街道沿いで商隊を襲い、物資を奪っている。だがただの盗賊ではない。動きに組織だった規律がある」
グランの声は低く抑えられていたが、何らかの感情が宿るようだった。
「我々は明日、奴らの潜伏先を突き止め、討伐に動く。……元冒険者のマルクとやら。お前の情報は役立つだろう。同行してもらいたい」
松明の赤い光が夜の街道を照らして揺れている。
俺は倒れた馬と壊れた荷車をもう一度見た。
あの兄妹の故郷を滅ぼした連中が、今も跋扈している。
――ならば、見過ごすわけにはいかない。
「分かった。協力させてもらう」
そう口にした瞬間、胸の奥に力強い感覚が芽生えた。
別れを済ませたばかりだが、新しい戦いが待っている。
兵士たちの視線が一斉にこちらへと注がれる。
敵意ではなく、共に戦う仲間を測るような眼差しだった。
胸に去来するのは、あの兄妹に別れを告げた瞬間の寂しさと、同時に芽生えつつある責任感だ。
セドとミレアの過去を無意味にしないために、俺が果たすべき役目がある。
街道の上に夜風が吹き抜け、松明の火が揺らいだ。
炎の赤が兵士たちの甲冑に反射し、闇に浮かぶ一団はまるで戦場を前にした影のように見えた。
俺は柄に添えた手をゆっくり下ろし、深く息を吸った。
この戦いの果てに何を見ることになるのか、それはまだ分からない。
だが一歩を踏み出す覚悟だけは、もう固まっていた。
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いつもありがとうございます。この回から新章が始まります。
セドとミレアの章ではほのぼのとした雰囲気でしたが、今回の章はバトルとシリアスがメインです。
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