異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家

文字の大きさ
527 / 555
マルクと討伐隊

潜伏地の影

しおりを挟む
 夜明けを告げる空の淡い青が、東の稜線にじわりとにじんでいた。
 俺たちはまだ野営地を出たばかりで、霜に濡れた草を踏みしめながら谷へと進んでいく。
 今朝の空気はずいぶんと冷えこみ、吐く息は白く漂ってすぐに消えた。

 兵たちは皆一様に口を閉じ、鎧の擦れる音だけが冷えた空気に硬く響いていた。
 緊張は隊全体を包み、誰一人として無駄口を叩こうとはしない。
 谷を満たす静けさが、逆にこちらの存在を際立たせているようで居心地が悪かった。

「前方より戻ります!」

 斥候の一人が駆けてきた。
 肩で荒く息をしながらも、顔つきは鋭く引き締まっている。
 汗のにじむ額から駆け戻る間にどれほど全力で走ったかが分かる。

「谷の奥に焚き火の跡。隠されてはいますが新しい。黒布の兵に間違いないでしょう」

 副長が眉をひそめ、すぐさま地図を広げた。
 冷たい風に紙が震える。
 兵たちの間に緊張が走り、甲冑の下で息を呑む気配が伝わってきた。
 
 俺もその図面を覗きこみ、地形を思い浮かべる。
 全体的に谷は細くなっており、両側は切り立った岩壁だ。
 陽が差し込まぬ岩の影は昼でも濃く、身を潜めるにはうってつけの場所だった。

「奴らは谷の周りを根城にしているか」

 グラン隊長が低く問う。

「ですが、不自然に足跡が途切れています。斥候をさらに進めるのは危険と判断しました」

 副長は短くうなずき、グランに視線を送る。
 グランは腕を組み、沈黙ののちに口を開いた。

「――罠だな。奴らは追手を待ち構えている」

 その言葉に兵士たちがざわめいた。
 鎧の内で息が荒くなり、手が武器の柄を握り直す音が次々と響く。
 敵が用意した舞台に自ら足を踏み入れるのは危うい。だが放置すれば、また村が襲われる可能性がある。

 自然とセドとミレアの顔が思い浮かぶ。
 夜半に炎に包まれた村で震えていたあの兄妹の姿。
 俺は唇を噛み、胸の奥に強い感情が湧いていた。

「囮役が先に進み、奴らを引き出す。本隊は迂回して背後を取る。策は変わらん」

 グランは力強く断言した。
 その声は谷に低く響き、兵たちの動揺を押し返す。
 俺は深くうなずき、胸に溜めた息を吐いた。
 すでに決意を固めていて、迷いはなかった。

 谷へ足を踏み入れた瞬間、ひやりとした気配が肌を撫でた。
 鳥のさえずりひとつなく、ただ風が岩肌を叩く音だけがこだまする。
 谷全体が息を潜めているようで、足音がやけに響いて聞こえた。
 それは緊張のせいだけではない。
 見えない視線が岩陰から突き刺さるようで、背筋に寒気が走った。

 やがて、草むらに隠された縄が視界の端に映った。

「――っ!」

 気づいた時には遅かった。
 一歩踏みこんだ瞬間、地面から仕掛けが弾け飛び、鋭い杭が斜めに飛び出した。

 咄嗟に身を翻し、肩で衝撃を受け流す。
 肩当ての一部が裂け、熱い痛みが走る。
 鉄の匂いが鼻を突き、呼吸が荒く乱れた。

「伏せろ!」

 誰かの叫び声と同時に矢の雨が頭上から降り注ぐ。
 矢羽の唸りが耳をかすめ、岩肌に突き刺さった矢が弾けて石片が飛び散った。

 岩壁の影に黒い布を巻いた兵たちが潜んでいた。
 十人……いや、それ以上。矢を弾きながら退路を探したが、
 背後からも草をかき分ける音が迫る。完全に包囲されていた。

「マルク殿!」

 副長の怒声が響く。

「耐えろ、すぐに援軍が入る!」

 歯を食いしばり、俺は剣を構えた。
 二人の兵が同時に飛びかかってくる。
 刃を受け止め、体をひねって一人を蹴り飛ばす。
 石に叩きつけられた兵が呻き声を上げる。
 もう一人の刃を紙一重でかわし、反撃の斬撃を叩きこんだ。

 その時、妙な違和感を覚えた。
 黒布の兵たちは単なる賊ではない。
 動きに無駄がなく、矢を放つ者と突撃する者の息が揃っている。
 誰かの号令があるかのような連携。

 統率された集団――。
 目の奥を冷たい感覚が通りすぎる。
 セドの故郷を襲った時も、ただの山賊にしては異様に整った動きをしていたと聞いた……あれと同じだ。

「隊長! 奴ら、指揮官がいる! ただの野盗じゃない!」

 俺の声が谷に響いた。
 次の瞬間、本隊の兵たちが側面から雪崩れこみ、鬨の声とともに槍を突き出す。
 黒布の兵がたじろぎ、乱戦となった。

 混乱の中で俺は必死に立ち回った。
 矢を避け、刃を弾き、隙を突いて敵を押し返す。
 息は荒く、腕は鉛のように重い。
 
 それでも倒れるわけにはいかない。
 直接目にしたわけではないが、セドとミレアの村を焼いた連中と同じ気配が感じられた。
 あの兄妹の涙を無駄にはできない。

「くっ、まだ粘るか……!」

 渾身の力で剣を振り抜き、迫る敵をはね飛ばす。
 血の匂いが谷に充満する……だがまだ終わらない。

 岩陰に他とは違う影が見えた。
 周囲を的確に指示し、兵を動かしている一人。
 黒布を頭から深く被った男だ。

 やはり、統率者がいる。
 その姿を視界に捉えた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
 こいつを逃がせば、またどこかで同じ惨劇が繰り返される。

 俺は息を整え、再び剣を構え直す。
 戦いはここからが本番だ。

 谷に響く金属音の中、俺は影の男を見据えて踏みこむ。
 だがすぐに数人の護衛が立ちはだかった。
 黒布の兵たちは決して乱れず、あくまで俺を足止めしようと動いている。

 一人を斬り払い、もう一人の槍を弾き飛ばす。
 だが剣筋を止めた瞬間、背後から別の刃が迫った。
 間一髪で防いだが、腕に衝撃が走り、痺れが残る。
 護衛たちの動きは連携が取れていて、俺一人では突破は難しい。

 焦燥が胸を焼いたその時、側面から副長が飛びこみ、槍を突き立てて道をこじ開けた。

「今だ、行け!」

 副長の声が響く。

 俺はうなずいて、影の男を目指して突き進んだ。
 血の匂いと怒号の中で、ただその姿だけを見失わぬように。

 黒布の兵の統率。指揮官の存在。
 それがこの戦いの核心だと、俺は直感していた。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた

黒崎隼人
ファンタジー
過労死した植物研究者が転生したのは、貧しい開拓村の少年アランだった。彼に与えられたのは、あらゆる植物を意のままに操る神スキル【絶対育成】だった。 そんな彼の元に、ある日、王都から追放されてきた「悪役令嬢」セラフィーナがやってくる。 「私があなたの知識となり、盾となりましょう。その代わり、この村を豊かにする力を貸してください」 前世の知識とチートスキルを持つ少年と、気高く理知的な元公爵令嬢。 二人が手を取り合った時、飢えた辺境の村は、やがて世界が羨む豊かで平和な楽園へと姿を変えていく。 辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。

土属性を極めて辺境を開拓します~愛する嫁と超速スローライフ~

にゃーにゃ
ファンタジー
「土属性だから追放だ!」理不尽な理由で追放されるも「はいはい。おっけー」主人公は特にパーティーに恨みも、未練もなく、世界が危機的な状況、というわけでもなかったので、ササッと王都を去り、辺境の地にたどり着く。 「助けなきゃ!」そんな感じで、世界樹の少女を襲っていた四天王の一人を瞬殺。 少女にほれられて、即座に結婚する。「ここを開拓してスローライフでもしてみようか」 主人公は土属性パワーで一瞬で辺境を開拓。ついでに魔王を超える存在を土属性で作ったゴーレムの物量で圧殺。 主人公は、世界樹の少女が生成したタネを、育てたり、のんびりしながら辺境で平和にすごす。そんな主人公のもとに、ドワーフ、魚人、雪女、魔王四天王、魔王、といった亜人のなかでも一際キワモノの種族が次から次へと集まり、彼らがもたらす特産品によってドンドン村は発展し豊かに、にぎやかになっていく。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

転生したみたいなので異世界生活を楽しみます

さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… 沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。 誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。 感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

元・神獣の世話係 ~神獣さえいればいいと解雇されたけど、心優しいもふもふ神獣は私についてくるようです!~

草乃葉オウル ◆ 書籍発売中
ファンタジー
黒き狼の神獣ガルーと契約を交わし、魔人との戦争を勝利に導いた勇者が天寿をまっとうした。 勇者の養女セフィラは悲しみに暮れつつも、婚約者である王国の王子と幸せに生きていくことを誓う。 だが、王子にとってセフィラは勇者に取り入るための道具でしかなかった。 勇者亡き今、王子はセフィラとの婚約を破棄し、新たな神獣の契約者となって力による国民の支配を目論む。 しかし、ガルーと契約を交わしていたのは最初から勇者ではなくセフィラだったのだ! 真実を知って今さら媚びてくる王子に別れを告げ、セフィラはガルーの背に乗ってお城を飛び出す。 これは少女と世話焼き神獣の癒しとグルメに満ちた気ままな旅の物語!

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

転生能無し少女のゆるっとチートな異世界交流

犬社護
ファンタジー
10歳の祝福の儀で、イリア・ランスロット伯爵令嬢は、神様からギフトを貰えなかった。その日以降、家族から【能無し・役立たず】と罵られる日々が続くも、彼女はめげることなく、3年間懸命に努力し続ける。 しかし、13歳の誕生日を迎えても、取得魔法は1個、スキルに至ってはゼロという始末。 遂に我慢の限界を超えた家族から、王都追放処分を受けてしまう。 彼女は悲しみに暮れるも一念発起し、家族から最後の餞別として貰ったお金を使い、隣国行きの列車に乗るも、今度は山間部での落雷による脱線事故が起きてしまい、その衝撃で車外へ放り出され、列車もろとも崖下へと転落していく。 転落中、彼女は前世日本人-七瀬彩奈で、12歳で水難事故に巻き込まれ死んでしまったことを思い出し、現世13歳までの記憶が走馬灯として駆け巡りながら、絶望の淵に達したところで気絶してしまう。 そんな窮地のところをランクS冒険者ベイツに助けられると、神様からギフト《異世界交流》とスキル《アニマルセラピー》を貰っていることに気づかされ、そこから神鳥ルウリと知り合い、日本の家族とも交流できたことで、人生の転機を迎えることとなる。 人は、娯楽で癒されます。 動物や従魔たちには、何もありません。 私が異世界にいる家族と交流して、動物や従魔たちに癒しを与えましょう!

処理中です...