異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家

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マルクと討伐隊

潜伏地の影

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 夜明けを告げる空の淡い青が、東の稜線にじわりとにじんでいた。
 俺たちはまだ野営地を出たばかりで、霜に濡れた草を踏みしめながら谷へと進んでいく。
 今朝の空気はずいぶんと冷えこみ、吐く息は白く漂ってすぐに消えた。

 兵たちは皆一様に口を閉じ、鎧の擦れる音だけが冷えた空気に硬く響いていた。
 緊張は隊全体を包み、誰一人として無駄口を叩こうとはしない。
 谷を満たす静けさが、逆にこちらの存在を際立たせているようで居心地が悪かった。

「前方より戻ります!」

 斥候の一人が駆けてきた。
 肩で荒く息をしながらも、顔つきは鋭く引き締まっている。
 汗のにじむ額から駆け戻る間にどれほど全力で走ったかが分かる。

「谷の奥に焚き火の跡。隠されてはいますが新しい。黒布の兵に間違いないでしょう」

 副長が眉をひそめ、すぐさま地図を広げた。
 冷たい風に紙が震える。
 兵たちの間に緊張が走り、甲冑の下で息を呑む気配が伝わってきた。
 
 俺もその図面を覗きこみ、地形を思い浮かべる。
 全体的に谷は細くなっており、両側は切り立った岩壁だ。
 陽が差し込まぬ岩の影は昼でも濃く、身を潜めるにはうってつけの場所だった。

「奴らは谷の周りを根城にしているか」

 グラン隊長が低く問う。

「ですが、不自然に足跡が途切れています。斥候をさらに進めるのは危険と判断しました」

 副長は短くうなずき、グランに視線を送る。
 グランは腕を組み、沈黙ののちに口を開いた。

「――罠だな。奴らは追手を待ち構えている」

 その言葉に兵士たちがざわめいた。
 鎧の内で息が荒くなり、手が武器の柄を握り直す音が次々と響く。
 敵が用意した舞台に自ら足を踏み入れるのは危うい。だが放置すれば、また村が襲われる可能性がある。

 自然とセドとミレアの顔が思い浮かぶ。
 夜半に炎に包まれた村で震えていたあの兄妹の姿。
 俺は唇を噛み、胸の奥に強い感情が湧いていた。

「囮役が先に進み、奴らを引き出す。本隊は迂回して背後を取る。策は変わらん」

 グランは力強く断言した。
 その声は谷に低く響き、兵たちの動揺を押し返す。
 俺は深くうなずき、胸に溜めた息を吐いた。
 すでに決意を固めていて、迷いはなかった。

 谷へ足を踏み入れた瞬間、ひやりとした気配が肌を撫でた。
 鳥のさえずりひとつなく、ただ風が岩肌を叩く音だけがこだまする。
 谷全体が息を潜めているようで、足音がやけに響いて聞こえた。
 それは緊張のせいだけではない。
 見えない視線が岩陰から突き刺さるようで、背筋に寒気が走った。

 やがて、草むらに隠された縄が視界の端に映った。

「――っ!」

 気づいた時には遅かった。
 一歩踏みこんだ瞬間、地面から仕掛けが弾け飛び、鋭い杭が斜めに飛び出した。

 咄嗟に身を翻し、肩で衝撃を受け流す。
 肩当ての一部が裂け、熱い痛みが走る。
 鉄の匂いが鼻を突き、呼吸が荒く乱れた。

「伏せろ!」

 誰かの叫び声と同時に矢の雨が頭上から降り注ぐ。
 矢羽の唸りが耳をかすめ、岩肌に突き刺さった矢が弾けて石片が飛び散った。

 岩壁の影に黒い布を巻いた兵たちが潜んでいた。
 十人……いや、それ以上。矢を弾きながら退路を探したが、
 背後からも草をかき分ける音が迫る。完全に包囲されていた。

「マルク殿!」

 副長の怒声が響く。

「耐えろ、すぐに援軍が入る!」

 歯を食いしばり、俺は剣を構えた。
 二人の兵が同時に飛びかかってくる。
 刃を受け止め、体をひねって一人を蹴り飛ばす。
 石に叩きつけられた兵が呻き声を上げる。
 もう一人の刃を紙一重でかわし、反撃の斬撃を叩きこんだ。

 その時、妙な違和感を覚えた。
 黒布の兵たちは単なる賊ではない。
 動きに無駄がなく、矢を放つ者と突撃する者の息が揃っている。
 誰かの号令があるかのような連携。

 統率された集団――。
 目の奥を冷たい感覚が通りすぎる。
 セドの故郷を襲った時も、ただの山賊にしては異様に整った動きをしていたと聞いた……あれと同じだ。

「隊長! 奴ら、指揮官がいる! ただの野盗じゃない!」

 俺の声が谷に響いた。
 次の瞬間、本隊の兵たちが側面から雪崩れこみ、鬨の声とともに槍を突き出す。
 黒布の兵がたじろぎ、乱戦となった。

 混乱の中で俺は必死に立ち回った。
 矢を避け、刃を弾き、隙を突いて敵を押し返す。
 息は荒く、腕は鉛のように重い。
 
 それでも倒れるわけにはいかない。
 直接目にしたわけではないが、セドとミレアの村を焼いた連中と同じ気配が感じられた。
 あの兄妹の涙を無駄にはできない。

「くっ、まだ粘るか……!」

 渾身の力で剣を振り抜き、迫る敵をはね飛ばす。
 血の匂いが谷に充満する……だがまだ終わらない。

 岩陰に他とは違う影が見えた。
 周囲を的確に指示し、兵を動かしている一人。
 黒布を頭から深く被った男だ。

 やはり、統率者がいる。
 その姿を視界に捉えた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
 こいつを逃がせば、またどこかで同じ惨劇が繰り返される。

 俺は息を整え、再び剣を構え直す。
 戦いはここからが本番だ。

 谷に響く金属音の中、俺は影の男を見据えて踏みこむ。
 だがすぐに数人の護衛が立ちはだかった。
 黒布の兵たちは決して乱れず、あくまで俺を足止めしようと動いている。

 一人を斬り払い、もう一人の槍を弾き飛ばす。
 だが剣筋を止めた瞬間、背後から別の刃が迫った。
 間一髪で防いだが、腕に衝撃が走り、痺れが残る。
 護衛たちの動きは連携が取れていて、俺一人では突破は難しい。

 焦燥が胸を焼いたその時、側面から副長が飛びこみ、槍を突き立てて道をこじ開けた。

「今だ、行け!」

 副長の声が響く。

 俺はうなずいて、影の男を目指して突き進んだ。
 血の匂いと怒号の中で、ただその姿だけを見失わぬように。

 黒布の兵の統率。指揮官の存在。
 それがこの戦いの核心だと、俺は直感していた。
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