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静寂の町に潜む闇
バラムへの帰還
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翌朝、町の門へ向かって歩いていた。
まだ日の出から時間が浅いため、石畳には昨夜の冷えが残っている。
背中には軽くまとめた荷、手綱を握れば馬が鼻を鳴らした。
残る道のりはバラムへ戻るだけだとしても、澄んだ空気の中を歩くのは心地よいものだった。
門前では兵士が交代の準備をしており、俺に気づいて声をかけてくる。
「昨日の件、礼を言う。助かったよ」
「いえ、たまたま通りかかっただけなので。これからは見逃さないように頼みます」
兵士は苦笑し、肩をすくめた。
「そう言ってくれるな。正直なところ、人手が足りんのだ。気をつけてな」
軽く手を上げて応じて門をくぐった。
後ろに残る町の喧騒が次第に小さくなり、やがて街道の静けさが耳に戻ってくる。
広い空、朝の光を浴びる畑、遠くにかすむ丘。
馬の足音が規則正しく響き、背筋に伸びやかな感覚が戻ってきた。
「……やっぱり旅の道は悪くないな」
そうつぶやきながらも、心の奥には引っかかりが残っていた。
昨夜耳にした言葉――リブラ周辺の治安悪化。
それが事実であるならば、商人や旅人を狙う野盗がさらに増える可能性もある。
この辺りからランス王国までは近い距離にあるため、リブラから離れているのは不幸中の幸いと呼べるのかもしれない。
俺は手綱を握り直して、注意深く辺りに視線を配った。
ここまでの道中のように気を緩めての移動は難しそうだ。
街道は緩やかな丘陵を抜け、川沿いの平野へと続いていた。
朝の霧が溶けていくにつれ、景色は鮮やかさを増し、野花の香りが風に乗って流れてくる。
小鳥の群れが枝を揺らし、遠くでは農夫たちが畑を耕している姿が見えた。
平和そのものの光景だが、胸の奥に残る不安は完全には消えない。
やがて昼をすぎると旅人や荷車の姿がまばらに見え始める。
家族連れが荷を積んだ車を押し、行商人らしき男が背中に大きな袋を担いで歩いていた。
彼らの顔には緊張の色が浮かんでいるように見えた。
状況が状況だけに、もしかしてと思った。
「近ごろ物騒らしいですね」
俺が声をかけると、通りがかった男は困ったような笑みを浮かべて頷いた。
「ええ、昨日も南の道で野盗が出たそうな。幸い兵士が駆けつけたそうですが……。旅をする者にとっては気が抜けませんよ」
どうやら、噂は本当らしい。
ただ、今日のところは道も静かで怪しい影は見当たらない。
とはいえ、緊張が完全に解けることはなかった。
人々が背負っている不安を、俺も同じように抱えているのだろうか。
午後になると空は赤みを帯び、陽は西へ傾いていった。
風が冷えを増し、道の端には長い影が落ちる。
途中、野営の準備を始める旅人たちの姿があったが、俺は足を止めず進み続けた。
できるだけ今日中に、馴染みの町へ辿り着きたい。
馬の歩みを少し早め、ひたすら街道を進む。
やがて遠くに馴染みの町並みが見え始めた時、胸の奥にようやく安堵が広がった。
「……帰ってきたな」
自然とそんな声が出て、その響きがどこか懐かしく耳に残った。
リリアたちとエスタンブルクに向かったのは、ダークエルフのラーニャに協力するためだった。
当初の目的を果たせたので、あの日の選択は間違いではなかった。
バラムの町へ入った時には日が沈みかけてい。
見上げた空には宵の明星が輝いていた。
通りを行き交う人影は少なく、ほとんどの店は閉店しており、市場も閉まっている。
日中の喧騒を知っているだけに、ひっそりとした静けさがかえって落ち着きを与えてくれる。
焼肉屋のある通りも眠っているかのように静かだった。
俺は馬を連れて付き合いのある厩舎へ向かった。
顔なじみの老人が出迎え、柔らかい表情で目を細める。
「おやまあ、マルクじゃないか。無事に戻ったのかい」
「長旅から戻ったところです。俺では世話をしきれないので、この馬を譲ります」
「ほう、それはありがたい。大事に使わせてもらうよ」
馬の首筋を軽く撫で、別れを告げる。
こうしておけば、譲ってくれたグランたちも満足してくれるはずだ。
長旅を支えてくれた相棒に感謝をこめ、歩いて町の中心へ向かった。
歩き慣れた石畳を進むうち、胸の奥に不思議な温かさがこみ上げてくる。
冒険の道、戦い、薬草店での経験、そして仲間たちとの出会いと別れ――それらすべてが頭をよぎった。
気づけば歩みは自然とゆるみ、懐かしい匂いの漂う風に足を止めそうになる。
それでも、早く家の扉を開けたいという気持ちが勝っていた。
やがて角を曲がったところで、見慣れた家が現れた。
俺がバラムで住んでいる家だ。
玄関前に年配の男性がほうきを手に立っていた。
旅の間に留守を任せていた管理人だ。
「おかえりなさい、マルクさん」
男は柔らかく笑みを浮かべる。
「ちょうど掃除を終えたところでしてね。簡単な掃除をしておきました。すぐお休みになれると思います」
俺は足を止め、思わず息をついた。
さりげない気遣いに心が温かくなる。
「……助かります。長旅で身体を休めたかったところなので」
鍵を受け取り、玄関を開けると懐かしい匂いが鼻をくすぐった。
木の床の香り、長く閉じられていた空気に混じる部屋の匂い。
それは確かに俺の帰る場所の匂いだった。
荷を床に下ろし、背中を伸ばす。
外の不安も治安の悪化の噂も、この瞬間だけは遠くに感じる。
帰ってきたのだ――そう実感しながら家の中へと足を踏み入れた。
あとがき
ファンタジー小説大賞で投票してくださった皆様、ありがとうございます。
もし、投票回数が残っている方がいらしたら、ご投票いただけたらありがたいです。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
まだ日の出から時間が浅いため、石畳には昨夜の冷えが残っている。
背中には軽くまとめた荷、手綱を握れば馬が鼻を鳴らした。
残る道のりはバラムへ戻るだけだとしても、澄んだ空気の中を歩くのは心地よいものだった。
門前では兵士が交代の準備をしており、俺に気づいて声をかけてくる。
「昨日の件、礼を言う。助かったよ」
「いえ、たまたま通りかかっただけなので。これからは見逃さないように頼みます」
兵士は苦笑し、肩をすくめた。
「そう言ってくれるな。正直なところ、人手が足りんのだ。気をつけてな」
軽く手を上げて応じて門をくぐった。
後ろに残る町の喧騒が次第に小さくなり、やがて街道の静けさが耳に戻ってくる。
広い空、朝の光を浴びる畑、遠くにかすむ丘。
馬の足音が規則正しく響き、背筋に伸びやかな感覚が戻ってきた。
「……やっぱり旅の道は悪くないな」
そうつぶやきながらも、心の奥には引っかかりが残っていた。
昨夜耳にした言葉――リブラ周辺の治安悪化。
それが事実であるならば、商人や旅人を狙う野盗がさらに増える可能性もある。
この辺りからランス王国までは近い距離にあるため、リブラから離れているのは不幸中の幸いと呼べるのかもしれない。
俺は手綱を握り直して、注意深く辺りに視線を配った。
ここまでの道中のように気を緩めての移動は難しそうだ。
街道は緩やかな丘陵を抜け、川沿いの平野へと続いていた。
朝の霧が溶けていくにつれ、景色は鮮やかさを増し、野花の香りが風に乗って流れてくる。
小鳥の群れが枝を揺らし、遠くでは農夫たちが畑を耕している姿が見えた。
平和そのものの光景だが、胸の奥に残る不安は完全には消えない。
やがて昼をすぎると旅人や荷車の姿がまばらに見え始める。
家族連れが荷を積んだ車を押し、行商人らしき男が背中に大きな袋を担いで歩いていた。
彼らの顔には緊張の色が浮かんでいるように見えた。
状況が状況だけに、もしかしてと思った。
「近ごろ物騒らしいですね」
俺が声をかけると、通りがかった男は困ったような笑みを浮かべて頷いた。
「ええ、昨日も南の道で野盗が出たそうな。幸い兵士が駆けつけたそうですが……。旅をする者にとっては気が抜けませんよ」
どうやら、噂は本当らしい。
ただ、今日のところは道も静かで怪しい影は見当たらない。
とはいえ、緊張が完全に解けることはなかった。
人々が背負っている不安を、俺も同じように抱えているのだろうか。
午後になると空は赤みを帯び、陽は西へ傾いていった。
風が冷えを増し、道の端には長い影が落ちる。
途中、野営の準備を始める旅人たちの姿があったが、俺は足を止めず進み続けた。
できるだけ今日中に、馴染みの町へ辿り着きたい。
馬の歩みを少し早め、ひたすら街道を進む。
やがて遠くに馴染みの町並みが見え始めた時、胸の奥にようやく安堵が広がった。
「……帰ってきたな」
自然とそんな声が出て、その響きがどこか懐かしく耳に残った。
リリアたちとエスタンブルクに向かったのは、ダークエルフのラーニャに協力するためだった。
当初の目的を果たせたので、あの日の選択は間違いではなかった。
バラムの町へ入った時には日が沈みかけてい。
見上げた空には宵の明星が輝いていた。
通りを行き交う人影は少なく、ほとんどの店は閉店しており、市場も閉まっている。
日中の喧騒を知っているだけに、ひっそりとした静けさがかえって落ち着きを与えてくれる。
焼肉屋のある通りも眠っているかのように静かだった。
俺は馬を連れて付き合いのある厩舎へ向かった。
顔なじみの老人が出迎え、柔らかい表情で目を細める。
「おやまあ、マルクじゃないか。無事に戻ったのかい」
「長旅から戻ったところです。俺では世話をしきれないので、この馬を譲ります」
「ほう、それはありがたい。大事に使わせてもらうよ」
馬の首筋を軽く撫で、別れを告げる。
こうしておけば、譲ってくれたグランたちも満足してくれるはずだ。
長旅を支えてくれた相棒に感謝をこめ、歩いて町の中心へ向かった。
歩き慣れた石畳を進むうち、胸の奥に不思議な温かさがこみ上げてくる。
冒険の道、戦い、薬草店での経験、そして仲間たちとの出会いと別れ――それらすべてが頭をよぎった。
気づけば歩みは自然とゆるみ、懐かしい匂いの漂う風に足を止めそうになる。
それでも、早く家の扉を開けたいという気持ちが勝っていた。
やがて角を曲がったところで、見慣れた家が現れた。
俺がバラムで住んでいる家だ。
玄関前に年配の男性がほうきを手に立っていた。
旅の間に留守を任せていた管理人だ。
「おかえりなさい、マルクさん」
男は柔らかく笑みを浮かべる。
「ちょうど掃除を終えたところでしてね。簡単な掃除をしておきました。すぐお休みになれると思います」
俺は足を止め、思わず息をついた。
さりげない気遣いに心が温かくなる。
「……助かります。長旅で身体を休めたかったところなので」
鍵を受け取り、玄関を開けると懐かしい匂いが鼻をくすぐった。
木の床の香り、長く閉じられていた空気に混じる部屋の匂い。
それは確かに俺の帰る場所の匂いだった。
荷を床に下ろし、背中を伸ばす。
外の不安も治安の悪化の噂も、この瞬間だけは遠くに感じる。
帰ってきたのだ――そう実感しながら家の中へと足を踏み入れた。
あとがき
ファンタジー小説大賞で投票してくださった皆様、ありがとうございます。
もし、投票回数が残っている方がいらしたら、ご投票いただけたらありがたいです。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
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