異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家

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リブラとフレヤ

シリルの成長

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 自分の店に戻ってから数日が過ぎた。
 バラムの町は表向き穏やかだが、行き交う人々の口にのぼる噂の端々に、どこか落ち着かない気配を感じるようになった。
 今の時点では行商人を中心に話題になる程度で収まっている。
 それでも、リブラの窮状に伴う治安の悪化が懸念される状況だった。

 俺は朝早くから焼肉屋に顔を出し、いつものように掃除や仕込みを手伝っていた。
 フレヤとシリルが日々しっかり動いてくれているおかげで、店は思った以上に順調だ。
 客足も絶えず、むしろ俺がいない間に常連が増えているくらいだと聞かされた。
 この店の店主として、とても喜ばしいことだった。

 しかし一方で、厨房の隅で野菜を刻むフレヤの背中を見ていると、どうにも心が晴れない。
 彼女の手つきは正確そのもので笑顔も以前と変わらない。
 だがふとした瞬間に影が差すことに、見て見ぬふりをできなかった。

「……リブラのこと、気にならないのか?」

 思い切って言葉にすると、フレヤは包丁を握る手を止めた。
 わずかな間があった後、こちらに視線を向けた。
 その表情は予想したよりも落ち着いたものだった。

「もちろん気にはなるよ。でも、大丈夫。うちにはルカがいるから」

 久しぶりに耳にする名だった。
 ルカと遺跡調査をしていた時のことを思い返す。

 腕の立つ護衛でフレヤの家に仕える信頼厚い存在と言える。
 それもあってか、彼女は自分に言い聞かせるように「大丈夫」と話したように聞こえた。

「……そうか」

 俺はそれ以上追及しなかった。
 人の心配をすることはあっても、無理に踏みこむのは違う。
 相手が平気だと言うなら、その意思を尊重したい。

 何となくフレヤを気遣うような状態のまま、その日はすぎていった。


 そして翌朝のことだった。
 開店準備の最中、シリルに呼び止められた。
 何ごとかと思うと、彼はまっすぐな眼差しを見せていた。

「マルクさん。店のことは任せてください。僕はやっていけます」

 その声音に迷いはなかった。
 かつて頼りなげに見えた青年が、いつの間にか店を支える柱の一つになっている。
 頼もしく思うと同時に、胸の奥が温かくなる。
 さらにシリルは仕こみ中のエプロンを軽く払って言葉を続けた。

「前はやらなきゃいけないことをやるだけで精一杯でした。でも、今は違います。どうすれば店が回るか、自分でも考えられるようになりました。だから――心配せずに任せてください」

 その自信に満ちた声を聞いて、思わず目を細めた。
 人はこれほどまでに変化するものかと。

 ちょうどその時、扉が開いて一人の女性が入ってきた。
 柔らかな栗色の髪をまとめ、きびきびとした所作で頭を下げる。

「今日からこちらでお世話になります。エミナと申します」

「……ええと、どちら様?」

 戸惑いながらたずねると、エミナは穏やかな口調で説明を始めた。

 彼女はパメラの喫茶店で働いていたスタッフだった。
 パメラは今やバラムの人気店を切り盛りする経営者で、人気のアフタヌーンティーは貴族や商人の間でも評判が高い。
 その店で働いていたということは、経験も実力も折り紙つきということだ。
 状況が理解できてくると頼もしい助っ人が来たことを実感した。

 エミナが説明を終えてから、シリルが補うように言葉を添える。

「以前から話していたところで、パメラさんから推薦がありました。エミナさんなら間違いないと」

 実際、エミナの手際を見れば一目瞭然だった。
 道具の置き場を確認するとすぐに作業に取りかかり、二人分の動きを一人でこなしていた。
 それから開店の時間を迎えて、早速エミナのお手並み拝見ということになった。

 結論から言えば、彼女の動きは完璧だった。
 むしろ俺たちが見習うべきところもいくつかあった。
 焼肉屋のようにカジュアルな店にしてはかしこまった部分はありつつも、お手本のような対応に俺やフレヤは目を見張るばかりだった。

 客足が落ちついたところで、エミナに声をかけた。

「パメラさんが推すだけのことはありますね。よかったら、今後もお願いします」
 
「恐縮です。パメラさんに勧められて来たからには、中途半端なことはできません」

 その言葉に嘘はなかった。
 エミナはこの店の一員としてすぐになじんで、シリルと並んで頼もしい姿を見せていた。
 新しい風が吹きこむように、店の空気が明るくなるような予感がした。

 そんな店の様子を眺めながら、ふと考えが変化していることに気づいた。
 二人がいれば任せられる。
 俺がいなくても、この店はちゃんと回る。
 それに成長し続けていくだろう。

 その日の夕方。
 フレヤは仕入れの帰りに一通の手紙を受け取った。
 彼女が封を切ると、父ブラスコの筆跡で書かれた言葉が並んでいた。
 
 読み終えたフレヤの横顔は、わずかに震えていた。
 どうやら書かれていたのはリブラ国内の騒乱に触れつつも、「どうにか耐えている」「自分に任せてほしい」という主旨をにじませるものだったようだ。

 それから俺が声をかけようとすると、フレヤは先に切り出した。

「マルク……お願いがあるの」

 まっすぐな瞳で俺を見る。
 強がりも隠しごともない、素顔のフレヤの眼差しだった。

「一緒にリブラへ行ってほしい。父さんを……商会を支えたいの。私一人じゃ、心許ないから」

 その声に迷いはなかった。
 時間をかけて結論に至ったのだろう。

 俺は少しだけ目を閉じて、深く息をついた。
 この店を大切に思う気持ちと、彼女を支えたい思い。
 その二つが大きな意味を持ち、やがて一つに溶けていく。

「分かった。行こう、フレヤ」

 そう答えた時、彼女の表情に安堵の笑みが浮かんだ。
 すると店の奥から、頃合いを見計らうようにシリルが声をかけてきた。

「だから言ったでしょう、任せてくださいって。僕とエミナさんで、店を切り盛りしますから」

 シリルの言葉に、俺はもう迷わなかった。
 守るべきものはここに残る。
 けれど、支えるべきものは遠い異国にある。

 夜の帳が降り始めたバラムの空の下、俺はフレヤと共に歩き出す未来を思い描いていた。
 リブラ――彼女の故郷。
 そこで待ち受ける騒乱がどんな困難をもたらすのかは分からない。
 だが、大切な彼女のために力になりたいと思った。

 守るべき仲間と場所を胸に刻みながら、俺は固く誓った。
 必ずフレヤの傍らに立ち、彼女の歩む道を支えると。


 あとがき
 ファンタジー小説大賞へのご協力ありがとうございました。
 おかげさまで目標としていた順位以上で終えることができそうです。
 今月はコンテストに合わせて毎日更新を続けていました。
 一週間ほどお休みをいただいて、この続きは10月6日(月)に更新します。
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