異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家

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リブラとフレヤ

ブラスコの誓い

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「心配かけて、ごめんなさい。でも……放っておけなかった」

 フレヤは涙をこらえて笑った。
 ブラスコは一瞬、目を伏せてから、深く息を吐いた。

「ううん、謝らないで。フレヤちゃんが来てくれたことがどれほど心強いか……」

「ここまでたどりつくのは容易じゃありませんでした。聞いていた以上に、リブラは厳しい状況ですね……」

「婿殿……いや、マルク殿の胆力は期待通り。こんな状況なのによく来てくれた」

 軽く笑いながらも、その声には疲労がにじんでいた。
 広間の隅では兵たちが武具を修理し、治療者が負傷した者を手当てしている。
 包帯の白さだけが、灰色の空間の中で浮かび上がっていた。

 どう見ても楽観できる要素はないが、「……それで状況は?」とたずねた。

 ブラスコは地図を指でなぞる。

「ここが西の城門。ガラン派が包囲してる。城壁は厚いが、補給路を完全に断たれた。物資はあと数日で底をつく。 ルカが前線を押さえてくれてるが、敵の数は多い。ガラン本人は姿を見せず、前線の兵士が勝手に暴れてる」

 ブラスコはいつもよりかしこまった口調だった。
 悲しげにもうんざりしたようにも見える。

「ルカさんが……前線で?」

「ご存知の通り、普段はわしの護衛だけどね。今はそうも言ってられん。あいつがいなきゃ、とっくに防衛線は崩れてたよ」

 ブラスコの声はどこか遠くを見るような目をしていた。
 地図の上には幾つもの赤い印が記され、ほとんどの補給路が「×」で塗りつぶされていた。
 俺は乾いた喉を鳴らす。これでは、あと数日ももたない。

 外では火の粉が夜空に舞い、遠くで爆ぜるような音が響いた。
 誰かが叫び、次に歓声が上がる。勝敗が刻一刻と変わる戦況。
 それでもこの城の中では、リブラを守ろうとする熱が感じられた。

 と、その時だった。
 何かの振動が城の天井を揺らした。
 爆発や衝撃音はなく、戸惑いながら数人で音のした方へ向かう。 

「……飛竜?」

 屋上に近づいたところで、フレヤが声を上げた。
 甲高い鳴き声とともに天井の崩れた部分から影が差しこんだ。
 一頭の飛竜が舞い降り、その背に人影があった。
 ドワーフ特有の頑強な身体つきに特注品の装備――。
 それは見覚えのある男だった。

「もしかして、ジョゼフさん?」

 そうつぶやきながら、仲間たちと屋上に向かった。
 俺たちと向かい合った瞬間、男は飛竜から飛び降りた。
 急いでここへ来たかのように、額には汗が浮かんでいる。
 商売人特有の笑みを浮かべて、こちらに声をかけた。

「おお、いつかの青年。覚えててくれたか。ドラゴンの話をして以来か」

「ええ、覚えてますとも。久しぶりです」

 そこでブラスコが歩み寄り、懐かしそうに目を細めた。

「ジョゼフか……ずいぶん久しい。どうした、命知らずな真似を」

「命知らずで済むなら安いもんですよ。――さて、ブラスコ殿。朗報を届けに来た」

 ジョゼフは引き締まった表情を見せる。
 その様子に反応して、俺と仲間たちはジョゼフに視線を注いだ。

「ランス王国の精鋭が、こちらに向かっている。ベルンの調査をしていたランスの調査団にリブラの窮状を伝えた。彼らは調査団から精鋭を編成して、モルネアを経由してリブラへ向かおうとしている」

 その言葉に周囲の人たちがざわめいた。
 ブラスコは息を呑み、フレヤが目を見開く。

「援軍が……? 本当に?」

「間違いない。ランスはベルンの件があってから、騒乱に敏感になっている。各地でリブラのことは噂になっていたし、どのみち人を派遣するつもりだったんだろう」

 そう言って、ジョゼフは帽子を脱ぎ、額の汗を拭った。
 いくらか疲れをにじませているが、やるべきことをしたという手ごたえが窺えるような様子だった。

「……まさか、伝えてくれたのか?」

 ブラスコの声が震えた。
 感極まる旧友に応じるようにジョゼフはしっかりとうなずく。

「この身はどの国にも属さねぇが、あんたとは長い付き合いだ。今でもレア食材に興味を示してくれたことは覚えている。そんな男を放っておけるわけがないだろう」

 屋上に静寂が広がっていく。
 誰もが息を呑んでいた。
 ブラスコはゆっくりと歩み寄り、ジョゼフの肩を叩いた。

「……よく知らせてくれた。この恩はいずれ返す」

 ジョゼフは照れくさそうに笑い、飛竜の翼を撫でた。
 その動きはどこか優しく、戦場に似つかわしくない温もりを帯びていた。

「ただし、到着まで時間がかかる。ガランどもに包囲されたままじゃ、精鋭が来ても中に入れねぇ。持ちこたえなきゃ意味がない」

「うん、もちろんだな」

 ブラスコは拳を強く握り、その声には自信がみなぎっている。
 再会した時は疲労困憊に見えたが、その目には光が戻ったように見えた。

「じゃあな。さすらいの身はこの辺で去るとする」

「危機を乗り越えて、必ずリブラを再興する。その時はまた会おう」

「ふん、達者でな」

 ジョゼフは満足げに笑みを浮かべると、飛竜に乗って屋上から去っていった。
 立ちのぼるいくつもの煙をかわして、羽ばたいた竜の背が遠ざかる。

 ブラスコは大柄な体格から想像もつかない軽やかさで反転した。
 そして、来た道を戻って先ほどの広間に向かっていく。
 俺とフレヤ、それにリブラの人たちは慌ててその背中を追った。

「――よく聞け!」

 ブラスコが声を張り上げ、広間に響かせる。
 覇気を取り戻した姿に導かれるように、居合わせる全員が目を向けた。

 「ランス王国の援軍が来る! だが、彼らが到着するまで、我々がこの城を守らねばならん! 戦うことを恐れるでない!」

 その声にほぼ全員が顔を上げた。
 あちこちから歓声がいくつも重なり、長い沈黙を破るように広間を震わせた。
 疲弊した兵の目にも、再び活力が戻っている。

 フレヤは父の隣に立ち、まっすぐ前を見据える。

「私も戦います。リブラのために。あなたが守ってきたものを、私も守りたい」

 その声ははっきりとした響きがあり、芯の強さをにじませるものだった。

「……フレヤちゃん」

 ブラスコは娘を見つめ、言葉を詰まらせた。

「すっかり、大きくなっちゃって。もう、わしが守るだけじゃないか」

 ブラスコはそっと手を伸ばして、己の娘の肩にそっと触れた。
 その手の震えが、この状況の重さと尊さを物語っていた。

 俺は静かに剣を収めて一礼した。
 リブラが正式な王国でなかったとしても、ブラスコはこの国の代表なのだ。

「俺も力を尽くします。守るべきもののために」

「心強い。――マルク殿、フレヤちゃんを頼むね」

「ええ。必ず」

 その瞬間、外から再び轟音が響いた。
 遠くからルカの声が聞こえた気がする。
 守りの火蓋が、もう一度切られたのだ。

 ブラスコは地図の上に拳を置き、低くつぶやいた。
 今までに見せたことのない、貫禄がにじみ出ている。

「援軍が来るまで、たとえ一人になっても、民を守るために――それがわしの誓いだ」

 乾いた風が吹きこみ、炎の明かりが揺れた。
 希望の灯が、ようやく瞬き始めた。
 移動中の精鋭が合流するまで、持ちこたえる必要がある。
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