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調査隊との出会い
5.落合邸の状況
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ソファーに座ったまま窓の外を眺めていると、コーヒーのいい香りが漂ってきた。
どうやら、落合さんがドリップコーヒーを淹れているようだ。
それから少しして両手にマグカップを手にした落合さんがやってきた。
「ミルクと砂糖はいらなかったよね?」
落合さんはマグカップを丸形のテーブルに置いてそんなことを口にした。
「そうです。覚えていてもらってうれしいです」
「ははっ、小木くんとは何年か一緒に働いたから」
落合さんは力なく笑い、さあどうぞとコーヒーを勧めてくれた。
私はマグカップを口につけた後、緊張で肩に力が入るのを感じながらたずねた。
「そういえば、奥さんと娘さんは?」
「妻はパートの出勤日で、加菜は祖父母のところへ遊びに出ているよ」
「……そうですか」
ライターとして色んな場面に遭遇しているが、判断に困る状況に慣れているわけではない。
あらかじめ事情を分かっていたとしても、かつての同僚と話すのに空気が重たい。
居心地の悪さに身じろぎしつつ、本題に触れない限り話は前に進みそうにないと腹を括った。
「よかったら、電話で話した件について教えてもらってもいいですか?」
落合さんはどこかぼんやりしているように見えたが、質問を投げかけるとハッとした表情になって目を見開いた。
彼のそんな様子を見るのは初めてのことだった。
「あんまり気が進まないんだけどね……。実際に見てもらった方が早いかもしれない」
私はその言葉に反応を返せずにいた。
オカルトめいたものを信じていないとはいえ、落合さんをここまで疲弊させる「何か」に緊張感を覚えているのだ。
「まあでも、コーヒーを飲んでからにしよう。来客用にしまっておいた高級品なんだ。冷めてしまったら味が落ちるから」
「……はい」
それからコーヒーを飲みながら落合さんと話したものの、集中が散漫になって会話の内容が入ってこなかった。
やがて会話が途切れたところで落合さんが立ち上がった。
「じゃあ、行こうか」
「……はい」
正直なところ、あまり気が進まない。
オカルトであるとか幽霊であるとか定義はどうでもよくて、何か得体の知れないものを覗いてしまうような予感があった。
今までは他人ごととして俯瞰できたものが、こうして身近な人を介することで現実感が増している。
きっと、事故や事件だってそうだろう――リアリティがないうちは他人ごととして眺めることができる。
「……集中しないと」
現実逃避しかけたことに気づき、手綱を握るように意識をはっきりさせた。
落合さんのことは気の毒に思うが、まだ状況を把握できたわけではない。
ましてや、この状況をオカルトめいたものに結びつけることこそ、盲目的だと呼べるのではないだろうか。
落合さんに続いて家の中を歩いているが、冷静さを取り戻したことで心細さが薄れてゆくのを感じた。
相談に乗ると決めた以上は現場を見ない限りは今回の件の見極めは困難だ。
断片的な情報で偏った判断をして、何かを決めつけるようではこたつ記事を書くようなことになってしまう。
順番に部屋を案内してもらったが、気になる点は何もなかった。
三人で生活するには部屋数が多く、五歳の加菜ちゃんに自室があるというのもスペースに余裕があるからできるのだろう。
さすがに夫婦の寝室は恥ずかしいとのことで、部屋の前を見るだけだった。
最初に一階を見て回り、続いて二階を見ていくという順番で、新築同然とまではいかなくても清潔感があるいい家だと思った。
今回のようなことがなければ幸せな生活を送れたはずだ。
「それで、問題の部屋のことだけど……」
二階の案内が終わりかけたところで、落合さんがおもむろに口を開いた。
あまり近づきたくないという気持ちが声に表れているように感じた。
「いいですよ。案内してください」
私は腹を括っていた。
家の中を案内する中で、落合さんが一つの部屋を避けたことにも気づいていた。
「……うん、じゃあ見てもらおう」
二人で廊下を歩いてまだ中を見ていない部屋の前に移動した。
その部屋は加菜ちゃんの部屋に隣接する部屋だった。
外から見て何らかの違和感があるわけではない。
ドアが閉じていて中の様子を見ることはできない状態になっている。
落合さんは息を吞むような仕草を見せた後、慎重にドアノブを引いた。
この家の状態がいいことを示すように金具が耳障りな音を立てることはなく、滑らかにゆっくりと開いた。
室内にはとんでもないものが転がっているかと身構えたが、目立つものは見当たらなかった。
「――はっ」
私は思わず息を吐いた。
改めて室内の様子を見回してみるが、物置きとして使われているようだ。
落合さん一家は引っ越したばかりのためか、引っ越し業者のロゴが入った段ボールが積まれている。
「それでその……この部屋に何か……?」
気を取り直してたずねた。
この部屋に入ってから落合さんの表情が険しいものになっており、声をかけるのに抵抗があった。
私の視線に気づいた落合さんはいくらか表情を緩めて、どこか焦点の合わない目で天井の方を見ていた。
「天井、ですか?」
「うん」
そう言われて観察してみるが、異常が窺える様子はない。
実はからかわれているだけならばいいのだが、そんなことはありえないということを落合さんの雰囲気が物語っている。
「……分かるよ、そのうちに」
その言葉にどう返答すれば分からず、固唾を呑んで見守るしかなかった。
どうやら、落合さんがドリップコーヒーを淹れているようだ。
それから少しして両手にマグカップを手にした落合さんがやってきた。
「ミルクと砂糖はいらなかったよね?」
落合さんはマグカップを丸形のテーブルに置いてそんなことを口にした。
「そうです。覚えていてもらってうれしいです」
「ははっ、小木くんとは何年か一緒に働いたから」
落合さんは力なく笑い、さあどうぞとコーヒーを勧めてくれた。
私はマグカップを口につけた後、緊張で肩に力が入るのを感じながらたずねた。
「そういえば、奥さんと娘さんは?」
「妻はパートの出勤日で、加菜は祖父母のところへ遊びに出ているよ」
「……そうですか」
ライターとして色んな場面に遭遇しているが、判断に困る状況に慣れているわけではない。
あらかじめ事情を分かっていたとしても、かつての同僚と話すのに空気が重たい。
居心地の悪さに身じろぎしつつ、本題に触れない限り話は前に進みそうにないと腹を括った。
「よかったら、電話で話した件について教えてもらってもいいですか?」
落合さんはどこかぼんやりしているように見えたが、質問を投げかけるとハッとした表情になって目を見開いた。
彼のそんな様子を見るのは初めてのことだった。
「あんまり気が進まないんだけどね……。実際に見てもらった方が早いかもしれない」
私はその言葉に反応を返せずにいた。
オカルトめいたものを信じていないとはいえ、落合さんをここまで疲弊させる「何か」に緊張感を覚えているのだ。
「まあでも、コーヒーを飲んでからにしよう。来客用にしまっておいた高級品なんだ。冷めてしまったら味が落ちるから」
「……はい」
それからコーヒーを飲みながら落合さんと話したものの、集中が散漫になって会話の内容が入ってこなかった。
やがて会話が途切れたところで落合さんが立ち上がった。
「じゃあ、行こうか」
「……はい」
正直なところ、あまり気が進まない。
オカルトであるとか幽霊であるとか定義はどうでもよくて、何か得体の知れないものを覗いてしまうような予感があった。
今までは他人ごととして俯瞰できたものが、こうして身近な人を介することで現実感が増している。
きっと、事故や事件だってそうだろう――リアリティがないうちは他人ごととして眺めることができる。
「……集中しないと」
現実逃避しかけたことに気づき、手綱を握るように意識をはっきりさせた。
落合さんのことは気の毒に思うが、まだ状況を把握できたわけではない。
ましてや、この状況をオカルトめいたものに結びつけることこそ、盲目的だと呼べるのではないだろうか。
落合さんに続いて家の中を歩いているが、冷静さを取り戻したことで心細さが薄れてゆくのを感じた。
相談に乗ると決めた以上は現場を見ない限りは今回の件の見極めは困難だ。
断片的な情報で偏った判断をして、何かを決めつけるようではこたつ記事を書くようなことになってしまう。
順番に部屋を案内してもらったが、気になる点は何もなかった。
三人で生活するには部屋数が多く、五歳の加菜ちゃんに自室があるというのもスペースに余裕があるからできるのだろう。
さすがに夫婦の寝室は恥ずかしいとのことで、部屋の前を見るだけだった。
最初に一階を見て回り、続いて二階を見ていくという順番で、新築同然とまではいかなくても清潔感があるいい家だと思った。
今回のようなことがなければ幸せな生活を送れたはずだ。
「それで、問題の部屋のことだけど……」
二階の案内が終わりかけたところで、落合さんがおもむろに口を開いた。
あまり近づきたくないという気持ちが声に表れているように感じた。
「いいですよ。案内してください」
私は腹を括っていた。
家の中を案内する中で、落合さんが一つの部屋を避けたことにも気づいていた。
「……うん、じゃあ見てもらおう」
二人で廊下を歩いてまだ中を見ていない部屋の前に移動した。
その部屋は加菜ちゃんの部屋に隣接する部屋だった。
外から見て何らかの違和感があるわけではない。
ドアが閉じていて中の様子を見ることはできない状態になっている。
落合さんは息を吞むような仕草を見せた後、慎重にドアノブを引いた。
この家の状態がいいことを示すように金具が耳障りな音を立てることはなく、滑らかにゆっくりと開いた。
室内にはとんでもないものが転がっているかと身構えたが、目立つものは見当たらなかった。
「――はっ」
私は思わず息を吐いた。
改めて室内の様子を見回してみるが、物置きとして使われているようだ。
落合さん一家は引っ越したばかりのためか、引っ越し業者のロゴが入った段ボールが積まれている。
「それでその……この部屋に何か……?」
気を取り直してたずねた。
この部屋に入ってから落合さんの表情が険しいものになっており、声をかけるのに抵抗があった。
私の視線に気づいた落合さんはいくらか表情を緩めて、どこか焦点の合わない目で天井の方を見ていた。
「天井、ですか?」
「うん」
そう言われて観察してみるが、異常が窺える様子はない。
実はからかわれているだけならばいいのだが、そんなことはありえないということを落合さんの雰囲気が物語っている。
「……分かるよ、そのうちに」
その言葉にどう返答すれば分からず、固唾を呑んで見守るしかなかった。
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