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無人島ザルヘイアでドラゴン狩り
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しおりを挟む野営の準備を終え、甘く瑞々しい果物をたらふく食べたところで、アネーシャは口を開いた。
「それで次の目的地は?」
『そんなに急がなくても、しばらくここでゆっくりしていけばいいじゃない』
のんびりした口調で言われて、アネーシャは眉を寄せた。
「でもここ、何もないよ」
『豊かな自然、美しい海、満天の星……これ以上、何を望むって言うのよ』
「楽しんでるの、コヤ様だけだよね」
少し離れた場所で周囲を警戒しているシアを見、ぼそりとつぶやく。
「それにお金も、残りは戻りの船賃だけだし」
『お金がないなら、稼げばいいのよ』
「この島で?」
うろんげに聞き返すと、女神は涼やかな笑い声をあげる。
『あたしが何のためにあの子を雇ったと思ってるの?』
「……シアに何をさせるつもり?」
『もちろん、アネーシャ、あなたの護衛よ』
答えをはぐらかされて、心配になったアネーシャはシアのところへ行く。
「こっちに来て、少し休んだほうがいいよ」
「女神は何か言っていたか?」
軽くかぶりを振って手を伸ばそうとすると、露骨に距離を取られてしまう。
「死にたくなければ俺に触るな」
キツイ口調で注意されて、そういえばそうだったとアネーシャは笑う。
シアは常に厚着で、手袋を片時も外さない。
「でも私ならたぶん大丈夫だよ。コヤ様の加護があるから」
『それでも痛みは感じるけどねぇ』
とりあえず、その言葉は聞かなかったことにする。
アネーシャの言葉を聞いて、シアの表情が僅かに緩んだ。
彼は黙って焚き火のそばに来ると、静かに腰を下ろす。
ややして、
『ねぇ、あなたたち、なんで何も喋らないの?』
じれたようにコヤに言われて、アネーシャは首を傾げる。
「ここに来た目的なら、もうシアに説明したよ」
『そういうことじゃなくて……』
「じゃあどういうこと?」
『アネーシャ、自分の周りをよくご覧なさい』
熱のこもった口調に、アネーシャはあらためて周辺を見回した。
『何が見える?』
「真っ暗な森と、明るい炎……」
そういうことじゃないのよと、コヤが呆れたように口を挟む。
『美しい星空の下、無人島で若い男女が二人きりで過ごす、初めての夜』
「コヤ様、その言い方、なんかすごく変」
『少しも変じゃないわ、アネーシャ。現実を受け入れなさい』
一方のシアはアネーシャの独り言にも慣れた様子で、焚き火に小枝をくべている。
「コヤ様は私にどうして欲しいの?」
『馬鹿ね、若い男女がすることと言ったら……決まってるじゃないの』
「言葉を濁さないではっきり言って。じゃないと分からない」
『恋に落ちるのよ、恋にっ』
アネーシャは冷めた目でコヤを見返した。
「コヤ様って昔からそう。近くに男の子がいると、無理やりくっつけようとするよね」
『それのどこが悪いの?』
「ありがた迷惑、おせっかい焼き」
『女友達なんてそんなもんでしょ?』
「……友達って誰が?」
『あ、た、し』
「お母さん、の間違いじゃない?」
『せめてお姉さんにしてっ』
「わかったから泣き真似しないでよ」
コヤを抱き上げて、よしよししていると、
「さっきから何の話をしているんだ?」
興味深そうにシアが訊いてくる。
「気にしないで、コヤ様の暇つぶしに付き合ってるだけだから」
『あたしは本気で心配しているのにっ』
「はいはい、ありがとうね、コヤ様」
『恋をするのよ、アネーシャっ』
「分かったから落ち着いて」
『そして女として生まれた悦びを知って――』
「処女を失ったら、聖女じゃなくなるけど、いいの?」
――コヤ様、もしかして酔っ払ってる?
案の定、近くの木に絡みついた、野生のマタタビを見つけて苦笑してしまう。
そろそろ寝る準備をしようかという時、静寂を切り裂く鳴き声を聞いた。
突然シアが立ち上がり、上空を睨みつける。
「ドラゴンだ」
同じようにアネーシャも空を見上げるが、何も見えない。
「暗闇に紛れて、すばしっこく動き回ってる」
よくよく目を凝らしてみれば、確かに細長い生き物が浮かんで見えた。
こっちに向かって、まっすぐ飛んでくる。
「逃げたほうがいい?」
『坊やに任せて、じっとしてなさい』
言われた通りじっとしていると、シアに狙いを定めたドラゴンが急降下してきた。
よほど空腹なのか、歯をむき出しにして迫ってくる。
「俺を食いたきゃ食えばいい」
逃げるどころか不敵に笑い、両手を広げてその身を晒すシア。
「腹を下すどころじゃすまないけどな」
危険を察知したドラゴンは唐突に向きを変えようとして、近くの樹木に激突する。
想像していたよりも小柄なドラゴンだった。
それでも虎や狼よりもずっと大きい。
「下位種のテラだ。これなら楽に仕留められる」
すぐさまシアは、持っていたナイフで自身の手を軽く切ると、その血をドラゴンに浴びせた。
びくびくと痙攣を起こしたかと思うと、ドラゴンは瞬く間に動かなくなってしまう。
『よっしゃ、これで金銭面の問題は解決ね』
嬉しそうなコヤの言葉に、「まさか」とアネーシャは頬を引きつらせる。
「このドラゴンを売るの?」
『そのためにおびき寄せたのよ。幸い、ここは無人島だし?』
何も言わなくても、シアは既に作業に入っていた。
ドラゴンの柔らかな部分をナイフで切り裂いて、こぶし大ほどの心臓を取り出している。
『あれ一つで金貨十枚ってところかしら』
「そんなに?」
金貨一枚は銀貨百枚分に相当する。ちなみに銀貨一枚は銅貨百枚分。
安い宿なら銀貨二枚で泊まれるので、これで当分、宿代を心配せずに済みそうだ。
「シアはそれを食べたことがあるんだよね」
「俺が食ったのは上位種のドラゴンで、心臓ももっとデカかった」
ドラゴンの心臓を食らえば超人的な能力を得られる、とは言われているものの、ドラゴンの強さや種類で得られる能力も異なるらしい。下位種のドラゴンだと、勘が鋭くなったり、運動能力が少し高くなる程度とか。
「貴重な物だから、あんたが持ってるといい」
そう無造作に差し出されて、アネーシャはぶんぶんと両手を振った。
「シアのこと信じてるから、シアが持ってて」
『単に気持ち悪いだけでしょ』
横槍を入れるコヤを睨みつける。
「そんなんじゃない」
不思議なことに、本体から切り離されても、ドラゴンの心臓が腐ることはないと言われている。
いつまでも宝石のように輝き、見る者を魅了する。
しかし心臓部分以外はそうはいかない。
いずれ腐って、虫がわく。
「……だったら牙と爪にするか?」
さすがに荷物持ちくらいしなければと、アネーシャは観念してうなずく。
「その前に手を出して。傷を治療するから」
しばらく経って、受け取ったそれは生臭く、ずしりと重かった。
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