12 / 59
危険なヴァレ山で恐怖の岩登り
12
しおりを挟む『ちょっとアネーシャ、戦いの邪魔しちゃダメよ』
「けどあの人、今にも倒れそうで……」
近づいてみて気づいたことだが、ハンターは既に満身創痍で、立っているのが不思議なくらいだった。反撃に転じたのは僅かな間だけで、今や、ドラゴンの攻撃から逃げるので精一杯の様子。
「あいつを助けたいのか?」
うんとアネーシャが答えると同時に、シアが吹き矢を放つ。
しかし矢はぶ厚い瞼に弾かれてしまい、ドラゴンの巨体がゆっくりとこちらに向いた。
「俺が囮になる。その隙にあいつを連れて逃げろ」
シアがドラゴンの注意を引いている隙に、アネーシャはハンターの元へ駆け寄った。
二十歳前後の、精悍な顔立ちをした青年だった。
「リアムさんですか?」
「そうだが、君は……一体……」
「説明はあとで、とりあえず傷を治しますから」
わざわざ口に出して願わなくても、体内にコヤの神力が流れ込んでくるのを感じた。
アネーシャがリアムの身体に両手をかざすと、たちどころに傷は癒えた。
「――信じられない、傷跡すら残っていないなんて……何者なんだ、君は」
「そんなことより、早くここを離れましょう」
「しかし、彼は大丈夫なのか?」
さすがに上位種ドラゴンが相手で、シアも苦戦しているようだ。
上位種ともなれば毒にも耐性があるため、ほとんど攻撃が効かないらしい。
『さあ、アネーシャ。こういう時、どうするんだっけ?』
「シアを助けて、コヤ様」
『もちのろんよ』
次の瞬間、大口を開けて高熱の炎を吐こうとしていたドラゴンの動きが止まった。
突然白目を剥いて、どんっという地響きと共に倒れてしまう。
『はい、終わり』
…………
……
「本当に俺がこれをもらっていいのか?」
デッドノアの心臓を手に、シアは信じられないとばかりにアネーシャを見た。
「シアにはいつも助けられてばかりだから」
「俺は女神に雇われている、当然だ」
『けど、よその女の男まで助けろとは言ってない』
言いながら、デッドノアの死体を呆然と眺めているリアムを見やる。
『素直じゃないんだから』
「ホント」
「……何か言ったか?」
「その心臓、売るなり食べるなり好きにして」
「じゃあ、食う」
どうやら、上位種相手に苦戦したことを引きずっていたらしく、彼は迷うことなく心臓を口にした。シアが炎系の能力を手にしたことで、これで火起こしが楽になると、アネーシャはのんきに喜んだ。
リアムにエリーが心配していることを伝え、彼が町へ引き返すのを見届けてから、アネーシャたちは再び歩き出した。それから一時間ほど歩いて登山口に着くと、さすがにくたびれ果て、その場に座り込んでしまう。
シアは付近を散策したいからと行って、少し離れた場所に立っていた。
「ようやく着いた」
『ほら見て、アネーシャ。ここに綺麗な石が埋まってる』
掘り起こすと、赤い大ぶりの原石が現れる。
『これで首飾りを作ればいいわ』
「すごく綺麗。ありがとう、コヤ様」
――でもこれ、何の石なの?
『ドルクの涙が結晶化したものよ。文字通り、血の涙ってやつ』
へぇと言いながら、アネーシャは原石をそっと土の中に戻した。
『ちょっと、ドラゴンの心臓並みに価値があるんだからねっ』
「ふーん、そうなんだ」
『アネーシャが冷たいっ』
「そんなことないよ」
言いながら、アネーシャは先ほどのリアムとのやりとりを思い出していた。
助けてもらった恩は忘れない、しかしこの件はギルドに報告しなければならないと、興奮を隠しきれない様子で彼は言った。もう完全に、アネーシャたちのことを二人組のドラゴンハンターだと思い込んでいる口ぶりだった。
――面倒なことにならなければいいけど。
「それで次はどこを目指すんだ?」
戻ってきたシアが言い、
「できれば景色の綺麗なところがいいな」
とアネーシャも希望を口にする。
『ヴァレ山の山頂の景色はそれはそれは綺麗よ』
のんびりとしたコヤの言葉に、
「そんなに行きたいのなら、コヤ様一人で行ってきたら?」
やんわりと言い返すアネーシャ。
しまいには、
『ええ~一人で行ってもつまんないぃ』
子どものように駄々をこねられて、頬を引きつらせる。
「コヤ様しつこい」
『アネーシャこそ、あたしが付いてるのに、何がそんなに不安なのよ?』
「……無理強いはしないって言ったくせに」
『体力が尽きたらすぐに回復してあげるし、何なら高山病にならないよう、身体も強化してあげるわよ』
「悪天候よる視界不良とか……」
『あたしがいる限り悪天候にはならない。視界も良好よ』
「……でもドラゴンが襲ってきたら……」
『坊やのことなら心配ないって。新しい力も手に入れたわけだし』
「一頭だけじゃなくて、何頭も同時に襲ってきたら?」
『アネーシャが身の危険を感じた時点で、あたしが皆殺しにしてあげるわよ』
口調は軽いが、力強い言葉だった。
『それに、どうせ祈りを捧げるなら、山の頂上で祈ったほうが効果も高い』
「そうなの?」
『何せ大地のエネルギーがみなぎるパワースポットだし?』
元来、標高の高い山は神聖な場所だと言われている。
天界と地上界を結ぶ架け橋であり、神の住まう場所だと信じられているからだ。
若干、半疑問形の口ぶりが気になるところだが……アネーシャはため息をついて訊いた。
「コヤ様はどうしても山頂に行きたいんだね」
『ええ。理由を訊きたい?』
必要ないと、アネーシャは首を横に振る。
それから覚悟を決めて、コヤの目をまっすぐ見返した。
「頂上に着いたら教えてもらう」
***
その頃、王都では、
「どうしてこんなことに……」
神殿の地下室でうずくまり、頭を抱えている男がいた。時折、びくびくと辺りを見回し、近くに人がいないと分かると、ほっとしたように胸をなで下ろす。何度も何度も同じ動きを繰り返していると、
「神官長、いい加減、ここから出てきてくださいよ」
扉の向こう側から情けない部下の声が聞こえてきて、男は怒鳴るように返した。
「神官長なんぞ、ここにはおらんっ」
「本当にこのままでいいんですか? あなたは心臓発作で亡くなったことになってるんですよっ」
かまわん、かまわん、と男は答えた。
たとえ薄暗い地下室から一歩も外へ出られなくても、怒れる信者たちになぶり殺されるよりはマシだ。
――この世に神など存在しない……存在しないのだ。
そう強く自分に言い聞かせながらも、身体の震えを押さえることができなかった。
これまで通り、聖女事業は大成功を収めていた。神殿への献金も右肩上がり、聖職者たちの懐は潤い、信者たちに一切の不満もなかった。それが今やどうだ? 願いが叶うどころか不運に見舞われる、傷が癒えるどころか悪化した、厄災の被害にあったなど、信者たちの苦情が殺到している。
おそらく地上では、今もなお、怒れる信者たちが神殿に押し寄せ、扉を壊さんばかりに叩いているだろう。
『本物の聖女様をどこへやったっ』
『詐欺師の悪党めっ、金を返せっ』
『きっと神殿が本物を隠しているに違いないっ』
『神官長を出せっ。説明しろっ』
それもこれも、王の娘マイア・クロロスを聖女として起用したせいだ。臆病者の娘は、信者たちの怒りを鎮めるどころか、父王に泣きついて、早々に行方をくらましてしまった。全ての後始末を自分に押し付けて。
――王の助けは期待できない。
アネーシャ・サノスを暗殺するよう、邪神教に依頼したことを、王は知っているはずだ。だから処罰される前に、死を偽装した。仮死状態になる薬を飲み、心臓発作で亡くなったことにしたのだ。
自分が生きていることを知っているのは、腹心の部下、ただ一人だけ。
「神官長っ、聞いてるんですかっ」
「うるさいっ、神官長なんぞおらんと、何度言えば分かるっ。おまえは黙って食料を運んでくればいいんだっ」
八つ当たりをこめて怒鳴りつけると、足音が遠ざかっていく気配がした。
「神などいない……いてたまるものか」
男は声に出してぶつぶつと呟きながら、絶えず身体を震わせていた。
67
あなたにおすすめの小説
失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~
紅月シン
ファンタジー
聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。
いや嘘だ。
本当は不満でいっぱいだった。
食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。
だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。
しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。
そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。
二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。
だが彼女は知らなかった。
三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。
知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。
※完結しました。
※小説家になろう様にも投稿しています
婚約破棄のその場で転生前の記憶が戻り、悪役令嬢として反撃開始いたします
タマ マコト
ファンタジー
革命前夜の王国で、公爵令嬢レティシアは盛大な舞踏会の場で王太子アルマンから一方的に婚約を破棄され、社交界の嘲笑の的になる。その瞬間、彼女は“日本の歴史オタク女子大生”だった前世の記憶を思い出し、この国が数年後に血塗れの革命で滅びる未来を知ってしまう。
悪役令嬢として嫌われ、切り捨てられた自分の立場と、公爵家の権力・財力を「運命改変の武器」にすると決めたレティシアは、貧民街への支援や貴族の不正調査をひそかに始める。その過程で、冷静で改革派の第二王子シャルルと出会い、互いに利害と興味を抱きながら、“歴史に逆らう悪役令嬢”として静かな反撃をスタートさせていく。
精霊の加護を持つ聖女。偽聖女によって追放されたので、趣味のアクセサリー作りにハマっていたら、いつの間にか世界を救って愛されまくっていた
向原 行人
恋愛
精霊の加護を受け、普通の人には見る事も感じる事も出来ない精霊と、会話が出来る少女リディア。
聖女として各地の精霊石に精霊の力を込め、国を災いから守っているのに、突然第四王女によって追放されてしまう。
暫くは精霊の力も残っているけれど、時間が経って精霊石から力が無くなれば魔物が出て来るし、魔導具も動かなくなるけど……本当に大丈夫!?
一先ず、この国に居るとマズそうだから、元聖女っていうのは隠して、別の国で趣味を活かして生活していこうかな。
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
異世界の片隅で、穏やかに笑って暮らしたい
木の葉
ファンタジー
『異世界で幸せに』を新たに加筆、修正をしました。
下界に魔力を充満させるために500年ごとに送られる転生者たち。
キャロルはマッド、リオに守られながらも一生懸命に生きていきます。
家族の温かさ、仲間の素晴らしさ、転生者としての苦悩を描いた物語。
隠された謎、迫りくる試練、そして出会う人々との交流が、異世界生活を鮮やかに彩っていきます。
一部、残酷な表現もありますのでR15にしてあります。
ハッピーエンドです。
最終話まで書きあげましたので、順次更新していきます。
A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる
国光
ファンタジー
A級パーティの裏方として全てを支えてきたリオン・アルディス。しかし、リーダーで幼馴染のカイルに「お荷物」として追放されてしまう。失意の中で再会したギルド受付嬢・エリナ・ランフォードに導かれ、リオンはギルド職員として新たな道を歩み始める。
持ち前の数字感覚と管理能力で次々と問題を解決し、ギルド内で頭角を現していくリオン。一方、彼を失った元パーティは内部崩壊の道を辿っていく――。
これは、支えることに誇りを持った男が、自らの価値を証明し、安定した未来を掴み取る物語。
追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす
遊鷹太
ファンタジー
王国随一の名門ハーランド公爵家の令嬢エリシアは、第一王子の婚約者でありながら、王宮の陰謀により突然追放される。濡れ衣を着せられ、全てを奪われた彼女は極寒の辺境国家ノルディアへと流される。しかしエリシアには秘密があった――前世の記憶と現代日本の経営知識を持つ転生者だったのだ。荒廃した辺境で、彼女は持ち前の戦略眼と人心掌握術で奇跡の復興を成し遂げる。やがて彼女の手腕は王国全土を震撼させ、自らを追放した者たちに復讐の刃を向ける。だが辺境王ルシアンとの運命的な出会いが、彼女の心に新たな感情を芽生えさせていく。これは、理不尽に奪われた女性が、知略と情熱で世界を変える物語――。
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
公爵家の末っ子娘は嘲笑う
たくみ
ファンタジー
圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。
アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。
ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?
それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。
自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。
このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。
それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。
※小説家になろうさんで投稿始めました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる