追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中

四馬㋟

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危険なヴァレ山で恐怖の岩登り

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 荒れた山道に入ってから、かなりの時間が経った気がした。

 まばらに生えた木々の間を抜けて、苔生した森に入る。



 最初はドラゴンの襲撃を警戒しつつ、森を進んでいたのだが、それほど心配する必要はなかったようだ。ドラゴンの鳴き声は絶えず聞こえてくるものの、今のところ、こちらに近づいてくる気配はない。



 木々が途切れて、森が終わると、一気に視界が開けた。細い道だが展望が良く、そびえ立つ山々が一望できる。眼下にはエメラルドグリーンに輝く湖が広がり、数頭のドラゴンが水を飲んでいるのが見えた。



 前を歩いていたシアが振り返り、「静かに」と目で合図してくる。

 水を飲んでいるドラゴンたちを刺激しないためだろう。

 アネーシャは「わかった」と頷き返し、極力物音を立てないように進んだ。



 しばらくはゆるやかな上りが続き、周囲の景色を楽しむ余裕もあったのだが、



「ねぇコヤ様」

『なあに、アネーシャ』

「雲行きが怪しくなってきたね」

『そうねぇ』

「雨まで降ってきた」

『あら、ホント』

「……なんか寒いし」

『足元、滑らないように気をつけなさい』



 じゃなくて、とアネーシャは頬を膨らませる。



「悪天候にならないって言ったくせに」

『アネーシャ、知らないの? 神様って気まぐれなのよ』

「もういい、下山するから」



 呆れて来た道を引き返そうとするものの、



『わかったわかった』



 一瞬、強い風が吹いたかと思えば、瞬く間に空が晴れて、暖かな日差しがさす。



『ほら、これでいいでしょ?』



 ありがとうと呟いて、再び歩を進める。



 コヤは現在、猫の姿ではなく、栗鼠の姿に化けてアネーシャの肩にしがみついている。

 アネーシャの身体を正常な状態に保つため、常に神力を注いでくれているようだ。



 おかげで体力が尽きることも、呼吸が苦しくなることもなく――口ではなんだかんだと言いつつも、アネーシャは初めての登山を楽しんでいた。



 ひんやりとした澄んだ空気に、美しい景色――登山口までの道のりは荒地と化していたものの、ヴァレ山にはまだ十分緑が残っていて、上の方に見えるゴツゴツとした岩場も、迫力があった――たまに道端に咲いた可憐な花を見つけると、心がほっこりした。



 ともあれ、用心に用心を重ねても、ドラゴンに遭遇する時は遭遇するもので、



「もしかしてこの岩を登るの?」

「たぶんな」



 途中から道が途切れ、広い場所に出ると、岩場の前でシアが足を止めた。

 岩場はほぼ垂直で、ごつごつとした岩があちこちに突き出ている。



「上からロープがぶら下がっているだろ? これを使って登るんだ」



 言いながらシアはロープを引っ張って、安全性を確かめている。



「先に俺が登る」

「……無理しないで」



『ちょっとあんたたち、のんきに話してていいの? そこ、ドラゴンがいるんですけど』



 はっと顔を上げたアネーシャは「どこ?」と素早く視線を走らせた。



『あのでっかい岩。ドラゴンが擬態してる』

「シア、気をつけて。そこの岩、擬態したドラゴンだって」



 岩壁にぴったり張り付いて、他の岩に紛れ込んでいる。

 かなりの大きさだ。



 おそらく、ここを餌場にしているのだろう。よくよく目を凝らせば、岩場の尖った箇所や地面の隅に、ここで犠牲になっただろう登山家やドラゴンハンターの衣類やら荷物の残骸やらが引っかかっていた。



「逃げる?」

「いや……あいつを追っ払わないと上には上がれないだろ」

「じゃあ、どうするの?」

「実験台にする」



 そう言ってシアは、アネーシャにここから離れるよう指示すると、ロープを使って、音もなく岩壁を登り始めた。あっという間にドラゴンのいる場所まで登ると、手袋を外してその身体に触れる。



 ジュウッと何かが焼ける音がし、たちまち青い炎に包まれたドラゴンが身悶えして地面に落ちた。焼き焦げるような匂いが辺りに充満し、ドラゴンの肉体が徐々に崩れ落ちていく。



 骨と心臓だけ残して、他の部分は溶けてドロドロになってしまった。



「……何が起きたの?」

『炎と毒の合わせ技ってやつでしょ』



 凄まじい悪臭に鼻をつまみつつ、アネーシャは「はぁ」と感心した声を出す。

 自分の力が上位種にも通用すると分かって自信を持ったのか、シアは得意気に言った。



「俺はこのまま上まで登る」

「はいはい」



 貴重な戦利品を革袋に入れて、アネーシャも慎重に登り始めた。



『下を見ちゃダメよ、アネーシャ』

「やめて。そう言われると見ちゃうから」



 案の定ちらりと下を見てしまい、ぞっとした。



「私も手袋つけてくれば良かった」



 岩の尖った部分や欠けた箇所が皮膚に食い込んで、痛みを感じる。



『怪我した先から治してあげるわよ』

「それに結構、力いるね」



 ロープがあるおかげでかろうじて前進しているものの、握力が弱いせいか、うまく岩にしがみつけない。腕や足だけでなく、普段使わないような部分にまで力が入ってしまう。足場も不安定で、少し力を抜いただけで滑り落ちそうになった。 



『ちょっと、さっきから全く進んでないんですけど?』

「進んでます。ただちょっとゆっくりなだけです」

『ゆっくり過ぎるでしょ。もうちょっとスピード上がらないの?』

「無茶言わないでよ」



 大小関わらず、落石する音が聞こえるたびに、怖がって動きを止めるアネーシャ。



『……こりゃ長期戦か』



 アネーシャがようやく岩場を登りきった頃には、日は既に暮れていて、



「やっと来たか」



 良い匂いがすると思ったら、野営の準備を済ませたシアが、生肉を火であぶっていた。一体何の肉かと思いきや、近くにグロテスクな見た目の小型ドラゴンが転がっていて、「ああ」と察する。



「それ、食べられるの?」

「腹は膨れる」



 猛毒を食しても平気な彼なら、まあ腹を下すことはないのだろう。



「お前も食うか?」

「遠慮します」



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