追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中

四馬㋟

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危険なヴァレ山で恐怖の岩登り

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 休憩を終えて洞窟の外へ出ると、風は吹いておらず、しんと静まり返っていた。

 少し前まで絶えずドラゴンの鳴き声が聞こえていたのに。



 白い雪景色が血で染まっている。見ればあちこちにドラゴンの死骸が転がっていて、ぞっとした。頭部を潰されたものや四肢をバラバラにされたものもあり、たまらず吐き気がこみ上げてくる。



「もしかしてシアがやったの?」

「いや、俺じゃない」



 ――だったら誰が?



 突如として胸騒ぎを覚えたアネーシャは提案する。

 下山しようと。



「ここまで来たのに。いいのか?」

『そうよアネーシャ、山頂まであと少しじゃない』



 アネーシャは口の端をピクピクさせて、髪の毛を引っ張っているコヤを見た。



「コヤ様が来たかったのはこの洞窟でしょ? 山頂まで行く必要ある?」

『山頂の景色は絶景よ。それにもっと進めば大きな湖もあるし』

「絶景なら目の前にある。コヤ様にはこのドラゴンの死骸の山が見えないの?」

『ホント、恐ろしい光景ね。誰がやったのかしら』



 知っているくせに、白々しいことを言う。



「確かドラゴンって共食いするんだよね?」

『だから何? アネーシャにはあたしが付いてるでしょ』

「でも……」

『山頂で祈りを捧げるんじゃなかったの? 怖いからって聖女としての勤めを疎かにするつもり?』



 結局いつものようにコヤにゴリ押し……説得されて、アネーシャはしぶしぶ山登りを再開した。 

 シアを促して頂上を目指す。



 確かに登るにつれて、見えてくる景色は壮大さを増していた。



 迫り来る雪化粧が施された岩山、それからしばらく歩くと、深い紺色をした湖が眼下に現れる。樹木の姿はまるでなく、見渡す限り、雪と岩山と草原の世界が広がっていて、アネーシャは再び鼻歌を口ずさみ始めた。



 そしてようやく頂上にたどり着くと、大きく息を吸い込んだ。

 だだっ広く、何もないところだが、そこにいるだけで達成感を覚えた。



「それに景色も綺麗だし」



 前を歩いていたシアが足を止めて、「しっ」と口の前に指を立てる。



「あそこに誰かいる」



 シアの言う通り、隆起した岩陰に隠れて気付かなかったが、先客がいた。

 空中に突き出た岩場の先端に立って、景色を眺めている。



 ただ立っているだけで絵になる光景だ。



「あの人、まさかあそこから飛び降りたりしないよね?」

『アネーシャ、心配するとこ間違ってるから』

「っていうか、人間なの、あの人?」



 ここからでは後ろ姿しか見えないが、長身で大剣を背負っていて、見るからにドラゴンハンターという風体だ。もしかして先ほど見かけたドラゴンの死骸は彼の仕業だろうか。



「ヴァレ山の登頂に成功した人って、一人じゃなかったっけ?」

「違う」



 じっと男のほうを眺めていたシアが、珍しく上ずった声を出す。



「彼だ」

「彼って?」

「史上初ドラゴンスレイヤーの称号を得たドラゴンハンター、ウルス・ラグナ」



 嘘でしょ、とアネーシャもまた興奮気味に声を上ずらせてしまう。

 ということは先ほどのドラゴンの残骸の山は彼の仕業なのだろう。



 泣く子も黙るウルス・ラグナの名は広く知られている。



 アネーシャが神殿にいた頃も、彼が成し遂げた偉業の数々は耳に入っていた。



 ヴァレ山の登頂に成功した以外にも、素手で三頭のドラゴンを倒しただの、町を滅ぼしかけた巨大ドラゴンをたった一人で退治してしまっただの――またその戦い方も壮絶で、鋼鉄の鱗を持つドラゴンに剣を折られ、絶体絶命のピンチに陥っても諦めず、ドラゴンの柔らかな喉もとに噛み付いて、絶命するまで離さなかった等の逸話を残している。



 ――ものすごい大男か。野獣みたいな人だと思ってたけど。



 重そうな大剣と鍛え抜かれた身体以外は、一見普通そうに見える。



「噂じゃ亡国の王子様だって話だけど、本当かな」

「俺は魔人と人間のハーフだと聞いた」



 こそこそ話で盛り上がる二人に、コヤが水を差す。



『あんたたちが話に夢中になっている間に、彼、そこまで近づいてきてるけど?』



 はっとして顔を上げる。

 気配を殺していたのか、全く気付かなかった。



 190センチはあるだろう長身と燃えるような赤髪に、鋭い灰色の瞳。

 筋肉質だが細身で、無表情のせいか、精巧に作られた人形のように見える。



 冷たく整った顔立ちで見下ろされているせいか、凄まじい威圧感を覚えた。



『あら、近くで見たらいい男じゃない』



 ぴりぴりとした緊張感の中、コヤだけが色めき立っている。



『アネーシャったら、黙ってないで声かけなさいよ。こんなチャンス、滅多にないんだから』



 ――コヤ様ったら……全然そういう雰囲気じゃないのに。



 心の中で呆れつつ、ごくりと唾を飲み込む。

 ちらりとシアのほうを見れば、彼も緊張しているようで、拳をぎゅっと握り締めていた。



 ウルス・ラグナといえば、男であれば誰もが憧れずにはいられない、王侯貴族ですらその名を知らぬ者はいないという、人類最強にして最高ランクのドラゴンハンターだ。くわえて神出鬼没の一匹狼、会いたくても容易に会える相手ではない。その点で言えば、コヤの指摘は正しかった。 



 ――そういえば、山では必ず、人に会ったら挨拶しないといけないのよね。



 それが登山におけるルールだと市場で聞いた。

 今回ばかりはシアの助けは期待できないようなので、アネーシャは意を決して口を開いた。



「こんにちは、ウルス・ラグナさん」

「……俺のことを知っているのか?」



 圧が強そうな外見に反して、低く優しい声だった。

 それに勇気づけられたようにアネーシャは微笑んで言った。



「もちろん、有名人ですから」

「俺は君たちのことを知らない」

「私はアネーシャ、こっちは護衛のシアです」



 護衛と聞いて、ウルスの眉がぴくりと動いた。



「お前が彼女をここまで連れて来たのか?」

「……はい」

「ハンターランクは?」

「俺はドラゴンハンターではありません」



 あの生意気で唯我独尊のシアが――というのは言い過ぎだが――敬語を使っている。

 演技しているようには見えないので、純粋にウルスのことを尊敬しているようだ。



「ここへ来る途中で焼き焦げたドラゴンの死体を見つけた。それがお前の力か?」

「……ということは俺たちの後から登ってきたんですか?」

「ああ、途中で追い越していたらしい。まさか俺以外に人がいるとは思わなかった」



 おそらく洞窟に寄り道した際に追い抜かれたのだろう。



「歳は?」

「十七になったばかりです」

「俺がヴァレ山に登頂したのは今から十一年前、十八の時だ」



 嬉しそうな口調でわかる。

 どうやらシアのことを気に入ったらしい。



『なんか男同士で盛り上がってるわね』



 コヤは退屈そうにあくびをしている。



「ハンターになる気があるのなら、俺が推薦しよう」

「本当ですか」

「良かったね、シア」

「ああ、これで戦利品を正規の値段で買い取ってもらえる」

「そんなにお金いらないでしょ?」

「あって困るものでもないだろ」



 二人のやりとりと眺めていたウルスに、



「それで、君たちはなぜこの山に?」



 不思議そうに質問されて、ようやく本来の目的を思い出す。



「私たち、巡礼の旅をしているんです」

「巡礼?」

「コヤ教の信者なので」

「……それだけの理由で、この危険な山に足を踏み入れたのか?」



 嘘をついてはいないものの、ウルスの言葉にどきりとする。

 彼が納得できるような答えを必死に考えていると、



「いや、答えなくていい。詮索はしない」



 アネーシャはほっとして頷いた。



「ウルスさんこそ、どうしてこの山に?」

「もちろんドラゴンを狩るためだ。鍛錬も兼ねている」



 驚くほどのストイックな姿勢――シアが憧れるわけだ。



 ともあれ、いつまでも彼を引き止めるわけにはいかない。



「では、私たちはこれで」



 軽く会釈すると、アネーシャはその場を離れた。

 先ほどウルスが立っていた場所まで来ると、「はあ」と感嘆の息を吐く。



「すごく綺麗」



 どこまでも続く空、今にも手が届きそうな雲海、遥か遠くに見える山々――言葉では言い表せない世界が、そこにはあった。きっと彼もまた、この景色に目を奪われ、立ち尽くしていたのだろう。



 ついでに日差しも強烈で、剥き出しの肌がひりひりする。



 ――でもここなら……。



 アネーシャは跪き、大地に口づけすると、両手を組んで祈りを捧げた。ドラゴンの凶暴化が少しでも抑えられるよう、ついでに無事に下山できるよう、熱心に祈り続ける。



 そんなアネーシャを、灰色の瞳がじっと見つめていた。 


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