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保養地ククシル湖で旅の疲れを癒そう
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しおりを挟むメガイラを出発して、ククシル湖へ向かう道のりは長く、険しい道のりだった。しかし不思議と苦には感じない。目の前に人参をぶら下げられて歩くロバのごとく、アネーシャはただ黙々と歩き続けた。
弱音も吐かず、キツイとも休みたいとも言わなかった。
一歩一歩前へ進むたびに楽園に近づいているのだと自分を鼓舞し、全身を襲う疲労と筋肉痛に耐え抜いた。痩せているわりに体力のあるジェミナのことが羨ましくてしかたなかったが、彼女は何度も自分を励ましてくれたし、シアも「速く歩け」と急かさなくなった。それどころか二人ともアネーシャを気遣い、歩調を合わせてくれた。
マイペースなのはウルスだけだったが、それでも全体の動きを把握した上で、適切なペース配分を決めてくれた。絶妙なタイミングで休憩を入れてくれるし、貴重な飲料水を自分の分まで分けてくれた。
さすがに携帯食が尽きてしまった時は、「もうここまでか」と絶望に打ちひしがれそうになったものの、ジェミナが採ってきてくれた果物やシアが倒したドラゴンの肉でなんとか飢えをしのぐことができた。
「……やっと着いた」
目の前に広がるのは、青く、透明度の高い湖と美しい草原。
塩分を含んだ水はひんやりとしていて、泳いだら気持ちよさそうだ。
さすが保養地とあって、湖畔は人で賑わっていた。みんな日光浴をしたり湖水浴をしたりして過ごしている。辺りを見回して、ふと、草原に建てられた白い布製の家屋が目に入った。テントにしてはやけに大きい。
「あれ何だろう」
「ユルタ、移動式の住居だ」
コヤより先に、前を歩いていたウルスが答えてくれる。
「住居……ってことは」
「ああ、宿として貸し出されている」
ぱっと明るい表情を浮かべるアネーシャに、
「宿なら他にもあるんじゃないのか?」とシア。
『そうよ、何も今すぐ決めなくても……』とコヤ
「高級な宿に泊まりたいのなら、町の中央に行ったほうがいい」
確かに皆の忠告はもっともだけど、
「でもここ、湖のすぐ近くだし。少し歩いたところに市場や料理店もあるし」
「すごく素敵だよね。僕、こんなに大きな湖、初めて見たよ」
興奮気味に言うジェミナを見、アネーシャも賛同してうなずく。
「試しに何日か泊まってみてもいいでしょ?」
幸い、宿泊客はそれほど多くなく、すんなり今夜の寝床を確保できた。
宿が決まったら次は食事だ。アネーシャとしては、まずは屋台なり料理店なりに行き、思う存分飲み食いしてからユルタでまったりくつろぐ予定だったのだが、
「先にギルドに顔を出してくる。俺への依頼があるかもしれない」
仕事熱心な方々は違うらしい。
「……俺は残ります。アネーシャの護衛をしないと」
「ならラビア人の君、付いてくるか?」
いきなりウルスに指名されて、ぽかんとするジェミナ。
「僕が行ってもいいんですか?」
「ドラゴンハンターの仕事に興味があれば――君の力量を試したい」
「……仕事。そうだ、僕、もう奴隷じゃないから、自分の好きな仕事をしていいんだ」
ぽんっと両手を叩いて、にっこりする。
「行きます。ドラゴン狩りならラビアでも経験あるし」
「そいつが行くなら俺も行きます」
気色ばむシアを、ウルスは目を細めて眺める。
「アネーシャの護衛はいいのか?」
「行ってきなよ、シア」
珍しく迷っているようなので背中を押してあげる。
「どうせここに残っても、ゴロゴロしてるだけだよ?」
ウルスが二人を連れて外へ出ていくと、ユルタの中は途端に静かになった。
『大丈夫よ、アネーシャ。あなたにはあたしが付いてるからねっ』
「うん、こうして二人きりになるのも久しぶりな気がする」
保養地に着いたらやりたいことはたくさんあった。
お店巡りにお買い物、屋台の食べ歩きや湖水浴――けれど今は……
「少し寝るから。夕飯の時間になったら起こして」
言いながら、いそいそと隅で丸くなる。
『はいはい。アネーシャにしてはよく頑張ったものね』
「……ご飯食べに行く前に身体洗ったほうがいい? 砂まみれだし」
『そうね、起きたら公衆浴場へ案内してあげるわ』
「やっぱりジェミナたちが戻ってきてから、一緒に行こうかな」
『あの子たちは当分戻らないわよ』
「……どうして?」
『ドラゴンスレイヤー宛に国王から依頼がきているはずだから。ククシル湖の主を倒せってね。S級ランクの任務だけど、あの様子じゃ、坊やたちも一緒に連れて行くつもりよ』
うつらうつらしながら、「大丈夫……かな」と心配になる。
『ボクっ娘のことなら何も問題ない。死にかけてもあの女が憑依して助けるでしょうし』
「あの女、なんて言い方、ダメだよ。お姉さん、でしょ?」
『けっ、冗談じゃない』
「……コヤ様ったら」
『アネーシャも、あの女には極力関わっちゃダメよ。話しかけられても無視しなさい』
「……んー……ん?」
『無視しなさいって言ったの』
「…………」
『なんだ、眠ったの。夢の中だからって油断しないでよ、アネーシャ』
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