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美食の街ルエドで愛の告白に舌鼓
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しおりを挟む「もう一度言ってください」
「俺の心は君のものだ」
「もう一度言って……」
てっきり自分は振られたものと思っていただけに、アネーシャはしつこかった。すぐ近くでは、邪神に身体を乗っ取られたシアが白目を剥いて倒れているというのに、不謹慎にも胸をときめかせていた。
「あらあら、妹が見たら飛び上がって喜びそうな光景ね」
神殺しの剣を携えてサウラが現れた途端、その場の雰囲気ががらりと変わった。ウルスは険しい表情を浮かべ、警戒するように彼女を見ている。
「まあ、こうなることは初めからわかっていたことだけど。私もさっさとやることを終わらせて、妹のところへ戻るとしましょう」
アネーシャははっとしてサウラを見る。
「やっぱり、コヤ様が戻ってこないのはサウラ様のせいだったんだ」
「今ごろ気づいたの? 意外と鈍いのねぇ、アネーシャは」
「コヤ様を返してっ」
「いやよ。これからたっぷり姉妹水入らずの時を過ごすんだから。誰にも邪魔はさせないわ。あなたにも……そしてそこで無様に横たわっているドルクにもね」
アネーシャはシアを隠すように立つと、両手を広げてサウラを牽制する。
「コヤ様を返さないのなら、あなたの好きにはさせない」
「このまま、坊やの意識が戻らなくてもいいの?」
「もしシアがここにいたら、私と同じことをすると思う」
「馬鹿ね。卑小な人間風情が、神に逆らおうとするなんて」
憐れむように言いながらも、その表情はどこか楽しげだ。しかし、アネーシャに向かって伸ばされたサウラの手は、途中でぴたりと静止した。
「彼女に手を出したら許さないって顔してるわね、ウルス・ラグナ」
「……ああ」
「珍しくやる気満々じゃない。そんなに私に殺されたいの?」
「試してみろ」
双方の間に緊迫した空気が流れる。
アネーシャが瞬きした瞬間にはもう二人は動いていて、目でその動きを捉えることはできなかった。ガッガッと何かがぶつかる音がする。直後に強い風が吹いて、壁が崩れ落ち、地震に近い揺れを感じた。
「二人とも、やめて――やめてくださいっ」
シアの身体を守るように覆いかぶさりながら、アネーシャは叫ぶ。
町外れの空き地にいるとはいえ、このまま二人が戦いを続ければ、甚大な被害は免れない。何せ二人とも、大型ドラゴンを一撃で倒してしまうほどの実力の持ち主だ。建物は崩壊し、地面は割れ、町民は怯え逃げ惑うことになるだろう。
――止めなくちゃ。
そのために何をすべきか、アネーシャにはわかっていた。
きっと願いは届く。どのような状況であっても、彼女はここへ来てくれるだろう。
――でも……でも。
唯一の気がかりはシアの身体に取り付いた邪神の存在。
もしも彼女が彼に会ってしまったら、どうなるのか。
いや、今は考えるのをよそう。
アネーシャは覚悟を決めて、祈りを捧げた。
「夜空に輝く月の女神よ……今は昼間ですけど……どうか私の声に応えてください。罪なき町民を荒ぶる太陽の女神からお救いください。どうか、どうか」
応じる声はなかったが、アネーシャは祈り続けた。
何度も何度も祈りを捧げた。
それでも彼女は現れない。
しびれを切らしたアネーシャは立ち上がると、じたんだを踏んで天を仰ぐ。
「コヤ様っ、コヤ様っ、ここにドルクさんがいるよっ。コヤ様の大好きな人がいるよっ。だから戻ってきてっ。もう私のことばかり心配しなくていいからっ。愛する人と幸せになってくれていいからっ、最後に一つだけ、私のお願いきいてよっ」
『……ルク?』
かすかだが反応があった。
それに勇気づけられるようにアネーシャは声を上げ続ける。
「そうだよ、コヤ様っ。ずっと会いたかったんでしょ? 話したいことがあったんでしょ?」
『そ……う、ずっと、あやまり……たくて……』
「コヤ様っ、戻ってきてっ。私はここにいるよっ。ここにいるからっ」
ありったけの思いを込めて、アネーシャは願った。
まもなくして、どこからともなく現れた猫がこちらに向かってくるのが見えた。
美しい銀色の毛並みをした猫が、ふらふらした足取りで歩いている。
「コヤ様っ」
『遅くなって悪かったわね、アネーシャ。まんまとあの女にしてやられたわ』
みゃあと弱々しく鳴きながら、素直にアネーシャの腕に抱かれている。
今の今まで監禁されていたらしい。
「ウルスさんが今、サウラ様と戦って……」
『わかってる。黙って見てなさい、アネーシャ。彼があの女をコテンパンにする瞬間を』
ドンっとひときわ大きな地響きがして、見ればいつの間にか勝負がついていた。
ウルスがサウラを大剣で串刺しにした上で、地面に押さえつけている。その上、ウルスの手には神殺しの剣が握られており、サウラの顔に初めて恐怖の色が滲んだ。。
『どう? 卑小な人間に負けたご感想は?』
「……コヤ・トリカ、彼に加護を与えたわね」
『あんたの寄り代が弱すぎんの。見た目で選ぶからこうなるのよ』
そのままためらいなく神殺しの剣をサウラに突き立てようとしたウルスだったが、
「ストップっ、ウルスさんっ、ストップっ」
さすがにそれはまずいだろうと、アネーシャが止めに入る。
あやうく、ドラゴンスレイヤーがゴットスレイヤーに進化してしまうところだった。
渋るウルスをサウラから無理やり引き離して、アネーシャは言った。
「サウラ様、私に嘘をつきましたね」
「……何のことかしら」
「ドルクさんの血肉をコヤ様から盗んで、シアの身体に取り付かせたのはサウラ様でしょ?」
「だったら何よ?」
開き直った彼女の態度に、ため息が出てしまう。
『それだけじゃないわ』
憤慨したようにコヤが口を挟む。
『このあたしが聖女の破瓜の血を集めて、ドルクの封印を解こうとしているですって? 冗談じゃないっ。やろうとしているのはあんたで、あたしじゃない。よくもそんなデタラメをアネーシャに吹き込んでくれたわね』
「え、デタラメなの?」
『アネーシャまで……以前も話したはずよ。彼の封印を解くつもりはないって』
「でも……」
『だったらなぜ彼の残骸を集めていたのかって?」
コヤはおもむろに地面に飛び降りると、猫から美女へと姿を変える。
『説明を聞くより、見たほうが早いわ』
悲しげに言い、そろそろとシア――ドルクのほうへ近づいていく。
コヤは愛しげに失神している彼を見下ろすと、しゃがんで揺り起こす。
『起きて、ドルク。あなたになら見えるはずよ、あたしの姿が』
ドルクのまぶたがぴくりとを動いた。
『懐かしいわ、愛しい人。あたしが誰かわかるかしら』
かつての恋人との再会。
ロマンチックな響きだが現実は、アネーシャが想像していたものと、まるで違った。
コヤの姿を目にした途端、ドルクが絶叫したのだ。子どものように怯えて、必死にコヤから離れようとする彼に、アネーシャも唖然としてしまう。
『これでわかったでしょ? あたしは彼にとって恐怖の対象でしかないの。泣き叫んで怯えるこの人に、もう一度愛して欲しいなんて言える?」
コヤの目には悲しみと、諦めの色があった。
『そして封印されている本体は、あたしを激しく憎んでいる。彼の、あたしへの恐怖と憎しみの感情がドラゴンという害獣を生んだの』
ぽろぽろと涙をこぼしながら、コヤはドルクを見つめていた。
『それでも会いたかった。もう一度だけ、会って謝りたかったの。ごめんなさい、あなた。愛しい人。本当にごめんなさい、あたしの愛が、あなたをこんなにも追い詰めてしまった』
いつの間にか、コヤの手には神殺しの剣が握られていた。
けれど彼女はそれを自ら振るうことなく、そっとアネーシャに手渡した。
『あたしの代わりに彼を楽にしてあげて。あたしにはとてもできそうにないから』
人を剣で刺したことなどなかったが、できないとは言えない。目を潤ませてアネーシャはうなずいた。剣を後ろに隠すと、慎重にドルクに近づいていく。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
謝罪の言葉を繰り返しながら。
驚くことにドルクは逃げもせず、抵抗もしなかった。アネーシャの顔を見ると「ああ、君か」と穏やかな表情を浮かべ、眠るように逝った。
…………
……
「コヤ様、本当にこれで良かったの?」
『ええ、ありがとう、アネーシャ』
「でも……」
『アネーシャ、見て。坊やが意識を取り戻したわ』
気づけばサウラもいなくなり、ジェミナが瀕死の状態でうめき声をあげていた。アネーシャは慌ててジェミナとシア、二人に治療を施す。元気になった途端、顔を合わせた二人は口喧嘩を始めてしまう。
いつもなら仲裁に入るアネーシャだったが、今はそれどころではなく、
「あれ、ウルスさんがいない」
『彼ならギルドへ戻っていったわよ。神殺しの剣を返しに』
そんな、とがっかりしてしまう。
「せっかく両思いになれたのに……」
『そうねって、お祝いしたいのは山々だけど、アネーシャ。大事なこと忘れてない?』
「式の日取りはいつがいいかな?」
『じゃなくて……』
「その前に独身最後のパーティーしないと」
『……アネーシャったら、色男にまだ伝えてないでしょ?』
「何を?」
『私も愛してるわ、ブチュって』
そういえば……とアネーシャはハッとする。
『残念ながら彼、片思いだって思ってるわよ』
「まさかぁ」
『最悪、振られたって勘違いしちゃうかも』
それはまずい。
自分も同じような勘違いをしていただけに、アネーシャは焦った。
「ウルスさんとこ行ってくる」
『ええ、そうしなさい』
慌てて駆け出すも、ふとあることに気づいて振り返る。
「……コヤ様はついてこないの?」
『付いてきてほしいの?』
少し考えて首を横に振る。
「うんや、一人のほうがいい」
『大人になったわね、アネーシャ』
そのまま再び走り出そうとしたものの、またもや立ち止まって振り返ってしまう。
「コヤ様、私の最後のお願い、きいてくれる?」
『最後って……さっきも言ってなかった?』
「今度こそ最後だから」
『どうだが。言うだけ言ってみれば?』
「聖女じゃなくなってもコヤ様と一緒にいられますように」
『はいはい』
その日の晩、アネーシャが宿屋に戻ってくることはなかった。
END
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