青と虚と憂い事

鳴沢 梓

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五章 深碧の追想

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賑やかなファミレス。家族連れがたくさんいる中、白河先生と私は向かい合って座った。
大きなチョコレートパフェを、口いっぱいに放り込む。冷たくて美味しい。

「それだけでいいの?」

「十分すぎるくらいです」

「ふ~ん…」

先生は私を不思議そうに見つめる。

「記憶喪失って言ってたけど、本当に何も覚えてないの?」

「はい。覚えてる事と言ったら自分の名前と読み書きくらいですね。
だから知りたいんです、前の私のこと」

「…なるほどね」

ひと呼吸おいて、先生は答えた。
私は胸の中で小さく決意して、聞きたい事を口に出した。

「高校生の頃の私はどんな感じでしたか?
あと、家庭環境の事ご存知ですか?
悩みとか、複雑な事とか言ってましたけど…」

先生は私の瞳を見つめ、そして少し逸らして考える素振りを見せた。


「碧さんは音楽が好きで、軽音部でバンドのボーカルをやってた。
勉強は得意だったし、友達と話してる所もよく見かけた」

ここまでは、友達だったとされる女の子から聞いた情報と大きな差異はない。
彼女は、目の前で小さくため息をついた。


「ただ、家庭の方がどうにもね。
遠い親戚にあたる若いお母さんが1人で育ててたみたい。
家の都合で引き取る事になったとかなんとか言ってたけれど……ちょっと心配でね」


心臓が跳ねる音がした。
これまでに無い、初めての手がかりだった。


「でも意外としっかりした人だったよ。
碧さんも割と懐いてたみたいだし。
なんというか、家族と言うよりは仲の良い友達みたいな感じに見えたな」

やはり、家庭の方は複雑な事情だったようだ。
大丈夫。理解している。自分の境遇も、自分が今やっている事の意味も。

「碧さんは溜め込んじゃうタイプだから、たまに養子の自分の立場の事とか、本当の親の事で悩んでたんだよね。それでたまに話聞いてたの。
気持ちに折り合いつけられてきたのか、だんだん話を聞かなくなって、上手くいってるんだなと思ってたんだけど。
……そこからは残念だったよ」

先生の表情が曇る。
張り裂けそうな胸の鼓動と共に、現実が差し迫っている。


「そのお母さん、“彩織さん“が居なくなっちゃって、それから戸籍が施設に移ることになったんだよ。
何度か心配で声掛けたんだけど、いつも通りで施設の子とも上手くやってます!って言うもんだから
大丈夫かなって思ってた矢先、私が異動になっちゃってね」


“あやおり“という名前を聞いた瞬間、頭がグラつくような激痛が走った。
なんとか顔を上げ、先生の話に耳を傾ける。

確実に、私の過去に迫っている。
そしてひとつ、思い浮かんだ名前があった。


「育ての親は、その人は “彩織透霞あやおりとうか“ ですか?」

「そ、そう!思い出した?よかった…」


先生は、私の言葉を聞いて安心した顔で笑った。

「でも私、それ以上の事は知らないかも…
___あ!」

「わ!なんですか!?」

先生の大きな声でまた心臓が跳ねる。
周りの席のお客さんも怪訝そうな顔でこちらを見ていた。

「彩織さんのご実家?何か有名な家業をされている大きなお家だそうで、『私に何かあって困った事があったらこちらに連絡してください』って連絡先を貰ってた事を今思い出したの」

先生は少し嬉しそうな声でそう言った。
ここで終わりかと思われたが、またもや重要な手がかりにありつけた。

「ほんっっとうですか!?教えて貰えませんか?」

「もちろん、はい、これ。」

差し出された小さな紙切れに、住所と電話番号らしきものが書かれているのが見えた。
それを丁寧に受け取り、失くさないようにしまった。


「それにしても、大変だったね。でも生きててよかった。今はどうしてるの?」

「バイトしながら音楽をしてます。あ、その活動の中で高校の友達らしき子に出会ったんですよ」

思い出し、スマホの画面を先生に見せる。


「__ああ!鷹見たかみさんと福知山ふくちやまさんね。仲良くしてたもんね。よかった、会えたんだ。2人とも本当に心配してたから」

先生はほっとしたように微笑んでみせた。


自分はこんなにも大切にされていたんだ、と少し嬉しいような悲しいような複雑な感情が湧いているのを感じた。


「本当にありがとうございました。これで、何とか自分の事を思い出せるかもしれません」

「いいえ。
__無理しないで、ゆっくりでいいから。
また何かあったら連絡してね」


先生はそう言うと、さりげなく多めのお金を置いて先に出ていった。


やっと手がかりを掴んだ高揚感と、形容しがたい不安と恐怖。
突如浮かんだ、親代わりの人物。
色々な考えが頭の中を駆け巡り、動悸が治まることはなかった。
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