アヒルの子~元王女は世界で一番憎い人と結婚します~

有楽 森

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第二章~自由の先で始める当て馬生活~

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 初めに違和感を覚えたのは、扉越しに声が聞こえた時。

 聞き覚えのある声に、ゾワリと鳥肌が立った。記憶を手繰れば、すぐにとある侍女に思い当たった。その侍女は私たちが元々警戒していた人物。

 エグモンド派、ハナテューリ伯爵の推薦の新米の侍女。
 
 
 とはいえすぐに確信したわけじゃない。声は本当によく似ている様に思えたけれど、姿形は全く違うのだから、よく似た別人って可能性もあった。

 あたかも知り合いかのように振舞って、違っていたらすぐに引くつもりでいたのだけれど…………早すぎる否定に、疑惑が確信に変わる。


 シンディアってば、否定するのが早すぎると思うのよ。断定されるとね、だいたいの人はね、もう少し考えるものなの。

 これ程即否定できる人はほとんどいないじゃないかしら。

 その場合は、たぶんだけれど、動揺か拒絶のどちらかだと思うの。

 見ず知らずの他人を拒絶する理由なんて、通常はないわ。通常でないのなら、これはもう、私の敵として扱って問題ないんじゃないかしら……と私は思うのよ。

 ちなみにもしも、仮によ?

 彼女がお父様の配下の密偵で、極秘任務の際中だったのでつい動揺してしまったとかなら、私、お父様に配置換えを提案するわ。

 だって私程度に見破られるどころか、動揺も悟られるなんて、程度が低すぎるもの。


「そんなつれないことを言うな。おかげで治療を受けられたんだ。礼くらい言わせてくれ」


 私はマンナの娘の演技を続けたまま、左手でお姉さん事シンディアの手を取り、少し無理やりになってしまったけれど、握手を交わした。

 控えめに笑う様子も実に可憐。まるで欠点なんてないかのような、理想的な女の人。小説などに出てくるなら、初恋のお姉さんというポジションにありそうな人物像が思い浮かぶ。

 シンディアはきょとんとしていて、目を丸く、パチパチするのがあざとらしく、むしろ可愛らしい。


「な、なんなんですか?」


「本当に覚えていないのか?元同僚だっただろう」


 正確には少し違うけれど、正確には主人と侍女だって大した違いはないでしょう?


「我が社に英雄の娘がいるなんて聞いた事……」


 あくまでも、民間の会社に勤めているというていでいくわけね。


「私は民間企業に務めた事はないよ。シンディア」


 私たちが毎日顔を突き合わせていたのは、この国で最も最大手の官公庁だったじゃない。


「ではやはり、人違いでしょう。私はしがない民間企業勤めですし」


 私の所にスパイとして潜り込むだけあって、私が思うより、シンディアは動揺を上手く隠していた。

 私には簡単に気付かれたけれど、少し離れた場所にいる群衆には演技かどうかななんて判別ではきていなかった。

 私は毎日のようにマンナやカクと一緒にいて、比べる相手もマンナとカクだった。つまり、私は私が思っているより洞察力が高かった。

 私はシンディアの演技は嘘っぽくて、誰だってわかるでしょうと高をくくっていて、その油断に、この後足元をすくわれる。


「そう邪険にするな。任務中というわけでもあるまいに」


 それに、この高圧的な喋り方も良くなかった。

 たまに城の訓練場で一緒になる将軍の真似をしたつもりだったのだけれど、ここでも私の悪い癖をが出た。偉そうになってしまっていた。

 オーリー達と生活するようなって、少しはマシになっていたと思っていたけれど、一度身に付いたものを変えるの簡単ではないって身に染みる。


「何をおっしゃってるのか分かりません。あの、手を離してください」


 このあたりになると、シンディアは逃げようと腕を引いていて、私はシンディアの手首を掴み引いていた。

 ちなみに、これもシンディアの罠だった。

 私は城から逃げ出したシンディアを逃がしたくなかっただけだけれど、何も気付いていない群衆から見れば、嫌がる女性に強引に迫っている様にしか見えなかったというわけ。


 聴衆も異変に気が付き始めて、勘の良い人達が三、四人ほどこの場から離れていく。


「手を離して!」


「なんだ、本当にスパイしていたのか」


「人違いです!あなたいったい、何なんですか!?」


「マンナ・バニールの末子、アイ・バニールだ」


 私は堂々とからかう様に言った。


「親しみを込めてアイッチと呼んでくれても構わないぞ」


 おちょくっているイメージと言えば分かりやすいかもしれない。

 お手本はジージール。というか。私の事をからかうのは他にいなかったので、必然的にお手本にするしかった。


「そんな人物聞いたことないわ!」


 お手本が優秀だったのか、私の演技力なのか。
 
 明らかに苛ついた口調と表情。さらには頬を引きつらせている。


「誰でも知ってる!英雄の末娘だぞ?」


 ここでダメ押し。知らないのと、小馬鹿にすれば、シンディアは簡単に口を割った。


「マンナ・バニールの末子は男だ!」


 そう、正解よ。

 マンナの末子はジージール。兄上よ。

 けれど、マンナのプライベートは、どのメディアでも扱えない情報だっていうのは知らなかったみたいね。

 昔、マンナがお父様の家来になる時に交わした契約なのですって。

 お城の人達は、兄上がマンナの息子だって知ってるけれど、一人っ子だって思ってる。兄弟の存在は誰も知らないの。

 兄上には兄弟がいる上に末っ子だって事は、わざわざ念入りに調べないと、知るはずのない事実なのよ。

 それなのに簡単にのせられてケロッと吐いてしまうなんて。

 やっぱり密偵に向かないんじゃないかしら。



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