だから、わたしが、死んでしまえばよかった

すえまつともり

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ほんとうに大切なものは、目には見えない

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 母の葬儀で、おまえの父は泣き崩れた。

「おおお。おおおおおっ。ああああああああああああ」

 大勢集まった弔問客の奇異の目も気にせず、公爵としての威厳も捨てて、おいおいと大声をあげて泣きじゃくった。

 ――お父さまは、本当にお母さまを愛していらしたんだわ。

 おまえに対してつらくあたることが多い父だが、そのことだけは、疑う余地がなかった。

 だからこそ、お母さまを苦しめていたわたしを憎むのかもしれない――。

 棺にすがりついて泣き続ける父の背中を見つめながら、おまえはそんな風に思う。

 もう、この頃のおまえは、自分が両親に愛されてないことを受け入れつつあった。心の片隅で「もっと良い子になれば、もしかしたら」という気持ちを捨てきれずにいたが、しかし、もう母はいないのだ。

 もう、この世のどこにも……。

「見てごらん、あのみにくい娘を」

 喪章をつけた貴族たちのささやく声が聞こえる。

「父君があんなに悲しんでおられるというのに、眉ひとつ動かさぬではないか」
「せめて涙ぐむくらいしてみせれば、可愛げもあろうというものを」
「薄情な娘だ」
「顔がみにくければ、心もみにくいというわけだな」

 おまえは、自分の手がかすかに震えていることに気がついた。

 震えはやがて、全身に広がった。

 ああ――。

 泣きじゃくる父の背中に虚ろな目を向けながら、おまえは思う。

 わたしも泣きたい。

 声をあげて思いっきり泣きたい。

 なのに、なぜ涙が出ないのだろう。

 彼らが言うように、自分は薄情な娘なのだろうか。

 心まで、みにくいのだろうか。

 その時、ヒュッと何かがお前の目の前を横切った。虫か、あるいは埃かと思われたそれは、おまえの周りをくるくる飛び回る。その数はひとつ、ふたつと増えていって、大きな威勢の良い声が聞こえてきた。

(カヤを いじめるな!!)
(いっじめっるなー!!)
(い~じめるなー いじめるな~)

 おまえは目を見開いた。

 何度も何度もまばたきして、目の前にいるそれ――小さな豆粒みたいで、そこからひょろっと手足が生えている奇妙な愛らしい生き物――を見つめた。幻じゃない。幻聴でもない。それは、確かにそこにいた。

 精霊だ!

(まったく インケンだなぁ ニンゲンってやつぁよ)
(あることないこと ないことあること)
(ガタガタガタガタ いいやがってー)
(てー!)
(ところで インケンって なに?)
(しらん!)

 精霊たちはどんどん数を増やしていく。

 ある精霊(もの)は、おまえの悪口を言った老婦人の頬をぺちぺち叩いている。

 またある精霊(もの)は、ひそひそ噂をしていた老人の長いあごひげにプラプラぶら下がっている。

 さらに、ある精霊(もの)は、おまえの背中を「おーよしよし」とさすってくれていたりして――。

「あ、あなたたち、今までどこにいらしたの!?」

 おまえは大声を出した。

 他の弔問客が奇異の目で見るにもかまわず、精霊(かれら)に話しかける。

(どこって?)
(ずっと いたぞ?)
(カヤの そばに いたぞー)
(いたぞー!)

 こんな大合唱だというのに、周りの貴族たちには届いていない。

 彼らには見えないのだ。

 いや――。

 おまえの目にも、今までは見えていなかった。

 本当はずっと近くにいてくれていたのに。

 おまえの目には映らなかったのだ。

「ごめんなさい。今まで気づかなくて」

 理屈はわからない。

 急に見えなくなり、急に見えるようになった。その理屈はわからない。精霊士(ネレイヤ)として修業を積めば、わかるのだろうか。できることなら精霊士になりたいと思ったが、いま大切なのは別のことだった。

 ――冷棘(レイト)さま!

 心のなかで、おまえは叫ぶ。

 呪われた国に帰っていった、あの黒髪の皇子に向かって叫ぶ。

 冷棘(レイト)さまのおっしゃった通りです。本当に大事なものは、目には見えない。そうですよね。そうですよね――。

(カヤがないてるぞ?)
(またかよー)
(なきむしだなー)
(おー よしよし)
(おれたちが ついてるぞー)

 微笑みながら涙を流すおまえの頬を、精霊たちが優しく撫でるのだった。
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