だから、わたしが、死んでしまえばよかった

すえまつともり

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王太子の婚約者、だけど…

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 母の死から1年が過ぎ去り、おまえは15歳になった。

 貴族学院に通うようになり、化粧もおぼえ、それなりに「公爵令嬢」としての体裁を整えることができるようになった。

 学院では、首席の成績を示している。

「未来の国王ニルスの婚約者」として、表向き、恥ずかしくない程度にはなったのである。

 しかし、陰で嘲るものはいなくならなかった。

「まったくあの公爵令嬢ときたら、みにくいくせに妙に知恵が回って、可愛げのない」
「学のある女なんて、かえって扱いにくいわよ」
「深窓の令嬢は、黙って微笑んでいればいいものを――ふん、あの不細工な顔では、かえって不気味か」
「結婚後のニルス様のご苦労が、今から忍ばれるわ」

 こういった耳に聞こえてくる悪口の数々を、おまえは受け流すことができるようになっていた。

「ほんとうに大切なものは、目には見えない」

 呪われた国の皇子がくれた言葉が、お前を支えてくれている。

 しかし、残念なことに、母の葬儀以来、やはり精霊は見えなくなってしまった。

「わたしの能力って、どうしてこんなにムラがあるのでしょう?」

 自分の心が高ぶったときにだけあの能力は発揮されるのかもしれないと、おまえは考えている。いつでも精霊と交信できるようになるには、どうすればいいのだろう。何を学べばいいのだろう。この頃のおまえの関心は、その方法を探すことに向けられていた。

 時代に冠絶する「終末の精霊士(ネレイヤ)」として。

 おまえが覚醒するのは、まだ先のことである――。





 その一方で、世界には動きがあった。

 老王ユリウスが退位して、王太子ファルスが国王となったのである。

 同時に、ファルスの長男であるニルスが新たな王太子となった。

 したがって婚約者であるおまえも「王太子妃」となることが確定した。

「おめでとうございますカヤ様!」
「素晴らしいです。ゆくゆくは王妃様とおなりですのね!」

 ここぞとばかりにすり寄ってくる者たちもいるが、おまえにはぴんとこない。自分が王妃の座につき、国王ニルスの隣でにっこり微笑む――なんて想像はまるでできなかった。このままいけばそうなってしまうのだが、おまえが描いているのは別の未来図だ。

「外交官となって、呪われた国とのあいだに国交を結びたい」

 おまえは、そんな夢を抱いている。

 王太子妃と外交官の両立なんて、できるのだろうか?

 過去に例はない。

 きっと笑われるから誰にも話したことはないが――その想いは日増しにおまえのなかで強くなっている。

 呪われた国こと、漢皇国のほうでも変化が起きている。

 おまえを抱きとめてくれた黒髪黒瞳の皇子・冷棘(レイト)が、新たな皇帝として即位したのである。

「レイト皇子など、まだ二十代の若造ではないか」
「まったく、下等な国はこれだから」
「血気にはやり、また侵略など仕掛けてこなければ良いのだが」
「なあに、そうなれば、また叩き潰してやるだけのことよ」

 王国人からはそんな声が聞こえてきたが、おまえはまったく別の感想を持っている。

「漢皇国は、これから大発展するわ」
「王の器量次第で、国なんてどんな風にも変わるもの」
「あの方なら、冷棘さまなら、きっとおやりになる」
「うかうかしていたら、この王国だってきっと抜かれてしまう」

 それにしても――とおまえは思う。

 かつて、呪われた国がこの王国に侵略戦争を仕掛けてきたというのは、本当のことなのだろうか?

 祖父の蔵書のすべてを読破し、学院にある本もほとんど読み尽くしてしまったおまえは、その歴史的事実が虚偽ではないかという疑問を抱くようになっていた。「ホルス王国にある豊かな資源をもとめて、漢皇国が大河をわたり侵略してきた」「王国軍は大河の岸に展開してこれを迎撃、半年にわたる激戦のすえ皇国軍を追い返した」と歴史は言う。だが、当時の記録を丹念に調べていくと、あきらかな矛盾、改ざんのあとなどが見られるように思えるのだ。

 確証はない。

 しかし、おまえは知っている。

 歴史とは勝者が書くものだと知っている。

 戦争に勝った王国は、いくらでも事実をねじ曲げてしまえるのだ。





 世界で様々な事件が起きるいっぽう――。

 おまえの家、ホーリーロード公爵家においても、大きな事件が持ち上がっていた。

 父の再婚である。
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