だから、わたしが、死んでしまえばよかった

すえまつともり

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Countdown.2

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 父との会話を終えて、おまえは自分の部屋へ戻ってきた。

「……?」

 なんとなく違和感があった。

 具体的に何がおかしいというわけではないのだが、微妙にさっきとは違う何かをおまえは感じ取った。あるいは精霊が報せてくれたのかもしれないが、このときのおまえにそこまでの力はない。気のせいといえば、気のせいかもしれない。その程度の認識だった。

 机の引き出しを開けてみると、冷棘への手紙は元通りしまわれたままだ。

 おまえはホッとする。

 もし、誰かが忍び込んでこの手紙を見られたなら――恥ずかしくて死んでしまう、とおまえは思う。もともとこの手紙は他人に読まれることを想定していない。自分の胸にあるもやもやを言語化して、吐き出して、すっきりするために書き連ねている。日記の代わりのようなものだった。

「取り越し苦労とは、思うけれど」

 おまえは手紙を鞄の中にしまった。

 明日はこのまま学院に持っていこう。そしてどこかで処分してしまおう。そう決めた。本当ならこの場で処分してしまった方が良いのかもしれないが、仮に侵入者がいたとするならゴミ箱もあさるだろう。自分が持っているのが一番安心だと思った。

 この時のおまえの選択を、誤りとすることはできないだろう。

 だが、結果として、『彼女』の悪意は、おまえの想像を超えていたのである――。





 翌日の学院。

 午前の授業が終わり、教室がひとときの開放感に包まれるなか、おまえは鞄を持って立ち上がる。学院の裏にある茂み、そこに手紙を埋めてしまおうと考えたのだ。あそこなら掘り起こされることはないし、念のため読めないように水に浸してから埋めれば間違いはないだろう。

 だが――。

「カヤさん。ちょっと……」

 さっき出て行ったばかりの担任が戻ってきて、強ばった顔で告げた。

「お話があるので、職員室まで来てもらえませんか」
「……はい、構いませんけれど」

 嫌な予感がする。

 カンニング疑惑をかけられた時と同じく、今度も良いニュースではないだろう。だが、まさか逃げ出すわけにもいかない。

 その時、担任の体を押しのけるようにして、背の高い初老の男性が前に進み出た。

 見覚えのある顔だった。

 公爵邸に何度か来たことがある。父がぺこぺこ頭を下げているのが記憶に残っている。ファルス国王の代理人を名乗る男だった。

 おまえは反射的に鞄を抱きかかえた。

 男はその動きを見過ごさなかった。

「はじめまして。王室管理官のエドワード・ジョルズと申します」
「……はじめまして管理官様。カヤ・ホーリーロードです」
「カヤ嬢。突然ですまないが、その鞄の中身を見せてもらえるかな?」

 柔らかい声だった。

 だが、目つきはまるで獲物を狙う鷹のように、おまえが胸に抱く鞄を見つめている。

 担任が管理官を非難する。

「エドワード卿、ここは教室です。調べるなら別室で」
「すぐに済ませますよ。――さあ、カヤ嬢」

 管理官は、後ろに三人の男を従えていた。体格の良い、鋭い顔つきの男たちだ。武装こそしていないが、おそらく兵士だ。十五歳の少女ひとりを尋ねるには、あまりに物々しい。

 騒がしかった生徒たちはしんと静まり、何事が起きるのかと固唾を呑んで見守っている。

 ひとり――。

 義妹・ハレゼナだけは、紅い唇に笑みを浮かべている。

 視界の端にそれを捉えて、おまえは、嫌な予感が的中したことを悟った。なぜ登校中に処分してしまわなかったのか、自分の軽率さを呪うしかない。

「どうしたね? 早く開けてみせたまえ」
「……」

 おまえが動かないのを見て、男は兵士に目で合図した。

 兵士はおまえの腕から簡単に鞄を奪い取り、管理官に渡した。

「か、返してください!」

 取り返そうとしたおまえを、両脇から兵士2名が取り押さえる。

 管理官は鞄を乱暴に開けて、中身を取り出し始めた。

 文房具、教科書、ノート、ハンカチ、手鏡、それから――。

「ふむ。これは手紙かな?」

 身動きできないおまえの目の前で、管理官は手紙をひらひら振って見せた。

 そして、手紙に目を走らせて――。

「これはこれは。驚きの内容だね」
「……っ」
「カヤ嬢。君は、まさか、呪われた国の皇帝と通じているのか? こういう手紙を何度もやりとりしているのかな?」
「ち、違います。それはあくまで日記のようなもので」
「ほう? 日記をわざわざ、敵国の皇帝にあてる必要があるのかなあ?」

 敵国、と管理官は言った。

 おまえは愕然とする。

 呪われた国との戦争は、おまえが生まれる前に終わっている。おまえの認識ではそうだった。だが、王室はそう考えてはいないのだ。いまだにかの国を敵視して、きっかけさえあれば、再び戦端を開くことを考えてるということなのだ。

 敵国の皇帝と手紙をかわすということが、どういうことなのか。

 公爵令嬢という立場にある自分が、それを行うのが、どういうことなのか――。

「詳しく話を聞く必要があるようだな」

 うなだれるおまえの顔を覗き込むように、管理官は告げた。冷徹な声で兵士に命じる。「連れて行け」。兵士は、罪人を引っ立てる刑吏のような乱暴さで、おまえの体を引きずって歩き出した。

 生徒たちも、担任も、声すらあげない。

 事態のなりゆきに呆然と沈黙するばかりだ。

 ただひとり――。



「スパイ令嬢」



 軽蔑するようにつぶやいた声は、まぎれもなく、義妹のものだった。

 スパイ令嬢――。

 その響きが、おまえの心を奈落の底へ突き落とした。

 スパイ。

 敵国の間者。諜報員。

 スパイが捕まったらどうなるのか。

 知らぬおまえではないのだ。

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