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Countdown.1(上)
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おまえに対する取り調べは、憲兵隊本部の一室にて秘密裏に行われた。
学院から直接連行されて、そのまま拘置所に監禁された。ベッドとトイレがあるだけの粗末な部屋だ。食事は1日2度、粗末なものが出るだけ。外部との連絡などもちろん取れず、差し入れなどもない。
父親にも管理官から連絡が入っているだろう。
どれほど驚き、嘆き、悲しんでいることだろう。
父のことを考えると、おまえは胸が潰れるような想いだった。
取り調べは、朝早くから、日が落ちるまで。休憩をはさんで延々と続けられた。入れ替わり立ち替わり役人が来て、何度も何度も同じことを質問される。憲兵の取り調べとはそういうものだと本で知ってはいたが、その身に体験すると過酷さが骨身に染みた。
今日も、薄暗く狭い取調室で、憲兵大佐と向かい合う。
「実はねえ、カヤさん。私は君のお祖父様の下で実戦指揮を務めていたことがあるんだ。世界にその名を轟かせるアレクセル将軍のもとで戦えたのは、私の誇りとするところだ」
軍人然とした大男は、似合わない笑みをその髭面に浮かべた。ある者は厳しく、ある者は淡々と、ある者はこんな風に馴れ馴れしく――ありとあらゆる手管で、おまえを取り調べるのだ。
「その孫娘である君が、まさかスパイだなんて。私は何かの間違いだと思っている。なあ、そうなんだろう?」
「はい。違います」
「ではあの手紙は? 呪われた国の皇帝にあてた内容だったが」
「日記のようなものです。かつて夜会でお目にかかった皇帝陛下への手紙という形で、自分の考えをまとめるためのものです」
「その説明は、前にも聞いたがねえ」
大佐は腕組みをして、おまえの顔をじっと見つめた。
「我々としては『はいそうですか』というわけにはいかんのだよ。わかるかい?」
おまえは頷いた。
取り調べる側からすれば、それは当然のことだった。スパイは重罪だ。この程度の言い訳で無罪放免になるはずがない。おまえが大佐の立場であっても納得はしないだろう。
おまえが考えているのは別のことだ。
そもそも、管理官が学院に来て持ち物検査を行ったのは、いったいどういう理由からなのか?
自分はいつからスパイの疑いをかけられていたのか?
思い当たるのは、昨日の夜の出来事だ。父と話して自分の部屋に戻ってきた時の違和感。あの時、やはり何者かに侵入されていたのだ。手紙を見られて、管理官に通報されたのだ。
犯人の狡猾なところは、その場で手紙を持ち去らなかったところだ。
手紙がなくなっていれば、おまえはすぐに侵入者の存在に気づいたはずだ。その場で即、なんらかの手を打つことができたかもしれない。だが、手紙が残っていたばかりに、おまえは自分で手紙を処分しようと考えてしまった。そこを管理官に捕えられてしまえば、言い訳するのは極めて難しくなる。
そこまで知恵がまわり、かつ、おまえのことをよく知っている人間となれば、心当たりはひとりしかいない。
「……ハレゼナ……」
憎しみは湧いてこなかった。あるのは深い後悔だった。彼女の野望の大きさを見誤っていた。義理とはいえ、姉にスパイの罪を着せるほど、王太子の婚約者の立場が欲しかったのか。そこまで考えていたのであれば、もっと早く彼女と話し合い、婚約を譲ってしまうべきだった。
いや――。
もしかしたら、父の再婚自体が、ハレゼナと義母によってあらかじめ仕組まれていたものだったのかもしれない。
その場合は、管理官も計画に加わっているに違いない。
彼は、もともと現国王の代理人だった。
スパイ容疑はきっかけにすぎなかったのではないか。何かあれば、自分を婚約者の座から蹴落として、国王側の意に沿う令嬢と婚約させようと目論んでいたのではないか。
だとすれば「彼」も計画に加わっているに違いない。
自分の考えが正しければ「彼」は直接自分の目の前に姿を現すだろう――。
「いやあ、それにしても疲れたな」
ひとりごとのように大佐は言った。
「君も疲れただろう? ちょっと、休憩にしようか」
下手な役者のようにわざとらしいセリフを残して、大佐は部屋を出て行った。後ろで記録を取っていた男も一緒に退出していく。
「…………」
おまえは疲れ切っていた。もはやため息も出ない。机に突っ伏して眠ってしまいたかったが、なぜか、目だけが妙に冴えている。
しばらくして――。
ノックもなしに、いきなりドアが開いた。
そこには、おまえの予想した通りの人物が立っていた。背後には屈強の兵士二名を従えている。
「……ニルス様……」
婚約者の名前をおまえは呼んだ。
「カヤ・ホーリーロード」
彼もおまえの名を呼んだ。
声にはなんの感情もこめられていなかった。
冷たい目――虫けらを見つめるような目をしながら、淡々と、その事実を突きつけてきた。
「カヤ・ホーリーロード。お前との婚約を破棄する」
学院から直接連行されて、そのまま拘置所に監禁された。ベッドとトイレがあるだけの粗末な部屋だ。食事は1日2度、粗末なものが出るだけ。外部との連絡などもちろん取れず、差し入れなどもない。
父親にも管理官から連絡が入っているだろう。
どれほど驚き、嘆き、悲しんでいることだろう。
父のことを考えると、おまえは胸が潰れるような想いだった。
取り調べは、朝早くから、日が落ちるまで。休憩をはさんで延々と続けられた。入れ替わり立ち替わり役人が来て、何度も何度も同じことを質問される。憲兵の取り調べとはそういうものだと本で知ってはいたが、その身に体験すると過酷さが骨身に染みた。
今日も、薄暗く狭い取調室で、憲兵大佐と向かい合う。
「実はねえ、カヤさん。私は君のお祖父様の下で実戦指揮を務めていたことがあるんだ。世界にその名を轟かせるアレクセル将軍のもとで戦えたのは、私の誇りとするところだ」
軍人然とした大男は、似合わない笑みをその髭面に浮かべた。ある者は厳しく、ある者は淡々と、ある者はこんな風に馴れ馴れしく――ありとあらゆる手管で、おまえを取り調べるのだ。
「その孫娘である君が、まさかスパイだなんて。私は何かの間違いだと思っている。なあ、そうなんだろう?」
「はい。違います」
「ではあの手紙は? 呪われた国の皇帝にあてた内容だったが」
「日記のようなものです。かつて夜会でお目にかかった皇帝陛下への手紙という形で、自分の考えをまとめるためのものです」
「その説明は、前にも聞いたがねえ」
大佐は腕組みをして、おまえの顔をじっと見つめた。
「我々としては『はいそうですか』というわけにはいかんのだよ。わかるかい?」
おまえは頷いた。
取り調べる側からすれば、それは当然のことだった。スパイは重罪だ。この程度の言い訳で無罪放免になるはずがない。おまえが大佐の立場であっても納得はしないだろう。
おまえが考えているのは別のことだ。
そもそも、管理官が学院に来て持ち物検査を行ったのは、いったいどういう理由からなのか?
自分はいつからスパイの疑いをかけられていたのか?
思い当たるのは、昨日の夜の出来事だ。父と話して自分の部屋に戻ってきた時の違和感。あの時、やはり何者かに侵入されていたのだ。手紙を見られて、管理官に通報されたのだ。
犯人の狡猾なところは、その場で手紙を持ち去らなかったところだ。
手紙がなくなっていれば、おまえはすぐに侵入者の存在に気づいたはずだ。その場で即、なんらかの手を打つことができたかもしれない。だが、手紙が残っていたばかりに、おまえは自分で手紙を処分しようと考えてしまった。そこを管理官に捕えられてしまえば、言い訳するのは極めて難しくなる。
そこまで知恵がまわり、かつ、おまえのことをよく知っている人間となれば、心当たりはひとりしかいない。
「……ハレゼナ……」
憎しみは湧いてこなかった。あるのは深い後悔だった。彼女の野望の大きさを見誤っていた。義理とはいえ、姉にスパイの罪を着せるほど、王太子の婚約者の立場が欲しかったのか。そこまで考えていたのであれば、もっと早く彼女と話し合い、婚約を譲ってしまうべきだった。
いや――。
もしかしたら、父の再婚自体が、ハレゼナと義母によってあらかじめ仕組まれていたものだったのかもしれない。
その場合は、管理官も計画に加わっているに違いない。
彼は、もともと現国王の代理人だった。
スパイ容疑はきっかけにすぎなかったのではないか。何かあれば、自分を婚約者の座から蹴落として、国王側の意に沿う令嬢と婚約させようと目論んでいたのではないか。
だとすれば「彼」も計画に加わっているに違いない。
自分の考えが正しければ「彼」は直接自分の目の前に姿を現すだろう――。
「いやあ、それにしても疲れたな」
ひとりごとのように大佐は言った。
「君も疲れただろう? ちょっと、休憩にしようか」
下手な役者のようにわざとらしいセリフを残して、大佐は部屋を出て行った。後ろで記録を取っていた男も一緒に退出していく。
「…………」
おまえは疲れ切っていた。もはやため息も出ない。机に突っ伏して眠ってしまいたかったが、なぜか、目だけが妙に冴えている。
しばらくして――。
ノックもなしに、いきなりドアが開いた。
そこには、おまえの予想した通りの人物が立っていた。背後には屈強の兵士二名を従えている。
「……ニルス様……」
婚約者の名前をおまえは呼んだ。
「カヤ・ホーリーロード」
彼もおまえの名を呼んだ。
声にはなんの感情もこめられていなかった。
冷たい目――虫けらを見つめるような目をしながら、淡々と、その事実を突きつけてきた。
「カヤ・ホーリーロード。お前との婚約を破棄する」
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と_)__):
ここまで来て続きがないとは…
全くすすまないところから、別の作品書きたくなったとかかな。残念です