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一章 -幼少時代-

-小さな出逢いと別れ- 6 ※暴力・流血表現あり

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 一方ゼノは、突然出てきた賊に不意を突かれて苦戦を強いられていた。
 乗っていた馬は弓で脚を射られため乗ることが出来なくなってしまい、余儀なく地上戦に持ち込まれてしまったのだ。
「クッ!」
 二人を守りながら戦っているためゼノは思うように動けず、既にいくつもの傷が身体に付けられていた。
「ほーら、背中ががら空きだぜぇ~」
 その声にゼノは反射的に振り返って剣を受け止めようとしたが、視界の端にザギとドラゴンが狙われているのが見えたため、ゼノは己を襲う剣を無視してそちらに駆けた。
「ガアッ…! グッ……」
 己の剣で受け止めるはずだった賊の剣は容赦なくゼノの腕を切り裂き、ボタボタと尋常ではない量の血がそこから流れた。まだ白い部分が残っていた袖は一瞬で真っ赤に染め上げられる。
 しかしゼノは激痛を訴える腕を庇う事なく二人に襲いかかろうとしていた賊を斬り捨てて、鋭い視線を賊に向けた。
「子供達に……手を出すんじゃ、ねぇ…」
 ゼイゼイと肩で息をしながらも、明らかな怒りのオーラと強気の覇気によって賊達は圧倒され、一瞬の隙が生まれた。ゼノはその隙を見逃す事なく再び賊達の中へと切り込んでいき、態勢を崩そうと奮闘した。
「に、兄ちゃ……ゼノ兄ちゃん、ち、血が、いっぱい出てる…それなのに、あんなに動いたら、し、死んじゃう、よ……! ど、しよ…!」
「……だ、大丈夫! ゼノ兄ちゃんは、強いから、負けないよ…! そ、それに、バーノおじさんだって、レッジ兄ちゃんだって、す、すぐに、助けに来てくれるよ。…きっと、大丈夫」
 二人ともゼノから流れる大量の血や一対多数という劣勢の状況を見て顔面蒼白で震えているが、ザギは気丈にドラゴンを励まし、祈るようにもう一度「大丈夫」と呟いた。
 血を失って若干朦朧としてきた意識の中で二人の会話が聞こえたゼノは、その不安がる声にフッと自嘲気味に笑って「俺も…まだまだ、だな……」と小さく呟くと背中から襲いかかろうとしていた賊を振り向き様に斬って、こう宣言した。
「俺は、死なねぇ…! …子供達を王都に連れて行くまでは、絶対に! ……来いよ、全員返り討ちにしてやる…!」
「随分と強気じゃねぇか。状況分かってんのか?」
「多勢に無勢だって事を解らせてやるぜ! ゲハッ、ゲハハッ!」
 劣勢の中で不敵に笑うゼノに、賊達は負け犬の遠吠えだと言わんばかりにゲラゲラと下卑た笑い声を上げて、獲物を狙う肉食獣のようにギラギラとした目で仕留めるタイミングを見計らっていた。しかしゼノも肉食獣に狙われて怯える小動物などではなく、竜のような力強くも冷静沈着な鋭い眼差しで賊達を見据えて隙を伺っていた。
れ!」
 先に動いたのは賊の方だった。四方八方から一斉に襲いかかってきた賊達に、ゼノは苦しい表情をしながらも次々と返り討ちにしていく。しかし、やはり多勢に無勢。いくらゼノが一騎当千の力を持っていたとしても、多くの敵に囲まれればどこかに隙が生まれて攻撃され、攻撃を受けて怪我をすれば動きは鈍る。
 ゼノが圧倒的不利な状況に置かれているということは、火を見るよりも明らかだった。
 そして……。
「ガハッ……グゥッ……」
 ザギとドラゴンを襲おうとしていた剣をゼノは最後の力を振り絞るようにして、賊と二人の間に身体を滑り込ませ、己の身体を盾にして二人を守った。しかし刺された位置が悪く後ろから深々と胸を貫かれ、赤い滴がボタボタと落ちる剣先が胸から覗いていた。
 ゼノは苦しそうな表情で吐血して二人の服を汚し、剣が抜かれると支えを失ったように倒れ込んだ。ゼノの胸からダクダクと真っ赤な血が流れ、二人の足元を赤く染めていく。
「ゼノ兄ちゃん! グスッ、ぇうっ……ぅえぇぇぇぇん…!」
「ゼノ兄ちゃん! ヤダ、死んじゃダメだよ! …死、なないでよぉぉ……! グズッ、バーノおじさぁぁぁん…! た、助けっ、て…! ズビッ、ゼノ兄ちゃんがっ、グスッ、ゼノ兄ちゃんが、死んじゃっ…死んじゃう、よぉぉぉ……!」
 ドラゴンはゼノから流れるおびただしい量の血に怯えてただ泣くことしか出来ず、ザギも必死に傷口を押さえながら、じわじわと冷たくなっていく感触に怯えて泣きながら助けを求めた。
 賊達はそんな二人の怯えた表情、必死な様子を見て愉しそうに笑い、優越に浸るような表情で三人を見下ろしていた。
 それらの声に、まだ息のあったゼノは反応して瞼をピクッと動かすと、うっすらと目を開けて視界に泣きじゃくるドラゴンとザギを見つけると、うっすらと困ったような表情を浮かべてゆっくりとかすれた声で二人に言った。
「……に…げ……ろ………」
 最後の言葉を振り絞るようにして言ったゼノは、その直後に呼吸が止まり、操り人形の糸が切れたように全身から力が抜けた。そしてうっすらと開かれていた瞳からフッと光が消え、命の糸もぷつりと切れた気配がした。しかしまだ幼い二人は目の前で起こっている事を信じることができず、大粒の涙を流しながらゼノの身体を揺すって起こそうと叫んだ。
「ゼノ兄ちゃっ…ズッ…ゼノ、兄ちゃん! 起き、てよ…! お、願い、っ、ぅっ、起きてよ……!」
「ひゃははっ! 惨めな死に様だなぁ! なーにが『俺は死なない』だ。ガキの目の前で死んでやんの!」
「どんなに喚こうが、所詮は負け犬の遠吠えだったって事だな! はっはっはっ」
 ゼノの死を賊達は面白がるように、そして嘲るように笑った。そして矛先はザギとドラゴンの方に向けられる。
「さーて、ガキの方はどうしようかなぁ?」
「おー? このガキ、いっちょ前に剣なんか持ってやがるぜ。お子ちゃまにはまだ早いでちゅよ~。おじさんが貰ってあげようかねー」
 ゲラゲラと笑いながら賊の一人がドラゴンの持っている魔法剣に手を伸ばすと、すかさずザギが恐怖で動けないドラゴンを庇うように両手を広げて賊の前に立ちはだかった。
「ど、ドラゴンに、近寄るな……!」
 その小さな肩と脚はガタガタと震えているが、眼だけは「弟を守る」という意志が強く表れていて、賊達は面白がるようにザギを見てニヤニヤと笑った。
「近寄るな、って。生意気なガキだなぁ。大人に逆らったら痛い目を見るんだぜ?」
「勇敢だが、大人に逆らうのはいけないなぁ」
「ちょっと痛め付けるか?」
 ニヤニヤと笑いながらザギに剣を向けるが、その瞬間ゾクッと肌が粟立つ程の怒気が賊達に向けられ、賊達はバッとその方向を向いた。そこには今まで見たことの無い程の怒りのオーラを出しているバーノと、怒りの中に悲しみを滲ませているレッジがこっちに駆けてきていた。
「チッ、来やがったか。引くぞ!」
「引かせると思うか? レッジ、二人の目をふさいでおけ。これ以上子供達に血を見せるな」
「お、おう…」
 長い付き合いのレッジでさえも怖じ気づくバーノの激しい怒りを含んだ低い声に、ザギとドラゴンも身体を強張らせて近付いてきたレッジの服の袖を握った。レッジはそんな二人を抱き寄せて安心させるように優しく背中を撫でながら、ザギとドラゴンにこれ以上残酷な場面を見せないように自分の身体で隠した。
 バーノはそれを確認すると逃げようとしていた賊達をものすごい速さで追い掛けて、急所を外して斬っていった。その姿は数々の伝説を作ってきたのを納得させるような鮮やかな剣さばきで、次々と賊達を斬り伏せていった。
 そして周りに響く音が賊達の呻き声と風の囁きだけになった頃、ようやくレッジは二人の視界を解放してバーノと一緒に、呻いている賊達を縄で縛り上げて乱暴に街道の脇に放ると、冷たくなってしまったゼノの所へ行き、ずっと堪えていた涙を流した。
「くそっ…! すまねぇ、すまねぇ、ゼノ……! 助けに行ってやれなかった…! ぅっ、ぅくっ…!」
「ゼノ。なんで…お前が死ななきゃならなかったんだ……! 無茶しやがって…っ、くっ……」
 バーノも目頭を押さえてゼノの傍らに膝を着くと、悔しさと悲しみで表情を歪めながら涙を流した。
「ごめ、ごめんな、さい、っ、ぅあぁ…っ……僕、達っ、ぅぅっ…なに、何もっ、出来なっ、かった…! ゼノ、兄ちゃん、ごめんなさいぃぃぃ…ぅえぇぇぇぇん……!」
 ゼノの血でベトベトになった手で溢れ出る涙を拭い、泣きじゃくりながら謝るザギをバーノは強く抱き締めて「大丈夫だ。お前達は悪くない」と泣きながらザギを慰めた。レッジも泣きじゃくるドラゴンを抱き締めて一緒に泣いてゼノの死を悼んだ。
 その後しばらくその場で泣いていたが、日が暮れる前に王都に到着させたかったため、やむなくゼノの亡骸と縛り上げた賊達を置いて、馬で王都まで駆けた。そしてなんとか日暮れ前に関門に着くと、バーノとレッジと別れることになった。バーノとレッジは門やその付近を守る衛兵達と共に賊達の回収とあの場に置いてきてしまったゼノを連れてくるためにもう一度戻らなくてはならず、名残惜しそうに二人の頭を撫でて衛兵達と元来た道を戻っていった。そしてザギとドラゴンも最後にバーノとレッジに抱き付いて礼を言い、二人が見えなくなるまで見送ると王都の関門をくぐったのだった。
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